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499 最後の天啓



「上だー!!」


 俺は声を荒げ叫ぶ。

 三大天に警戒が向く中で、まさかに上空からの奇襲とはしてやられたものだ。そりゃあんな怪物みたいな奴を相手にしていれば、誰だって意識はそちらに集まるものだろう。


 皮肉にもイグニスが魔力切れになっていて助かった。彼女は戦いに参加出来ないことで、唯一に場を俯瞰する視線を持ち合わせ。辛うじてではあるが敵の発見に間に合えたのだ。


「そこに居たか」


 一番反応が早かったのはモアである。やはり聖遺物を囮に、悪魔を誘き出すのが目的だったのだろう。鎧の男はジグルベインそっくりな悪魔を視認するや、弾丸にでもなったかのような速度で宙へ飛び出していく。


 俺はどうするつもりなのかと思った。頭上には、さながら暗雲を押し固めたような黒い塊が、暴風と稲光を纏いながら落下して来ているから。


「洒落臭い。所詮は外見を真似ただけの人形よ!」


「……ええっ!?」


 次の瞬間に繰り広げられる光景に目を疑った。

 モアは片手剣を大剣に変えるや縦一閃。それはもう、あっけなく球体を真っ二つにして見せたのだ。


 斬撃の勢いは魔法を斬るに留まらず、そのままニセベインの居る尖塔を襲い。なんと衝撃は地面にまで届いてしまう。


「アイツ、大聖堂をぶった切りやがった!?」


 スヴァルさんから悲鳴にも似た声が聞こえる。驚きよりも破壊に対する嘆きに見えた。

 これしきに度肝を抜いているようでは、やはり俺は戦いに混じる資格が無かったのだろう。


 しかし問題はここから。

 悪魔は斬撃をヒラリと躱して飛んで行き。モアは逃がさぬとばかりに後を追う。だが俺たちはそれに気づきながら、奴らを止める事が出来なかったのだ。


「おい。このままだとあの魔法は破裂するぞ!」


「俺に言われても困るんですけどー!」


 魔法は斬っただけでは消えない。むしろ形状が保てなくなると途端に不安定になり、詰め込まれていた魔力が暴発するのだ。


 オロオロと狼狽していれば、お婆ちゃんがこっちにおいでと手招いてくれる。

 すでに聖女見習いを保護しているようで、俺たちも聖域に入れてくれるらしい。しかし、それに待ったを掛けるのがウィッキーさんだった。

 

「防ぐだけでは周囲に被害が多そうだ。私が相殺しよう」


「不完全燃焼でね。手ぇ貸すよ!」

 

 仮面の男はこくりと頷き、背に展開する魔法陣を回した。すると射出された光が網のように広がり、二つに切り分かれた球体を絡めて捕らえるではないか。


 押しつけられ、再び一つの塊になった黒雲に飛び込む赤銅髪の巨女が見える。

 スヴァルさんは右手を振りかぶり、オラァと気合の掛け声と共に拳を披露。その雄姿に魔王がテンションを上げて叫んだ。


(昇●拳キター!)


「うぉおー完全再現。これは激熱!」


「君は何に興奮しているんだい?」


 叩き込んだ勢いにより爆発の衝撃は上昇し、なんと空へと拡散してしまった。

 あまりに力技な解決なのだが、ここまで豪快にやられるといっそ清々しいものだ。ポカンと暗くなりつつある空を眺めていると、やがて耳には泣きじゃくる声が届く。


「ううっ、うぁあ~~!!」


 見れば聖女見習いさんが、涙ながらに祈りを捧げていた。神に縋るような痛々しい姿で。それを優しく抱きしめるお婆ちゃんは、まさに聖女のように慈愛に満ちている。


 異国の言葉だと言うのに不思議に手に取るように会話の内容が分かってしまう。彼女は、自分が聖遺物の鍵を解いたから、こんな結末になってしまったと後悔をしているのだろう。


「まぁ気持ちは分かるけどね」


 崩れ去った礼拝堂の跡地にポツリと取り残された俺たち。三柱教の象徴たる大聖堂を破壊され、秘宝の聖遺物まで奪われては、まさに完膚なき敗北である。


 しかし疲労と無力感が強すぎて、こちらには涙すら浮かばない。だから抱くのは再戦の決意だ。モアもジグ似の悪魔も、どちらもこのままにしておけるか。



 その後、俺とイグニスは、日が落ちる前に帰りなさいと大人たちに諭されて帰路についた。館に着く頃には、すっかり周囲は暗くなり。ただいまと扉を潜れば、心配をしてくれていたのか、幽霊ギャルがいの一番に飛んでくる。


(おかえりー。なんか事件があったみたいだけど、良かった無事だったんだー)


「うん。なんとか……。そういえば、アサギリさんに伝言があるんです」


 ウィッキーさんは、暫く家に帰れないかもとのことだ。

 被害は大聖堂だけではなく城下町の広域に渡る。管轄は騎士団なのだけど、三柱教も被災者への支援と悪魔の浄化を急いで進めて行くと言っていた。

 

 そっかと笑顔で頷くアサギリさん。「慣れているし平気」と言葉では言うのだが、寂しげなトーンまでは隠しきれていない。早く彼がゆっくり出来るように、俺も協力したいものである。


「しゃーオラー、気合入れろコラー!」


 なんて思っていたら、居間に帰るや皆に囲まれた。

 部屋は微妙に飾り付けがされているのだけど、その雰囲気や、サプライズパーティーのような心暖かなものではなさそうだ。

  

 例えるならサバト。そして俺たちは、邪心に差し出された生贄だろう。

 青髪ポニテのお姉さんはブンブンと棒切れを振っていて、とうとうヤバイ宗教に入信したのかと疑ってしまう。


「ねえイグニス、あれはなんの儀式なの? もしかしてフェヌア教の奇祭?」


「まぁ似たようなものだ。筋肉を信仰する奴らに期待はするな」


(もとからヤバイ宗教じゃったな)


「失礼ね! これはフェヌア流の簡易懺悔室よ。私はもう司祭なので大丈夫。さぁ手前らの罪を聴かせろ」


 なにが大丈夫なのだろうか。俺たちは壁に手を付き下を向かされ。後ろではカノンさんが、ゴウと鋭いスイングを披露していた。その貫禄やまるでホームラン王が如しではないか。


 ここまでくれば、鈍い俺でも察するというもの。お仕置きの定番はおしりペンペンであるが、これはその上位のケツバットなのでは。尻肉が抉れる未来が見えて、顔からサッと血の気が引いた。


「おいカノン。こっちは疲れてるんだ。ふざけるなら明日にしてくれよ」


「ふーん。そういう態度。まぁアンタらも巻き込まれて大変だったとは思うけどね、今何時だと思ってるの?」


「さぁ、正確な時間までは……ギャン!」


 誤魔化すや隣で魔女が、鶏を絞めたような声を上げる。僧侶は本気のようだ。

 もしかして次は俺の番。ガクガクと足が震えだすや、ティアがそういう問題じゃないわよねと冷たい声で正論を放つ。


「こっちは遅くまで心配して待っていたのに、貴方達はどこで酒を飲んでいたのよ」


「いやー……」


 返答に詰まると尻に鋭い痛みが走り、思わずオゥンと鳴いてしまう。体は苦痛から逃げようとするのか自然にピョンピョンと飛び跳ねていた。


 ハイ。ちょっとね、寄り道をね。この辺りは悪魔の被害が無かったようで、お店は平常運転していた。つい匂いに誘われてしまったのである。


「違うんだ、お昼食べ損ねて、イグニスがどうせなら酒もって、アっ!」


「おい、君だってたまにはいいねってヌゥン!」


「なるほど、楽しそうな反省会ですね。じゃあ、何が間違っていたか分かりますよね?」


 質問権は勇者に移り、なんで水魔法を無視したと問い詰められる。

 やはり爆炎槍に答えるように上がった水柱はフィーネちゃんのものらしい。想像の通りに勇者一行は総出で悪魔憑きの討伐に参加していたようで。


「オレも戦ったぞ!」


「そっかーリュカは偉いなー、痛い! なんで!?」


「ごめん、ノリ」


 どうやら懺悔室は報連相を怠った俺たちへの罰のようだ。

 それと言うのも、事件の後に聖騎士が大聖堂へ行って、既に顛末を聞いているのだとか。同時に帰り道で油を売っているのがバレバレだったと。くそ、なんであの人は毎度ニアミスをするのかな。


「まぁ、無事も聞いたんだけどよ。その時に、どうにも気になる話を耳に挟んだみてえでな」


 笑いを堪えきれていない若竹髪の少年が、会話のバトンを渡すようにマルルさんを見る。

 うむと頷く聖騎士は、俺に関係のある話だと切り出し、やや言いづらそうにしていて。やがてこう口を開く。


「実は大司教様が聖遺物に近づいた時、フイに天啓が下ったとおっしゃっていてな。その内容が物議になっているんだよ」


 つまり、最後の天啓があったということか。

 思い返せば心当たりはある。お婆ちゃんが腕の治療の為に神聖術を使ってくれた時だ。一瞬だったけれど、腰を抜かしそうなほどに驚いた顔をしていたか。


「それで、あのババアは一体どんな未来を?」


 口が滑り、しまったと思うが、時すでに遅し。尻がベチンと叩かれた。



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