493 無邪気に無慈悲
あまり柄ではないけれど、俺は跪いてマーレ様の像に祈った。
シスターにも同情をするが、それでも市民を犠牲にしていいはずがない。本来はこうして平和を祈るために教会へ訪れたのだろうに、お気の毒に。
「なぁジグ。悪魔はなんで、こんなに酷い事をするんだろう」
(ざっくり言えば、手っ取り早いからじゃないかのう)
「手っ取り早い?」
予想もしなかった回答にオウム返しをする。けれど魔王は、ふざけた様子も無く、そうだと言った。この凄惨な場において同情も嘲りも無い平坦な声。虐殺の現場など見慣れていると言わんばかりの態度に少し悲しくなる。
(奴らが残留思念という話はチラリとしたか。つまり強い感情を持ったまま死ぬほど、悪魔が生まれやすいわけじゃな)
「生まれやすいって。仲間を増やそうとしてるってこと!?」
(である)
深い喜びよりも、深い絶望を作る方が簡単なのだと。
彼らの根底にあるのは世界への恨み。悲劇より生まれ、悲劇を繰り返して増殖をする負の連鎖。悪魔とは、まさしく人の業そのものなのだろう。
「なんて悲しい存在だ」
(……そんな顔をするなよ。あの枢機卿なぞは、また違った思念で生まれていると思うぞ)
せめてもの情けだろうか。結局は本人しだいと慰めてくれる魔王様。
確かにウィッキーさんは恨みや憎しみとは遠そうだ。この黒い気持ちを、悪魔というだけで彼に向けては、俺も悪魔になってしまうな。
とはいえ黒幕ばかりは許せそうに無く。これ以上の被害は食い止めねばと、使命感にも似た気持ちを抱きながら立ち上がった。
「お~い、大丈夫か~!」
すると間よくパタパタとこちらへ駆けてくる赤髪の少女。
大暴れを見て心配になったか顔を出してくれたようだ。ただしスカート丈を気にしていいて、内股のなんともぎこちない走り方で笑えてしまう。
「こっちは平気。イグニスはどうだった?」
「ああ、それがな。大変なことが分かったよ」
目を伏せて言い淀む魔女。一体どんな情報が出てきたのだろう。俺はゴクリと唾を飲んで続きを待った。
だが彼女は溜めた。切り傷があるなと、上着を脱ぐことを勧めてきたのだ。そして「こんな事もあろうかと」と、ドヤりながら回復薬を取り出す。
ジュウと音を立てて傷が塞がる。俺は何も言わず。やや無言の間があり。沈黙に耐えられずイグニスは自ら白状した。
「……文字が読めませんでした!」
「ええ~」
(これはギルティー)
珍しいことに成果が無いようだ。お恥ずかしいと両手で顔を隠している。
責める気はないけれど手掛かりが消えたのは困ったな。こんな事になるならば俺もシスターに探りを入れておくべきだったか。
「いや。証拠は残っていたという意味でもある。あの女、やはり人間の処理を優先したらしいね」
(物は逃げないからの)
「……」
教会内はもちろん、宿舎まで念入りに漁ってきた魔女。その中には、文字が分からなくても異質だと理解出来るものがあったと言う。
これだと開かれる羊皮紙を見て、俺もなるほどと頷いた。
建物の見取り図である。どう考えてもこの教会のものでは無いし、手書きの乱雑さが怪しさを爆発させている。
「おそらく書き付けだな。何度も潜入して間取りを把握し、清書を悪魔に渡したのだと思う」
「つまり、ここが標的なんだろうけど……」
聖職者の所持品にしては不自然な品だ。可能性は高いと思った。問題はその建物の場所なのである。文字が読めない以上、これだけ見てもサッパリ分からん。
困ったなぁとぼんやり図面を眺めていれば、ふと部屋の形が記号になっている事に気が付いた。リーフ。マーレ教のシンボルマークで、楕円を縦に棒が貫く形状は、祈る手を模しているそうだ。
そんな物をモチーフに設計するならば、ここも宗教施設。いや、よく考えろ。もっと三教を代表する場所があるではないか。
「これ、もしかして大聖堂かな?」
「多分ね。そして本命がソコなら、悪魔の目的も見えてくるってもんさ」
指をパチンと鳴らすイグニスだが、話は後でと馬車に向けて歩き出した。
俺はその背を見ながら、こんな状態で放置するのかと困惑してしまう。教会は半壊だし、中には生首ゴロゴロだよ。
「せめて騎士団に事情の説明くらいは……」
「そんなの大聖堂でウィッキーにでも伝えればいいさ。いま時間が命だぞ」
遠いから急ごう。そう言いボコから荷車まで外す姿に本気度が伺える。単騎の方が早く走れるので、ここで馬車を乗り捨てる気らしい。
愛着あるので盗まれないか心配なのだけど、もはやお金の問題ではないのだろう。幸いに現金は圧縮したばかり。袋いっぱいだった金貨も、いまや数十個の宝石となり邪魔にはならなかった。
「ゆっくり買い物しようと思っていたのに、君と居るとこんな事ばかりだな」
「ハハハ。事件の発端を忘れたのかな」
手綱を握る赤髪の少女が、ヤレヤレと肩をすくめながら手を差し向けてくる。掬い上げられる俺は、振り落とされないように、その小さな背に張り付く。
なんだか二人乗りも懐かしい気分だ。腕に柔らかな肌と熱い体温を感じながら、愛鳥はブエーと鳴いて風を切る。
◆
「オラオラ、邪魔だどけー!」
「これは酷い」
さながら暴走族のようにボコを走らせる魔女。
人の往来が多い広い通りは勿論のこと、混んでると見なすや細い裏路地にまで躊躇なく飛び込んでいく無法ぶりだ。
あまりの迷惑さにこちらの良心が痛む。俺は悲鳴が上がる度に、内心でごめんなさいと謝罪をした。それにしても、何故この令嬢は暴走ぶりが馴染んでいるのだろう。さては常習犯かと疑いたくなる。
「悪魔の存在はモアから伝わったことだ。目下のところ、目的は不明だったね」
海岸沿いの開けた道に出て、喋る余裕が生まれたらしい。イグニスは手綱を華麗に操りながら推察を語った。悪魔の狙いは聖遺物。それならば、天敵である教会に接触していたのも頷けると。
「聖遺物か。確かに、天啓の失敗に繋がるのかも」
「だろう。この流れは非常に良くないんだ」
悪魔は内通者の存在により、教会の事情や聖遺物の場所にまで目星を付けている。
けれど、俺はそう簡単には行かないのでは考えた。なにせ今は警備も厳重になり、スヴァルさんたちまで参加しているほどだ。
「と、思うだろう。その警備は聖職者には緩い。皮肉にもウィッキー自身が証明していることさ」
「……ああ!?」
そう。枢機卿に成りすまして生活している悪魔が既にいるのだった。ウィッキーさんは、そこに疑念を抱きつつも自分のために直せていない。最悪はフリーパスで接近出来るのか。
「急ぐ理由が分かった。これはウィッキーさんに直接伝えないとだね」
「間に合えばいいがな。拠点の一つを潰した以上、更に警戒が上がる前にと敵が動く可能性はあ■ーーーー!?」
なんて会話をしていた所で耳が音を拾わなくなった。近所で爆音が響き、鼓膜はまだ揺れるのかキンと耳鳴りしか拾わない。
何があった。見渡せば、街は火に包まれて、煉瓦の家が玩具のように崩れている。やっと機能した聴覚が最初に拾うのは、逃げ惑う人々の悲鳴であり。
(やられたのう。悪魔が一番楽に魔力を回収する方法は、そりゃ皆殺しか)
燃え盛る炎が出す黒煙の奥には、巨大な異形の影が蠢いていた。まるで玩具箱をひっくり返す子供のように、無邪気に無慈悲に街が薙ぎ払われる。
「このヤロっ……!!」
「待てツカサ。これは……」
そして被害は一か所に留まらず。いまの爆発が運動会の開始を告げるかの如く、右でも左でも一斉に火の手が上がり始めたようだった。
耳に届く悲鳴で気ばかり焦るが、体は固まり、思考も飛びかける。全部で何体居るんだ。何処から手をつければいい。こんなの、どうしたら。
どうでもいい設定
悪性憑依型魔力生命体。通称、悪魔くんですが、存在的にはほぼ精霊と同じだったりします。
浄化されたガイア産か、洗浄前の人間産かですね。




