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492 どうか安らかに



「ヨイッショー!」


 気合の掛け声と共に、ムカデ女の長い胴体を床に叩きつける。 

 さんざん振り回して慣性をつけた後だ。最初は手近な関節がぐにゃりと曲がっただけだが、勢いに引きずられて体全体がしなる鞭のように下を目指した。


 教会内にビタビタと胴体の道が敷かれていく。その様は、さながらにドミノ倒しでも見ている気分。ついには頭上で優雅に歌っていた修道女も、絶叫と共に身を堕として地面に張り付いてしまう。


「AAっ……ごめ、ごめんなさい……」 


「はっ、なにを今更」


 静まり返った礼拝堂に響く、小さな命乞いの声。

 相手の姿は下敷きになった長椅子に埋もれて見えないが、どんな顔で言うのやらと吐き捨てる。


 やはり場所が狭かったか、気づけば室内は竜巻でも発生した後のような荒れ具合だった。

 もとから血塗れではあったものの、祭具に始まりマーレ神の像まで倒壊していて。


 なにより惨いのが生首だ。綺麗に並べられていたものが、いまの衝撃でボールの籠が倒れたように、ゴロゴロと無造作に散らばってしまっているではないか。神聖さとは程遠い有様に目を覆いたくなってしまう。


「ごめんなさい……NE……」 


(む。お前さんに言ってるのはなさそうだぞ)


「それはそれで怖いな」


 この場にはもう俺たちしか生者はいない。ならば何に語り掛けるのだろう。立場はすっかり逆転し、瓦礫の山の上から俺がムカデ女を見下ろす構図となった。


 彼女が両腕で大事そうに抱くのは頭蓋骨だった。大きさから言って子どもだろうか。死体で溢れる教会内だが、より特別なものというのは見るだけで伝わってくる。


「私GA、祈ったばかりに。傷を治したばかりに苦痛を長引かせてしまったわNE」


「なんの……話を……」 


「死は救済。絶望を終わRAせるの。祈りでは、何MO救えなかった!!」


 ガラガラと跳ね除けられる家具の残骸。起き上がる修道女は白眼から涙を溢して、神の無力さを説いた。いや、或いは自身の無力さを嘆くのかもしれない。


 悪魔が教会に潜むと知って少し疑うべきであった。宗教は信用にも繋がると言われるほど、この国は敬虔に三柱を崇めている。ならば、このシスターはどんな理由で悪魔にくみしたのかと。


「ああ、畜生。この怒りは一体誰にぶつければいいんだ」


 例えば人質。目の前で子供を盾に取られて脅されたならばどうだ。

 少なくとも、回復能力を逆手に取られ、苦しめてごめんなさい、なんて言葉が出るほどの悪意と暴力に晒されたのだろう。


 神聖術は信仰の証。特にマーレ教は平和を祈ることを目的とした優しい宗教だと言うのに。自分が治すから死ねない。神を信仰するから苦痛が長引くなんて。根から否定されれば心も折れるというもの。そんなの、あんまりじゃないかよぉ。


「苦しまないで。貴方も私が救ってあげるWA」 


 死は彼女なりの救いの形。ならばムカデのように死体を連ねるのは、心の底の罪悪感か。一人残らず、自らが導こうというつもりらしい。


 馬鹿馬鹿しいと思うのだけど、あまりに悲しすぎて否定をする気も起きない。今はもう、その身体が一人分も伸びないことを願うばかりで。


(……お前さん、来るぞ)


「貴女がもう神を信じないというのなら、せめて俺が祈るよ」


 死後の冥福をだけどね。助けるにはあまり手遅れ。ならば暴力では何も救えないと引導を渡すまでだ。


 投げたままだった黒剣をゾルゾルと手元に引き寄せれば、それが開戦の引き金となった。


「さぁ一緒NI、逝きましょう!」


 シスターは最後の拠り所を捨てるように、ビリビリとマーレ教の青の衣を破った。  

 必然その下の肌が露わになるのだけど、腹部には彼女の二面性を表すように、もう一つの顔が存在する。

 

「その口で死体を食ったのか」


 生首の奇麗な切断面と彼女の攻撃方法はどうにも一致しなかった。

 けれど鋭い顎を見て納得に至る。腹部がガパリと横に開き、肋骨が牙となって飛び出していたのである。


(まるで拷問器具よな)


「どこかで見たと思ったら……」


 なんて皮肉。拷問に苦しめられた修道女の姿は鉄の処女(アイアンメイデン)という拷問器具と瓜二つに進化をしていたのだ。そして牙持つ棺が蓋開き、お前も腹で眠れと襲い掛かって来た。


「RARA-」

 

 攻撃は雑な突進だが、その速度に目を張る。やはり頭部は勝手がいいのか、尻尾を操る時より随分と威力も精度も上がっていたのだ。


 半身に避けて、かろうじて直撃は躱す。けれど横に出っ張る鋭利な牙が、腹や腕を切り裂いていき。電車が通り過ぎるような風圧を浴びせられていると、左と叫ぶジグ。小回りは健在で早くも第二撃がやって来る。


「これは……」


 キツイな。左右から迫る牙こそ剣で防いだ。問題はその突進力。闇式で重量を増しているのに、ズリズリと後ろへ押し込まれるのだ。


 単純な腕力ならば負ける気がしないが、決め手は踏ん張りだろう。こちらが脚2本なのに対し、奴は長い胴体が何十という腕で床を捉えていて。


「あっ……!?」


(オイオイ)


 血の海に足が取られてツルリといった。それが最後。両足からは接地感が消えて宙を猛烈な勢いで押し込まれる。眼前に大きな口と鋭い牙。食われてなるものかと必死に耐えるのだが、衝撃は背後から唐突にやってきた。


「ゲホッ」


 コイツ、壁に俺を押し当て勢いで口に放り込もうとしているのか。

 その突進力は分厚い石壁を破り、挟まれた俺は意識が飛びそうになった。ふと見上げれば、目には爽やかな青い空が映って。ああ、良い天気だなと場違いが感想を抱き。


「壁ドンはもっと優しくしろー!」


(ふむ。壁ドンは捕食行為だった?)

 

 もう両脚もつっかえ棒にしてただ耐える。視界は目まぐるしく回った。

 外、教会、外、教会。人の背を何度も打ち付けるせいで、教会の壁にはムカデの身体が縫い目のようになっていく。


 けれど残念。俺の身体より先に壁の方が早く崩壊をしたようだ。

 これでは仕留められぬと悟ったか、あるいは意趣返しか。シスターは長い身体をギリギリまで伸ばし、天空に近づいて。


「ツカサ!?」


 どこからかイグニスの声がした。視線を下へ向けて姿を探すと、教会の奥の建物の窓から身を乗り出してコチラを見上げている。慌てて魔法陣を開く魔女へ、大丈夫だと手を振って答えた。


「こっちは心配いらないよー!」


「とてもそうは見えないんだが!?」


 まぁ地上に叩きつけられる1秒前だもんね。という間にも、ムカデ女は急降下をしていく。けれど本当に大丈夫なのだ。偶然にも足で牙を抑えたが、この姿勢がとても良い。なにせ両腕が空き、手を振れるくらいなのである。


「【闇の輝き光を照らす】【白に眩み、黒に潰れろ】」


 魔銃は射程が短いほどに威力が上がった。まして今は0距離。目を瞑っても当たるじゃないか。


 弾けやがれ。敵の咥内に腕を突っ込み、詠唱と共にジグから借り受けた闇の魔力を全放出。黒い光が煌めくや、波動が内部で炸裂して駆け巡る。


「RA-BUBoOOOOGYA!?」


 ムカデ女の腹部に当たる口は、魔銃の直撃を受けて破裂。うっとおしい牙も吹き飛び自由にはなるのだけど、俺は勢いのまま地面に落下した。大の字に床に叩付けられ、呼吸が困難になるほどの衝撃が身を襲う。


「終わったか」


 だが痛がる暇もなく、降り注ぐ巨体が目に入る。

 首だけになったシスターは、もはや祈る両腕も無く。霊核が壊れて、サラサラと灰のように崩れていた。


「ほら、SIはこんなにも救いなのYO」


「泣きそうな顔で言われても、説得力が無いさ」


 胴体に使われていた死体も悪魔の一部だったようで、下敷きにはならずに助かった。

 燃えながら降り注ぐ破片は、さながら捕らわれていた人魂が解放されたようで。


「マーレ様。貴方の敬虔な信徒たちを、どうか安らかに眠らせてください」


 神聖とは何に宿るのか。

 崩れた教会、踏みにじられし信仰。ここに聖者はおらず、罪と咎人が残った。


 貴女は祈りを無力と言うけれど、ごめんよ。俺にはこんな事しか出来ないからさ。その無駄な祈りを捧げさせてくれ。



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暴力では何も救えないと・・・
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