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488 謎の占い師



 君は近い将来、大事な人を失うだろう。自称占い師の女がそう告げる。

 普段ならばハイハイと適当に流す所。しかしイグニスと不可解な別れかたをしたばかりだ。


 俺にはコイツが、イグニスの命は無いぞ。そう言っているように思えて。警戒し、いつでも黒剣を抜けるように、半身になり右手をそっと後ろへ隠す。


「もしかして俺の連れのことを言っているんですか?」


「へぇ。居なくなった女の子は君の大切な人なんだね」


「そうだ。彼女になにかしたら許さないぞ!」


 声を荒げても、占い師は肩を震わせ笑いを堪えている。何が可笑しいと視線を強めれば、黒づくめの女は怯むこともなく、だってさとお腹を抑えながら言った。


「私は協力をすると言ったんだ。なのに犯人扱いとは酷いじゃないか。信用が無いようだから、先にそっちを占ってあげようかね」


「……?」


 水晶玉へ手を伸ばす女性に、俺は毒気を抜かれた気分だった。指を立ててコチラに言い聞かせるように喋る姿が、あまりにイグニスとそっくりだったのだ。


 まさか本人が悪ふざけでもしているんじゃないか。頭には一瞬そんな疑惑が過る。けれど、すぐさまに考えを否定した。俺の見立てでは、あれは別人で間違いない。


(儂も声や喋り方が似ていると思っておった。違うと否定する根拠は?)


「胸の谷間」


(……ああ)


 ジグルベインも納得をしたようだ。まるで見せつけるように開かれた胸元には、魔女がどんなに頑張って寄せても到底敵わぬ丘陵が存在する。そんな事をしている間に、占い師は「見える、見えるぞ」と胡散臭さ倍増の台詞を口にして。


「なるほど、君は脚に興味があるのか。いや、それどころか足裏や脇にまで……。いいかい。健全な部位だから問題ないと言い訳をしているようだけど、普通は興奮しない場所に反応する人間を変態と言うんだよ」


「止めろー、何を見ているんだー!!」


(あ、当たっておる。これは本物やで!?)


 俺は性癖を暴かれ憤慨する。しかし、同時に恐ろしさも感じた。

 誰にでも当てはまる事を言って信じ込ませる会話術があると聞く。例えば、人間関係で悩んでいる、とでも言えば。少なからず思い当たる人もいるのではないか。


 けれど彼女が言い当てたのは、身内くらいしか知りえないプライベートな内容だ。一方的に個人情報を握られている薄気味悪さに警戒心が戻る。


「……それで、イグニスは?」


「フフフ。いま見るとも。うーん、これは路地裏……?」


(なにが見えてるんじゃろ)


 ジグは占い師の女が怪しげな手つきで弄る水晶玉を覗き込んでいた。透き通る無色の球体は、どんな原理やら、彼女にだけ鮮明なビジョンを映すらしい。


 ブツブツと呟かれるワードが、徐々にだがイグニスの置かれている状況を浮かび上がらせていく。路地裏、吐しゃ物、頭痛、回る視界、千鳥足。これを整理し、客観的に考えると。


「まるで酔っぱらいだな。彼女は酒でも飲んでいたのかい?」


「もしかしてただの二日酔い!?」


(んーむ)


 とても大きな心当たりに目を覆いたくなる。なにせ前日に蒸留酒を樽で空けているのだ。勇者が寝込むように、魔女にも影響があって当然と言えた。


 つまり、なんだ。逸れたと思ったのは、馬車に揺られたことで吐き気を覚え、慌てて路地裏に駆け込んだからか。有るか無いかで言えば、十分にあり得えてしまう。


「この様子なら、少し経てば戻ってくるだろうさ」


「……ハイ」


 占い師は信じる気になったかなと、ヴェール越しでも分かる勝ち誇った声をした。

 流石に全部を信じるつもりはないけれど、敵意は無いのだろう。人質を取ったというなら要求があるだろうしね。


「疑ってごめんなさい。えっと、なんでしたっけ。破滅の相?」


 そして話は振り出しに戻る。失うのがイグニスで無ければ、誰なのかというものだ。

 俺は周囲を一度見回したあと、駝鳥のリードを短く持って、話を聞く態勢を整える。するとお姉さんも組んでいた脚を解き、姿勢を正して死刑宣告をした。


「ああ。君は将来、全てを失い人生のどん底に落ちる。間違いない」


「全部を……」


(儂が居るうちは、ありえんわ。カカカ!)


 面白い冗談と笑い飛ばす魔王。けれど、俺の心にはズシンと重石が乗った心地になる。

 彼女がまるで未来でも見るようにコチラの事情を言い当てた。というのもあるけれど。これが好意で言っていると分かるのが、なおさらに辛い。


 罵倒でも嘲りでもない。ただ真摯に事実を言っている。まるで教師に、出席日数が足りず俺だけ卒業出来ないとでも告げられたような。そんな義務感に似たものを感じた。


「それ、詳しくは?」


「……残念ながら、そこまでは。だから私が言えるのは、絶望するなという事だけだよ」


 肝心なところをぼやかされてしまう。

 当事者としては時期や内容を教えて欲しいものだけど、占い師は必要なのは覚悟だと言うのだ。


「いいか、頑張れ。けして諦めるな。君ならば乗り越えられる。それでも、どうしても駄目だと思った時は、仲間のことを思い出すんだ」


 一体どんな未来が待ち受けているのだろう。気付けばお姉さんは立ち上がり、俺の右手を握りしめていた。手袋越しでも感じる、その熱さ。まるで炎に包まれたかのように暖かく。


「誰も君のことを見捨てない。必ず助けてくれる。だから、安心して進みなさい!」


 なにより声。酒焼けした喉で懸命に励まされると、不思議に内から勇気が湧いてくるようだった。いつも隣で助けてくれる赤髪の少女が、行けとお墨付きをくれるような。そんな安心感に満たされて。

 

「大丈夫かツカサ! そいつから離れろ!」


「ちっ、意外と早かったな。アレを突破するとはやるじゃないかよ」


「これは、どういう?」 


 背後からイグニスの声がした。人混みを掻き分け、一直線にこちらへ向かう少女の足取りには、二日酔いの影響など微塵もなさそうなのだ。


 まさか今までのことは全部嘘。戸惑いを覚えていると、占い師は残念と俺の手をパッと離し。ごめんね、そう言って腰を蹴飛ばしてくる。


「無茶するなぁ、もう」


 転倒まではしないが、女とほんの少し距離が開いた。その間に割り込むように入ってくる、メラメラと燃え盛る火炎の槍。周囲の人々は異常に気付き、声を上げて逃げ惑うが。


 果たして俺はどちらに驚愕すべきだろう。仲間ごと吹き飛ばそうとしたイグニスか。そんな魔女の魔法を、軽々片手で受け止める占い師か。


 ともあれ、敵と味方の線引きは出来たようだ。女は火炎槍をぐしゃりと握り潰すと、混乱に乗じて逃げようとする。俺は慌てて追おうとするものの、手には駝鳥のリードが巻き付けてあり、一瞬行動が遅れてしまう。


(せめて顔くらい見ておくかの)


 代わりにスッと前に出るのがジグ。霊体を生かし、ヴェールの下を覗こうとした。

 誰も触れることの出来ぬ体だ。無警戒に突っ込み、素顔を暴こうとするのだけど、相手は距離を稼ごうとしただけか。足を止めて振り返り。


(痛ったあ!)


「ぐおっなんだ!?」


 まさかの正面衝突。これには俺も目を剥いた。しかし、なおさら逃がすわけにはいかなくなるね。占い師がすっ転んだ隙に先回り、イグニスと挟み込むに形に持ち込む。


(コヤツ、生身じゃないぞ。超高密度の魔力体じゃ)


「へぇ、それは本人に詳しく聞かないとね」


「そうだな。多少二日酔いの影響があったとはいえ、私が呪術にまったく気づけなかった。何者だ?」


 なんとイグニスは、ずっと俺が傍に居ると誤認識させられていたようだ。危機を悟らせぬ嫌らしい手口、心にするりと入り込む話術。まるで本物の魔女だなと場違いな感想を抱く。


「くぅ格好悪い。予定ではもっとスマートに振舞って、謎の美人占い師で終わるはずだんだけどな」


 女は囲まれても焦る様子すら見せなかった。パンパンと埃を払いながら優雅に立ち上がり、やれやれと決めポーズすら披露する。まさに余裕というやつだ。舐められたものである。


 俺は闘気を纏い、イグニスは展開陣を開き。目的はなんだ。ほぼ同時に言葉が重なった。


「もう果たした。ツカサ、さっき言ったことを忘れたてはいけないよ。これはお姉さんからのプレゼントだが。最後に一つ言っておく、恋愛のラッキーカラーは赤~!」


「うわっ!」


(追い詰められたら自爆とは傾いた奴よな。カカカ)


 そう。お姉さんは、最初から体に炎でも詰まっていたかのように、ボンと弾けて業火を周囲に振りまいた。見た目ほど威力はないのか、襲い来る熱風に耐えても火傷の一つも出来ていない。


「上手く逃げられたな。あるいは使い捨て前提だったか?」


 イグニスは、悔しそうに占い師の居た場所を確認するが、すでに痕跡は残っておらず。俺は何がしたかったのだろうと首を捻る。


 だが、異変はすぐに形になって現れた。ボコの手綱を手放したので、迷惑にならない内に迎えに行こうとしたところ。


「「「GGGAA~!?」」」 


 炎に巻き込まれたと思われる通行人や露天商がバタバタと倒れ、苦しみに藻掻いていたのだ。居合わせた全員ではないけれど、それなりの数。そして倒れる者には共通点がある。


「体から黒い靄。これまさか、苦しんでいる人全部が悪魔憑き……なのか」


 俺たちはとんでもない爆弾をプレゼントされたようだ。



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