487 胡散臭いにもほどがある
この館では今、何かが起きている。
そう感じたのは皆で朝食を摂り、本日の予定を話し始めた時だった。
第一の違和感といえば、まだフィーネちゃんに会っていないことだろうか。普段は起きて部屋を出ると、まるでタイミングを見計らったかのように隣室の扉が開くものだけど、今日に限っては食事にすら姿を見せていない。
「やつは死んだ」
「えぇ……」
珍しいことに勇者は遅くまで呑んでいたそうだ。寝かせてあげなさいと言われ、そういう事もあるかと頷く。しかし、問題はこちら。
「ツカサ。留守番は私が代わるから出掛けてきなさいよ」
俺は昨日に引き続き自宅待機だったはずだが、カノンさんが明るい笑顔で代役を申し出てきたのだ。その顔はニコニコを通り越し、もはやニタニタと下品な表情をしていて。何を考えているのだと唾を呑む。
「いや、助かるんですけどね」
「へぇツカサは外出か。じゃあオレも……」
「コッ!」
狼少女は一緒に行くと言いたかったのだろう。無邪気に名乗りをあげるも、哀れかな。最後まで言い切ることなく視界の外へと攫われていった。
緑の胴着を着た人物が、さながら草陰から襲い掛かる肉食獣のような俊敏さで、一瞬のうちに獲物を狩ったのである。
(腕を鎌のように曲げて首を狙ったか。よもやフェヌア教にアックスボンバーがあろうとはな)
「知らねえよ」
いま言えるのは逆らうのは得策ではないということ。何事も無かったかのように一人で廊下から戻ってくる青髪ポニテのお姉さんを見て、俺はガクブルと膝が震えた。
「お、お出掛けしましゅー!」
「よろしい。最初からそう言ってればいいのよ」
理不尽だ。
◆
とはいえ、間はいい。
聞いた話では、なんとイグニスお持ち帰り計画をフィーネちゃんが纏めてくれたようだ。正式な命令だから従うと先ほど告げられている。
これから必死に転移法を頭に叩きこまなければと肩を竦める赤髪の少女。ならば俺も不便のない生活をさせようと言った。時間があれば、金貨を宝石にでも交換しようと思っていたところだった。
「さて。幾らあるかな」
(おうおう。ずいぶん貯めこんだのぅ)
「たぶん一番使ってるのはお前の酒代だ」
部屋に戻り、麻袋をベッドの上でぶち撒けた。ジャラジャラと子気味良い音を立てながら零れ落ちる黄金色の硬貨。小粒であるが一枚で5万ほどの価値があり。それが数えるのも面倒なほどに山となって積みあがる。
旅では持てる荷物が限られてしまう。だから買うのは食料や消耗品ばかりなのだが。
なんだかんだと客人扱いしてもらうことが多いので、それすら必要最低限。現金を使う機会は本当に少なかったのだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ」
(うわっ~これ全部金貨!? サガミン、めっちゃ金持ちじゃん!)
金貨を十枚重ねてセットを作っていると、もはや当然のように床から現れるギャル幽霊。
凄いでしょ。まだ整理していない山を方手で掬い、フフフと不敵な笑みを浮かべながら量を見せつける。
(……ウチィ、じつは彼ピ募集中なんだけど~)
「こんなタイミングで言われてもねぇ」
だいたい、日本に戻ってしまえば俺は稼ぐ術を持っていない。金目当てで付き合うのなら外れ物件だ。自分で言ってて悲しくなった。
(えーそうかな。イケメンだし絶対モテるって!……変態だけど)
(否定は出来んな)
「おや、なにかぼそりと付け足さなかったかな?」
口を動かしながらも手は動かし続け、なんと合計は400枚にも及んだ。俺は2000万越えの資産を持っていたことが判明した瞬間である。あらまぁ。正直雑に扱っていたので、こんなにあったのかと驚いた。
(すげー! どうやって稼いだの!?)
「ほとんど勇者一行のお給料かな」
国がバックに付いているだけあり高給取りなのだ。最近では浮遊島でガッポリ稼いだけれど、積みあがる金貨が冒険の思い出に見えて少しばかり感慨深かった。我ながら色んな所に行ったものである。
アサギリさんにせがまれて冒険譚を聞かせていたら、意外と時間が経過してしまい。そろそろ出るかと、お金を袋に詰めなおして上着を羽織った。
すると何故か慌てるギャル。お前もかブルータス。挙動不審な理由を追求しようと思えば、遮るように扉がノックされて若干キレ気味で対応をしてしまう。
「もう、次は誰っ……!」
荒く扉を開くと、そこには赤髪の少女が立ち尽くしていて。言葉を失う俺に、不満そうな声が掛けられた。
「何も言うことは、ないのかい?」
「あ、いや。とても似合っているよ。最高」
「脚を見て言うな!」
(カカカのカ)
イグニスの恰好は、黒い外套そのままに下には白いシャツと赤いネクタイ。そしてスカートと、まるで学生服を意識したようなものだった。犯人は言わずもがな、背後でピースをする女子高生の幽霊なのだろう。
喝采したくなるのはスカート丈の一点。普段は足首まで隠しているご令嬢が、どういう心境か膝下まで挑戦している。晒された美脚もさることながら、照れ臭さに落ち着きなく脚をくねらせているのもポイントが高い。
(ウチ的にはもう半分丈を詰めていたらパーペキだった)
「しません!」
(えー、でも日本じゃそのくらい普通だし)
「私には普通じゃない!」
いいように弄ばれるイグニスを見るのは新鮮だ。そして二人の言い合いを見て、だいたいの流れを察する。
日本へ行くことが決まった魔女は、普段どんな服装で生活しているのか尋ねたのだろう。そこでアサギリさんが現代風にコーディネートし、俺にサプライズ披露したわけだ。嬉しい驚きに頬が緩む。
「違う。普通の服もあるんだよなと確認をしたんだ」
(ふむ。こやつが知るのは、目の前のミニスカギャルと体操服にスク水か)
「それが一般的ならヤバい国だね」
よかったよ、とやや遠い目をして安堵するイグニスは、せっかく着替えたのだから一緒に行くこうと外出を催促して来た。瞬間すべてが繋がる。全部この女の仕込みか。
まぁ俺では宝石の価値などよく分からない。来てくれると助かるのだけど、そうだろうと力強く頷かれても釈然としないのだった。
「あ、馬車を出してくれ。酒が切れたから帰りに買いたい」
「昨日ティアが3樽買ってきてたよね!?」
まさか起きてこない勇者にも関わっているのだろうか。静かな隣室を眺めていれば、さぁ行こうと浮足立ち進むイグニス。仕方なくその背を追いながら俺は思った。本当に何があったのだろう、と。
◆
(待て、お前さん。イグニスがおらんぞ)
「へ?」
俺はジグに言われ慌てて周囲を見るも、完全に雑踏に飲み込まれていた。
リュカにはいつもの事だろと思われそうだけど、全然違う。いくら俺でも目指す場所がある時に寄り道はしないのだ。
「だいたい、いま隣で話していたよな」
(おう。これは、何かされとるか?)
日本での活動資金として、換金性の高い物を買い求める俺たち。やって来たのは西にある商業区域。前にフィーネちゃんが宝石を売りに行っているので、良い店があると魔女に勧められていた。
どんな高級街かと思いきや、着いたのは意外や露店の並ぶ雑多な通り。こんな場所で大丈夫かと疑問だったが、港の近くなのでシュバール人も商売をしているらしい。
宝石が特産品の国だ。掘り出し物を見つければ、店舗で買うより値が抑えられる。そんな話を、歩きながらしていたばかりだった。
イグニスよ、どこに行った。
こちとら迷子の達人。逸れた場所から足は動かさず、立ち並ぶ店や通り過ぎる人を目と顔を使って追って。
「おやおや、何かお困りかな?」
「っ!?」
不意に背後から声を掛けられる。見れば、相手は露天商か。黒づくめの服を着た女性が、小さな机に頬杖を付いて座っていた。
(こんな奴、居たか?)
「……友達を探しているんです。赤髪赤眼の女の子なんですが」
「失せ物か。よろしい、私に任せるといいさ」
お姉さんは、そう言いながら机の上に水晶玉を取り出す。なんと自分は占い師だと名乗ったのである。俺はへぇとまったく心の籠らない返事をしていた。だって、顔はヴェールで隠しているし、胡散臭いにもほどがある。
「ごめんなさい。いま急いでいるので、また機会があったら」
「ふふん。まぁそう言うなよ。破滅の相が出ているぞ。君は近い将来、とても大事な人を失うことになるだろう」
酒やけしたセクシーな声が、そう言った。




