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473 ギャルの居る日常



 俺は、あふあふと欠伸をしながら、手探りで窓の戸板を開いた。

 夜更かしのせいもあり少し眠りが足りないか。思考も回らず、体も重い。だが、そんな眠気を吹き飛ばすように流れ込んでくる早朝の冷たい空気。


「さぶい」


(しかし晴れたようじゃな)


 遅くまで降り注いだ雨は、もうすっかり上がったらしい。快晴とまではいかないが、空を塞ぐような鈍色の雲は散り。隙間に覗く青色から、日が梯子の様に地へ降りている。


「せいっ!」


「うわぁ、もうやってるよ……タオルと水でも持って行ってあげるか」


 寒さに震えながら空を見上げていれば、耳に掛け声が届いた。庭へ目を落とすと、僧侶が今日も元気に型稽古をしているようだ。


 何時からしているのやら、体が熱を持ち、湯気を立てているではないか。足元に溜まる水は、雨か汗かの区別もつかないくらいだった。 


 連日の修行に加え、しっかり神への祈りも欠かさないのだから、頭の下がる思いである。俺もヴァンを倒すと布告をしたのだから励まなければね。カノンさんの背に元気を貰い、頑張ろうと気合を入れて。


(おっはようございまーす!)


「うわぁあ!?」


 けれど、突然に挨拶により、せっかくのやる気が滑り落ちそうになった。

 そういえば今日からは彼女もここで暮らすのか。ギャル幽霊が不意打ちに床から顔を覗かせ、勢いよく挨拶をしてきたのだ。


 とはいえ、その程度の悪戯は日常茶飯事。ビクリ、くらいの反応はするけれど、声を出すほどの驚きは無い。強いて言うならば間が悪かった。


 さぁ着替えるかなと、寝間着のズボンを下したところであった。下から現れたアサギリさんは、そんな俺の真下に姿を見せ。股間に向けて、おはようと言っていた。


(きゃー!? ちょっ、セクハラ~!?)


「それはこっちの台詞だ!」


(カカカのカ)


 慌てて脱ぎかけたズボンを履こうとするのだけど、背後でバンと開け放たれる扉に、再び手は止まる。


 悲鳴とは救援信号。まして、魔王軍に警戒中の今だ。こんなつまらない騒ぎに、大真面目で駆けつけてくれた隣室の勇者と前室の魔女。


 彼女たちは、まだおはようしている下半身を凝視しながら、顔を林檎のように赤くしていて。固まるフィーネちゃんに代わり、イグニスが早くズボンを履けと叫んだ。扉くらい閉めてよねもう。



「えっウィッキーさん、もう仕事に行っちゃったんですか?」


「そうよ。早くから大変よねー」


 僧侶がバリモリと朝食を口に放り込みながら教えてくれた。起床時間が近かったようで、出掛ける前に挨拶を交わしているらしい。


 食欲にも驚くが、話の内容にも驚く。彼は国が悪魔に警戒していると自分で言っておきながら、律儀に出勤したと言うのだ。俺は目を丸くしながら隣のイグニスを見る。赤髪の少女はうーむと腕を組んで唸っていた。


「一人で大丈夫かな?」


「いや。日常を過ごすというのは、あんがい最善手なのかもな」


 騒げば無駄に注目を集めるだけ。そう言いつつ渋い顔をするのは、あの悪魔にそんな腹積もりがないと分かるのだろう。俺も聖職者としての義務感だけで行動をしていると思うな。


 流石に皆にもウィッキーさんの事情は話していない。無事で居てほしいものだと、人知れず安全を祈った。そんな俺に「なぁ」と話しかけてきたのは、寝ぼけまなこで牛乳をチロチロと舐めるリュカで。


「ツカサは今日なにするんだ?」


「俺は留守番の日だから家に居るよ」


 フーンとつまらなそうな反応をする灰褐色の髪の少女。空いていたら、また冒険者ギルドにでも誘うつもりだったのだろうか。予定の話が出ると、雪女がそうだと可愛らしく手を叩く。


「私は買い出しに行くから、ついでに欲しいものがあったら言ってね」

 

「……はぁん」


 お留守番の身としては非常に助かる提案だった。イグニスはすぐさまに酒とつまみを頼み、俺も料理の材料が欲しいなと考える。


 けれどティアの黄色い瞳がもじもじと目で追うのは、不愛想に肉を齧る若竹髪の少年。これは遠回しな外出の誘い。「俺も行く」の一言を待っているのだろう。


「買い出しか、じゃあ私が付き合うよ」


「えっ!」


 そんな雪女の謀りを正面から砕こうとする聖騎士。

 二人の関係を知らぬマルルさんだ。善意で名乗り出るのだけど、あまりに空気が読めなすぎる。白藍髪の少女は「あら、ありがとう」なんて行儀よくお礼を言うも、邪魔すんなとばかり頬を引き攣らせている。


「あー! そうだ。マルルさんには私と来て貰いたいなー!」


「ティアにはヴァンが付いて行ってあげなさいよ!」


「お、おう」


 すかさずに入る勇者のフォロー。ダメ押しでバカを焚きつける僧侶。素晴らしい連携である。だが完全に勢いで言ったようで。「どこに行くんだい?」と聞かれた金髪の少女は、額に指を当てて理由を捻りだそうとしていた。


「ツ、ツカサくんとのお休みが……」


「元気出しなさいよ。私も付いていくから」


 言い出した手前というのもあり、フィーネちゃんはカノンさんたちと一緒に騎士団へ顔を出すことにしたらしい。


 昨日の今日でさして進展はあるまいが、この数日で状況が目まぐるしく動いているのも確か。受け身で待っているだけでは情報が入って来ないのだった。


「じゃあ、ちょっと行ってくるのだわ」


「行ってらー」


 ただの買い物というには気合の入った恰好の少女。不思議だね。ニマニマとその背を見送るのだけど、同行するヴァンは、はぁと溜息をつく。まさか、乗り気ではないのか。そう思ったけれど違ったらしい。


(やば。お姫様抱っことか、マジイケメンじゃん!)


 そう、若竹髪の少年は突如にティアを抱える。雨上がりのぬかるむ地面では泥が跳ねるからね。普段は粗暴なくせに、彼女にだけは紳士的な顔も見せるようだ。


 俺とアサギリさんは、二人が馬車に乗り込むまでの間、精一杯にヴァンくんを応援した。気に障ったのか「うるせぇ」と罵倒が飛んでくる。照れるなよ。



「珈琲淹れたんだけど、飲むかい?」


「ありがとう。ああ、なんかイグニス味はほっとする」


 熱く濃いめのブラックコーヒーを口に含むと、そんな感想が出た。なんだそれはと赤い瞳が優しく目尻を下げる。狼少女は放し飼いの犬のようなものだ。フラリと出ていき、館には俺と魔女だけが残された。


 暖炉の火に当たりながら、本に目を落とす赤髪の少女。広い居間には、パチパチと木が崩れる音と、珈琲を啜る音だけが響き。どこかもの寂しさを覚えながらも、こんな休日もたまにはいいと思い。


(やっぱ美人は絵になるねー。ここに居ると美少女だらけで眼福ですわー!)


(お前さん、退屈じゃ。修行をしろ。見てやるぞ)


 幽霊共がうるせえな。

 アサギリさんは、皆が外出したことで、ここぞとばかりに話しかけてきた。やはり同年代といえ、言葉の壁は大きな障害なのだろう。


 今日も朝食の前にティアが身振り手振りで意思疎通を図ろうとして失敗しているのを目撃している。ご飯を食べられるのか聞きたかったようだ。


「アサギリさんの事を考えると、なるべく俺が居た方がいいんだろうね」


(めっちゃ助かるけど、無理はしなくていいよー)


「日本語には私も興味がある。勉強がてら話相手になってくれると助かるな」


 イグニスにチロリと視線を向けられ、ギャル幽霊はマジかと顔を綻ばせる。

 言語が障害というのは言い過ぎたか。互いに興味を持ち、歩み寄ろうとするならば壁など無い。


 逆に大陸語を教わるアサギリさんを見て、この世界に来たばかりの時を思い出す。俺にはジグルベインが付いていてくれて、本当に良かった。


(あ、分かった。さてはイグイグがサガミンの連れて帰ろうとしてる子だ!)


「連れて、帰る?」


(そうそう。一人だと寂しいから、お酒に酔わせて持ち帰るとか最低なこと言っててー)


「やめろー!?」


 異世界コミュニケーションを温かい眼差しで見守っていた俺だが、何を暴露しているのだと大慌てで声を出して話を遮った。


 まだ言ってなかったのかと、いまさら口にチャックをするギャル。一方で赤髪の少女は、怒りの感情を隠そうともせずに、額に青筋を浮かべながら「オイ?」とドスの効いた低い声を出す。




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― 新着の感想 ―
イ、イグイグ・・・って。 やっぱり、自分では言い出せないツカサくんなのでした。
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