481 悪魔の懺悔
私も悪魔なんだ。
ウッィキーさんは懺悔でもするように、涙ながらの告白をする。
俺はあまりの衝撃に言葉が出ない。だって、この人はダングス教の枢機卿という立場。なにか秘密くらいはあると思っていたけれど。まさか聖職者が悪魔だなんて、誰が疑うというのか。
「っ!」
「えっ、えっ?」
こちらが固まる最中、イグニスの動きは俊敏そのものだった。明かされるや、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、即座に展開陣を突き付ける。
一方で困惑するのがフィーネちゃん。日本語で言われたために、状況を理解出来ていないようだ。いや、そう考えると魔女にも正確に伝わっているかは怪しかった。それでも、まずは場を制圧した方が得と動いたのだろう。
悪魔よりも悪魔らしい思考回路に慄いている間にも、赤い瞳は枢機卿を射抜いて、動くなと脅す。その隙に勇者へ事情を話せば、手はそっと剣の柄尻に伸びて。秒で臨戦態勢を整えるあたり流石である。
(止めてよ、みんな。よく分かんないけど、ウィッキーは悪い悪魔じゃないって!)
「美咲……」
(はっ、もしや儂も悪い魔王じゃないのでは?)
「お願い。少しだけ黙ってて」
魔王は仲間に入りたそうに見てくるものの、心を鬼にして真面目を貫く。
一触即発の空気を感じとった幽霊ギャルが、腕を大きく広げてウィッキーさんを庇うように前へ出たからだ。けれど、「いいんだ」と苦笑いをしながら男は告げた。
「もとより抵抗などするつもりはない」
「……」
ここで争いになればアサギリさんの核を巻き込むからと。
確かにソレがあったか。イグニスは机上のスマホをチラリと一瞥し、はぁと不承不承といった態で構えていた手を下ろす。
「事情は、聞かせてくれるんですよね?」
問えば、魔石化した顔を、そして感情さえも覆うように、再び仮面が付けられる。
風雨で窓が暴れる中、ウィッキーさんは一つだけ言い訳をさせて貰うが、と話を切り出した。
「悪魔と言っても、私は【深淵】の配下ではない。今起きている事件とは無関係だよ」
つまり、聖国内にはまだ他の悪魔が侵入しているということか。
俺はそう捉えるのだけど、イグニスには敵の情報を持っていないと聞こえたようだ。真偽を確認すべく、視線は勇者へ向き。
「大丈夫。嘘はありません」
金髪の少女が強く頷いてくれる。良かった。とりあえずは敵対をする理由が無さそうだ。皆の肩から力が抜けたことで、アサギリさんもホッとため息をつく。
「じゃあ、悪魔がなんで宗教国家に居るんだ!」
(せやせや!)
八つ当たり気味に叫ぶイグニス。なるほど警戒をするわけだ。周囲は天敵だらけで、野良の悪魔が忍び込むには場所が悪い。ただし本人も自覚はあったらしく、「もっともだな」と大真面目に肯定をした。
「私とて、この20年は生きた心地がしなかったよ。騙す罪悪感と、バレたらという恐怖で毎日圧し潰されそうだった」
「に、20年!?」
まさかの年数に、驚きを通り越して呆れてしまう。ウィッキーさんは、俺たちが生まれる前から聖職者に混ざり生活していたというのだ。
何故そこまで。自分ならばとっくに逃げ出していそうな境遇に疑問を覚えれば、仮面の男は声からも伝わるほど言葉に哀愁を乗せて言う。
「体を貰ってしまったからね。彼の人生を、彼に恥ずかしくないように生きたい。ただ、それだけさ」
「悪魔の生態を知ってるかい」とウィッキーさんは語る。
人が死んだ時、通常ならば魔力はすぐに分散して消える。だが強い感情を含んだ魔力は、時に僅かに思念を持ち。霧散する前に誰かへ憑くことが成功した場合だけ、悪魔としての生を得るという。
だが、低位のうちは寄生虫のようなもの。宿主が死ねば、また次の宿主に移り。そうして奪った魔力で力を蓄えていくそうだ。
「私が前に憑いた男は、ロクでもない奴だったよ。まぁ悪魔の力なんぞを欲する人間。魔力を得て、調子に乗り、他人を害し。すぐさまに捕まった。そして言うのだ。自分は悪くない、全部悪魔のせいなのだと」
「ラヴィエイも似たようなことを言っていたな……」
だから人間という生き物に期待はしていなかった。けれど悪魔憑きと聞いてウィッキーさんの前に現れたのが、今の体の本来の持ち主である司教で。
「てっきり滅されると私は怯えた。事実、彼は指先一つで殺せたはず。なのに言うんだ。そういう生き物なのだから君にまだ罪は無い。死にゆく体で良かったら使ってくれと」
「待て待て。三柱教の、それも司教だろう。神の魔力を持つお方に、低級悪魔が取り憑けるものか」
まさかと唖然とするイグニスへ、仮面の男はそうだと答えた。
司教は悪魔を受け入れる為に、神力を、信仰を捨てているのだ。まるで己の人生のすべてをひっくり返すような蛮行だった。
生憎と俺は神を信仰しない。けれど、司教まで上り詰める人間の信仰心など疑いようもなく。その行為にどれほどの覚悟があったのかを感じ入る。
「そんなところかな。迷惑をかけてすまない。悪魔が聖職者など騙るものではないね」
「いいえ」
酷い結末だと、自嘲するように仮面の男はハンと鼻を鳴らした。そんな投げ槍な態度を即座に否定するのは、黙って話を聞いていたフィーネちゃんである。
「私は貴方を偽物だとは思いません」
奪うばかりの悪魔が貰った初めての贈りもの。しかし司教の命という対価はあまりに重く、せめて恥じぬようにと彼に茨の道を進ませた。
他人を演じるだけも辛かろうに、聖者の行いを真似て20年。今だバレずに突き通したなら、さぞ清く正しい生き方で。勇者は、その年月に偽りは無いと答える。
「もうとっくに本物以上の聖職者じゃないですか」
ニコリと微笑む顔を見て、彼女らしい考え方だと思った。
勇者らしくを心掛けて生きるフィーネちゃんだ。理想を胸に演じきったならば、それはもう本物と認めるらしい。いや、認めて欲しいのだろうか。
しかし、動揺をしながら否定する仮面の男。思い出が綺麗すぎるようで、枢機卿の役職を立派にこなしながらも自分は偽物だと譲らなかった。
「神聖術の使えない聖職者など居るかね。私を認めるということは、他の司教たちへの侮辱だぞ」
同僚への配慮。あるいは、本物を知るからこその拒絶のようだ。
趣旨からズレていると話を打ち切ろうとするもので、俺は憐れな悪魔に意地悪をしてやりたくなってしまう。
「でも。貴方に助けられた人は、みんな感謝していると思いますよ」
(超してるよ! ウィッキーと会えなかったらマジどうしよもうなかったしさ。だから、元気だしてだして!)
敢えて日本語で言えば、嬉々と会話に交じってくるギャル幽霊。助けられた人には真偽など関係無く、ただ感謝のみが存在し。そんな眩しいアサギリさんから、目を反らして男は言った。
「彼ならば、人を助けるのに理由は要らないと言った。けどね、私は体を持たない少女に、ただ同情しただけなのだよ」
ずっと見えなかった本音が透ける。
そうか。この男はアサギリさんに自分を重ね、過去にそうして貰ったように助けて上げたかったのだ。
(それでも! ウィッキーが頑張って日本語まで話してくれて、ウチは神だと思った!)
「神だなんて言葉を、軽々しく使ってはいけないと言っているだろう……」
ちなみウィッキーというのは、その時に“なんでも知っている”という意味を込めてアサギリさんが名付けたようだ。道理で聞き覚えのある響きのはず。
私との生活は嫌だったと、不安な表情で仮面の奥を覗き込もうとする幽霊少女。
やめないさいと顔を背けるも、「ありがとう」と裏表の無い気持ちを伝えられ。床にはとうとうポタリと滴が落ちる。
「雨漏りか。これだから古い家は困ったものだ」
「……そうですね」
ウィッキーさんは悪態をつきながら天井を見るも、当然そこには染みなどなく。仮面の隙間より、とめどなく水が零れていた。
「お願いだ、勇者一行。私はどうなってもいい。だから美咲だけでも助けてあげてください!」
話は結局、そこに戻るわけだが。事情を聴いた今では、納得など出来るはずもない。
見渡せば、イグニスもフィーネちゃんも同意見なようで。三人で合わせて言う。
「「「断る!」」」
救うなら、まるっと全部に決まってる。




