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477 どう見るか



 館に近づくにつれ、背後でソワソワとし始めるリュカ。

 彼女は敷地内に到着するや駝鳥から飛び降りるのだけど、辛うじて理性は残るのか。走り出したい気持ちを抑えるように視線が玄関と俺を往復していた。


「やっとくから行っていいよ」


 苦笑しながら手で払えば、待てを解かれた犬のように、ひゃほいと駆けていく狼少女。魔王様から、お前は甘いと呆れる声がした。ボコも生き物だ。走ってもらった後は、ちゃんとケアをするのがマナーなのである。


「まぁ嫌いじゃないし全然構わないよ」


(思えばソイツもなにげ、イグニスに続く古株か)


「そうだね。大事な仲間さ」

 

 こんなに遠くまで来れたのは、お前のおかげだもんな。

 駝鳥を厩舎に繋いで鞍を外し。すっかり寝てしまった羽毛を、お疲れと労わりながらブラッシングした。あとで水と餌も持ってくるからね。


「おっリュカの落ち着きがなかったのはこれか」


 一通りの世話を終えて、ただいまと玄関の扉をくぐれば、鼻孔をくすぐる良い香りがする。この匂いは魚介系だろうか。休暇で時間を持て余し気味だったティアは一層に料理へと本腰を入れているので、食事は毎日の楽しみだ。


 市場で軽くお腹へ入れたのが、かえって胃袋を活性させたらしい。早く寄こせとぐぅぐぅ鳴るもので、今日はなにかなと表情を崩しながら居間に顔を出す。


 するとエプロンを付けた白藍髪の少女が、腹を減らした狼に餌付けをしている最中であった。リュカめ、うまく味見にありついたな。羨ましい。


「おかえりツーくん。悪いのだけど、お米を少し使わせて貰ったわよ」


「わー、お米料理なんだ。全然いいよー!」


 リュカではないが、米と聞いてテンションアゲアゲである。

 聞けば、俺が日本へ帰るのを知ってわざわざ好物を選んだくれたようだ。ハーフェンで学んだのよとエッヘンと胸を張る雪女は、少し照れ気味にポリポリと頬を掻いて言う。


「正直、料理って貴族の趣味じゃないと思っていたから。きっかけをくれた貴方には感謝しているのだわ」


「まだ日数あるし、また今度一緒に作ろうね」


「ええ。楽しみにしてる」


 火を使っているのか、夕飯はもうちょっと待ってね、と台所に引っ込んでいく少女。こう、ヴァンが惚れるのも分かるくらい優しい子だ。きっと学園でも人気者だったのだろうなと考える。


「じゃあ、先に嫌なことを済ますか」


 部屋を見渡せば、まだ全員は揃っていないらしい。暖炉の前に置かれた机でカードゲームをするフィーネちゃんとイグニス、そしてマルルさんの三人の姿が見えた。


 勇者は修行組に混じりたかっただろうに、リーダーとして初日くらいは残ると自主的に自宅待機をしていて。なるほど。報連相をするのに居場所がハッキリしているのはありがたいものだ。爆弾情報を持ってきて申し訳ないと思いながら、ちょっといいかなと声をかける。


「ごめんね、ちょっと待って。もう5連敗なの。悪辣魔女の進撃を、ここで止める!」


「そうだ、頑張ってくれ勇者様。でないと、でないと今晩のおかずがぁ……!」


「たかが遊びで酷い言われようだな」


 場は結構盛り上がっているようだった。さてはイグニスに戦略ゲームでも挑んだか、赤髪の少女はチップを大量に独り占めしていて。勇者と聖騎士は取り返そうと躍起のようだ。


「というか、聖職者が賭けとかしていいんですか?」


「これは遊びだから! お金じゃないから!」


 聖騎士はそう言い訳をしながら真剣な眼差しで手札を睨んでいる。熟考の末にどうだとカードを叩きつけるお姉さんは、しかし一人負けして哀れ机に伏してしまった。今日の彼女の夕飯はパンだけらしい。


「うぉおん。うぉおおん!」


「こんな司祭で大丈夫か、ダングス教」


(知識と知能は別という、いい例じゃな。カカカ)


 ゲームの切れ目に、お待たせとフィーネちゃんが椅子を引いてくれた。席に座ればイグニスが「やるかい」とばかりに目を向けてくるので、大丈夫と断る。そうかとあっさり俺を無視して、卓上には三人分の手札が配られていき。


「フィーネちゃん、出来れば二人きりで話をしたいんだ。部屋に来てほしい」


「ツカサくんの部屋で二人きり!? もっ、もしかして大事な話だった?」


 そう話を切り出せば、ゲームに熱中していた金髪の少女が慌てた様子で反応する。

 俺は静かにうんと頷いた。すると流石は勇者。事態の重さを見抜いたか碧の瞳は肉食獣のようにギラギラだ。


「さてはヒィヒィ言っちゃうやつですか?」


「えっ、まぁ場合によっては」


「分かりました」


(絶対勘違いしてると思うよ)


 神妙に頷くフィーネちゃんは、でもお風呂には入りたいなと言うもので。紳士の俺は先に入って来なよとウインクした。グサリと額にカードが突き刺さった。ははは、俺には手札を配らなくていいんだよイグニス。


「君はスティーリアにも隠し事が多いと言われたばかりだろう」


 聞かせろと赤い瞳が睨んでくる。じゃあと口を開くと、勇者は心なしか肩を落とすが。今日の出来事を伝えればご希望通りにヒィと絶叫した。 


 冒険者ギルドで魔王軍幹部とばったり会ったなんて、実にふざけた内容ながら。まったく笑えないのが三大天という名前だ。やはり勇者も扱いに困るようで、眉間に皺を寄せてどうするべきかと考えている。


「……これ、イグニスはどう見る?」


「頭は痛いが、目的が分かったのは大きい。上手く運べば、武力衝突は避けられるかも」


 なるほど、魔女らしい見解。モアと悪魔は別件と捉え、敵対する要素は無いと捉えるようだ。しかし、どうかなと首を捻るのが聖騎士である。オカズ抜きと嘆いていたのが嘘のように真剣な顔で言った。


「国を我が物顔で歩かれたら、それは屈服と同じだよ。面子ってやつさ。理由はどうあれ、魔王軍の侵入を許すとは思えないね」


「まぁ少なくとも貴族は許さないだろうな。でも、ここは聖国。宗教の価値観を考えれば、被害を最小限に抑えようとする可能性はあるんじゃないかな」


 マーレ教は争いを好まないだろう。魔女が指を立てれば、勇者も確かにと納得の色を見せた。なら、都合がいいかなとフィーネちゃんは手紙を取り出し。今度は俺が首を捻る番になる。


「それは?」


「ツカサくんが出掛けている間に、城からも使者が来たの。みんな揃ったら言おうかなって思ってたんだけど」


 早くも教皇から呼び出しがあったらしい。勇者一行を大聖堂に招くという内容のもののようだ。そこで情報を公開し、相談しようというのが、いま出せる結論のようだ。しょせん外様だから大きく動けないというのもあるだろう。


「にしても悪魔ね。面倒にならなければいいが」


 故郷を滅茶苦茶にされた魔女は、大きく溜息をついていた。ゲームを続ける気は無くなったようで、おしまいとばかりにカードをパラパラと机の上に落としている。


 間が良く、玄関で扉の開く音がして。「腹減った~」と慌ただしく居間へ飛び込んでくる剣士と僧侶。そろそろ夕飯の支度を手伝おうと、俺たちは笑いながらテーブルの上を整理した。


「おまたせ。今日はエジャーパと言う料理よ」


「「待ってましたー!」」


 そして、いよいよ主役がやってくる。

 卓の上にドンと置かれるのは大きな鉄鍋で。蓋を外せば、芳醇な魚介出汁を吸って黄金に煌めく粒立った米。湯気にのり振り撒かれる香気が食欲をダイレクトに刺激し、気づけば溢れる唾液を飲み下していた。


「エジャーパか。いいないいな」


(うむ。見た目は良し)


 馬鹿な賭けをして、お預けをくらう聖騎士が、涎を垂らし恨めしそうに鍋をみていた。どうやらシュバールでも食べられている料理らしい。


 パエリヤに近いのだろうか。貝、イカ、ダンゴムシと具材がゴロゴロと入った鍋は、彩もゆたかで目に楽しい。皿に配膳すべく、お玉が鍋をかき混ぜると、表面に張り付いていたオコゲが剥がれて一層に美味しそうだ。


「うわー、いただきま!」


「どうしたんだい?」


 さっそく味を楽しもうとスプーンで掬い、口に放り込もうとしたところで、俺はピタリと固まった。魔女が不思議そうに見えてくるが、奴はなにも異常を感じないのだろうか。


「いや、これダンゴムシ……」


「車輪海老ね。もしかして苦手だったかしら」


「テメー、ティアの料理に文句かよ」


 馬鹿はいったん無視をするとして、そう虫の話。どうにも異物混入を疑ったのだが、クルリと丸まる甲殻類は、この世界ではエビ扱いのようだ。まだまだ知らないことが沢山あるね。


 しかし、ダンゴムシでなかったとして、海ならばグソクムシ。海老と言われようが、口に入れるのに抵抗がある形状なのは変わらない。


「なんだよツカサ。食わないならオレが貰ってやんぞ」


「黙ってろリュカ!」


 狼少女が虫をバリバリと食べるのは見慣れた光景。けれど普段は嫌がるイグニスすらが、気にせず食べているのが何より異様だった。結局は、食べ物と認識しているかどうかの差なのだろう。


 常識など、しょせんはただの線引き。見かた一つで覆る。

 俺は恐る恐るに、ダンゴムシごと米を食べた。口の中で解れていく繊維の層は、歯ごたえ良く、旨味も芳醇。うん。


「……美味しい」


 確かに味や触感は海老だなと思いながら、脳裏に思い浮かぶのはなぜか魔王軍幹部の姿。

 鎧さん、貴方はどっちだい。正義か悪か、そんな立場で変わる線引きが気になったのだ。



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