475 なにしてんの?
「みんな集まってるし、真面目な話をする前に一ついいかしら?」
「うん、どうぞー」
優等生らしく、ちゃんと挙手をして発言の許可を求める雪女。フィーネちゃんの同意も得て、それではと黄色い瞳が席を見渡す。
「なんだろう。ティアが珍しいな」
俺はソファーに浅く座り、シャツの首元を緩めながら白藍髪の少女に視線を送った。すると、油断したところで腹に衝撃が。お留守番していた番犬がオレをかまえと降ってきやがったのだ。
「ゲホゲホ。やめろよ、この服高いんだぞ」
「意外と帰りが早かったな。結局どうなるんだオレたち?」
「一応、これからそれを決めるみたい」
館に帰って来たものの、今の勇者一行は立場が中途半端だ。もはやバカンス気分では居られないが、騎士団の調査が終わるまでずっと待機というのも生殺し。
そこで生活のルールを定めるため、全員が部屋に戻らず居間に集まっている。雪女が手を挙げたのは、そんなタイミングだった。
「あっ、ごめんね。そんなに畏まる話じゃないのだわ」
「なになに~当番を怠けている奴でも居た?」
「オイ、なんでこっちを見るんだよ」
カノンさんにイグニスが弄られて笑いが起きる。場の空気を緩め、話しやすくしたのだなと、僧侶の気遣いには感心するばかりだ。そして、ティアはクスクスと微笑を浮かべながら言う。
「ツーくんは私に話すことがあるんじゃないかなって」
情報共有は大事よねとニッコリ笑顔の雪女。しかし、皆の前で言うのは「吐け」と脅しているも同然だ。心当たりがあるだけに、気分はまるで針の筵に居るようである。俺は下唇を噛みしめて、観念する時が来たかと覚悟を決めた。
「ごめん、ちゃんと言おうとは思ってたんだ……」
上着の内ポケットからシャランと布を引き抜いて、白旗としてパタパタと振る。
そう。コレは先日、洗濯物に紛れていた靴下である。別に盗ろうと思ったわけじゃないんだ。返し忘れていただけなんだ。本当だよ。
「ギャーなんで貴方が私の靴下を持ってるのよ! それにいま懐から出さなかったかしら!?」
「温めておきました。って、もしかして違う話だった?」
「違うのだわ! あるでしょう、髪の色とか、儀式がどうこうとか!」
(あるある)
俺の手から小さくて可愛らしい靴下をひったくるや、猫のようにシャーと威嚇する白藍髪の少女。なんだ、そっちね。皆に軽蔑の眼差しを向けられ少し損した気分である。
聡い彼女のことだ。言及をするからには、ウィッキーさんとの会話である程度の推察はしているのだろうし、もう隠す必要もあるまい。
「髪は自分でもよく分からないんだけど、そうだね。帰ることは伝えておいた方がいいか」
「帰る?」
膝の上に寝転ぶ狼少女が首を捻る。確かに半数ほどにはまだ事情を説明していなくて。集合している今は話すのに都合が良い。リュカの声にそうだよと相槌を打ち、一月後には勇者一行を離脱する可能性をザックリと伝えた。
「……そう。せっかく仲良くなれたのに残念ね」
「いやー、けど故郷に帰れるってんならツカサには良い話でしょうし」
反応は三者三様。ティアは別れを惜しみ、カノンさんは帰還を祝ってくれる。
そして灰褐色の髪の少女は、身を起こし、まるで裏切り者でも見るような視線で睨んできた。
「そんなの聞いてないぞ……」
「だから今言ったじゃん」
「知るかよ。オレはいやだ!!」
感情が高ぶったか、目の両端に涙を溜めるリュカ。落ち着けと頭でも撫でようと思えば、伸ばした手をスルリと避けて「バーカバーカ」と罵倒しながら駆けて行ってしまった。
ちょっと待てと声を掛けるも後の祭り。ドタドタと階段を軋ませる音が耳に届く。自室に引き籠ったようだ。すぐさまに僧侶から「今のはアンタが悪いわ。後で謝りなさいよ」とお叱りがある。ハイ。
「素直に感情が出せて羨ましいね」
フィーネちゃんがリュカの背を目で追いぽつりと溢した。そうだねと頷くイグニスは、口元に微笑みを浮かべながら、少し考える時間も必要だろうと言う。それは俺への釘でもあったか。勇者がパンと手を打つもので、渋々と腰をソファーに戻した。
「じゃあ、そろそろ待機中の話をするね。なにか意見があったらどんどん言って」
「俺はなんでもいいぜー」
(儂もじゃー)
ワイワイ、とは言わないが、真面目に進行していく会議。しかし、俺はどこか上の空で、内容があまり耳に入ってこない。
嫌だ、か。実にリュカらしいストレートな言葉だった。だからこそ、ガツンと頬を叩かれた心地である。恥ずかしながら、帰ることにばかり夢中で、置いて行かれる人の気持ちをあまり考えていなかった。もう少し思慮深く生きなければと反省するばかりだ。
◆
「で、本当に行くの?」
「なんだよ。嫌なのか」
むっすりと片頬を膨らませる狼少女に、俺は曖昧な笑みを返す。
昨日の会議により待機中の方針は決まった。館には必ず人を残す、出掛ける時はなるべく二人以上で行き先も伝える、などのルールを加え、基本は休暇を維持だ。
なので今日は、お留守番のご褒美とご機嫌取りを兼ねてリュカを連れ出すことにした。
だがしかし、何処に行きたいとお伺いを立てれば。この野郎はなにをとち狂ったか冒険者ギルドなどとぬかしやがったのである。
「というかお前、お金無かったのか? フィーネちゃんからお小遣い出なかった?」
「施しなんて受け取らねえよ。オレは両替してもらっただけ」
(変なところで真面目じゃな)
浮遊島での稼ぎはあるはずだけどと思いながら、俺はフーンとだけ返事をした。
一番の懸念は、まず冒険者ギルドがこの大陸にあるか、なのだが。そこはマルルさんに確認したので大丈夫だ。残念ながら存在するらしい。
二人でボコに跨り、地図を見ながら忌まわしき鳥さんマークを探す。
道中は、いつも元気なイケメン少女が妙にしおらしかった。腹に回される手に妙に力を感じるもので、あのさと思い切って声を掛けた。
「リュカは勇者一行に興味ないか。入るなら、俺から頼んでみるけど」
口から出るのは、何処かで聞いた文句。けれども、俺なりにリュカを一人にしない方法を考えた結果がこれだ。
「それもいいかもな。お前が自慢した通り、みんな強くていい奴らだ。でも……オレはさ。もっとツカサと冒険をしたかったよ」
「ごめんな。すぐに帰ってくるからさ」
サマタイで冒険者ギルドに通っている時、俺はこの世界に居場所など無いと思っていた。
でも今は、こうして俺なんかのことで喜び悲しむ人が居てくれて。あの日と変わらぬ空を見上げながら、時の過ぎる早さを感じる。
(では、労働意欲マシマシかのう?)
「いやー。控えめに言って、これは無いでしょ。過去最悪だ」
「逃げんじゃねえぞ」
実のところ、すでに俺よりもよほど冒険者ギルドに通っているリュカ。
数多の過酷な経験の成果か、人が岩を背負い列を作るという地獄のような光景を目にしながらも、顔から感情を消して現実を受け止めていた。
「というか、コレ。エルレウムでもやったって言ってなかった?」
「ああ。海に橋桁を作るってんで、石を運んでるらしいぜ」
例によって筋肉共に攫われて来たのは海辺だった。忘れていたが言葉が通じないので、異国の言語で迫られると恐怖は倍増。俺たちは縮みながら運ばれてきている。
その職場では、大きなプロジェクトを実行しているようだ。なんと、海に橋を架けて大陸を繋ごうという気らしい。
アホか、と思うのだけど。過去は地続きで渡れたという話を思い出す。確か浮遊島の撃墜と共に消し飛んだそうなので、海といってもあんがい浅瀬なのだろうか。
「おっ、詳しいね。だからシュバールの技術提供もあり、平和の架け橋としてクリアム公国とシェンロウの両方から伸ばしてるわけよ」
「「へぇー」」
リュカと共に、壮大な計画だと感心してしまう。チラリと背後を見れば、監督がサッサと働けとばかり額に青筋浮かせたゴキゲンな笑みを浮かべていた。
えへへ。やだな、サボってませんってー。慣れた手つきで石を背負う狼少女の真似をして俺も労働に従事し。
(お、お前さん。アレを見ろ!)
ジグルベインが慌てた声で呼びかけてくる。えっと指で示す先を見て。正直、自分の目を疑った。並んだ列の前方には、大岩を余裕綽々で担ぐ男の姿があったのだ。
周囲はそれを凄いと持て囃すが、それもそのはず。全身を覆う銀の甲冑を来た男は、見間違いでなければ三大天。つまり、軍勢の魔王が抱える最高戦力の一人なのだから。
「何してんのあの人ー!?」
か
ん
そ
う




