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473 勇者の定義



 朝食のおり、聖騎士の口から語られた、首の無い鳥の目撃情報。

 ゾンビ鳥は【軍勢】の魔王の配下である。シュバールでの襲撃や、アリファン諸島での遭遇にも移動手段として用いられていた。


 ならば、その示すことは、ただ一つ。このシェンロウ聖国にも三大天の脅威が迫っているという可能性に他なるまい。


「なにが目的で……」


「まさか俺たちを追って来たのか?」


 騒めく食卓を、片手一つで黙らせる勇者。口が多くては話が進まないので、代表としてマルルさんへと質問をする。


「その話は、聖国側には何処まで通ってますか?」


「さて。すでに騎士団が捜索に動いているとは聞いたが、ただの魔獣と考えている可能性はあるな。私も忠告はしたものの、何処まで信用されているやら」


 なるほどと頷く金髪碧眼の少女は、短い会話から相手の意図を汲み取り、ズバリと目的を言い当てた。というか、この話を俺たちに聞かせる意味は他に無いのだろう。


「つまり、こう言いたいのですね。私に勇者特権を使い、教皇に直訴せよと」


「すまない。君たちが休暇中なのは重々承知なのだが……」


 対応を間違えれば国が滅びる。聖騎士の発した言葉は、俺たちに重くのしかかる。

 あの悲劇を知らなければ、鳥一匹で何を馬鹿なと笑われそうなものだが。事実として赤鬼一人の侵入を許したために、シュバール国は沈みかけたのだ。


 フィーネちゃんが申し訳なさそうに俺たちの顔を見渡す。言葉無くても意志は伝わって来た。彼女はいつもの通りに勇者を行うつもりなのである。大丈夫だと、全員でその背を強く推した。


「決まりだね。休暇は返上。勇者一行は、これより登城します。マルルさん、先触れを頼めますか?」


「ありがとう。任された!」



 そうして俺たちは、全ての予定をキャンセルして出発の準備をする。

 急なことでも誰一人文句は言わず、と言いたいところだが。荷物から正装をほじくりだして居れば、やる事の無い狼少女が不満をぶつけてきた。


「オレは?」


「留守を頼んだぞ」


「留守番やーだー!」


(駄犬めが)


 なんだかんだとリュカはまだ13歳。年相応の反応ではあるのだけど、コイツは勇者一行ではない。


 まして王様の前に出れる教養があるとも思えないので、連れて行こうとしたフィーネちゃんに俺と魔女が全力でお断りをした。悲しいけど、いつもの調子で「おいオッサン」とか言ったら縛り首なのよね。


「ごめん。こんど埋め合わせはするからさ」


「言ったな。約束だかんな!」


 はいはいとリュカを宥めながら、手早く化粧を終える。そして行ってくるよと灰褐色の髪を撫でたあと、俺は馬車の支度に回った。


 心情的には駝鳥を出したいところだけど、出陣にやはり見栄えも必要だろう。勇者の愛馬に荷車を付けて御者台で待てば、ボロ屋敷から現れるのは住まいとは不釣り合いなほどに着飾った少女たち。


 まるでシンデレラだなと思いながら、カボチャの馬車を用意したかったと考える。行くのは舞踏会じゃないけどね。


「ところで、マルルさんは先に行っちゃったけど誰か道分かる?」


「君じゃないんだ。ちゃんと地図を置いていったさ」


 道案内するよと荷台から身を乗り出すイグニス。勇者一行として活動するとき、必ずフィーネちゃんを立てるこの少女は、目立たぬように黒衣に身を包んでいる。その様子にやはり魔女だなと俺は一人でほくそ笑んでいた。


「おお、勇者がこの地を訪れるとは何百年ぶりか。歓迎しよう、きっと初代勇者もお喜びのことであろう」


 何気に首都に居たようで、教皇の住まう城には2時間ほどで到着してしまう。先触れのおかげもあるが、着けば聖騎士の目論見通りにあっさりと面会が叶った。この国が宗教国家というのもあるかも知れないけれど、勇者の名前の強さを改めて思い知る。


「お初お目にかかります猊下。この勇者、本日は不躾ながらお願いがあって参りました」


「ほう。申してみよ」


 豊かな鬚を蓄えた人物が、フィーネちゃんを見定めるべく、ゆっくりと顎を擦った。

 教会の一室を思わせる、静謐で飾り気の無い空間。そこで跪く俺は、王を見上げながら、なるほどと得心した。


 これが教皇か。玉座に座りながら、彼の頭には王冠が無い。むしろ、青い法衣を身に纏い、己の所属がマーレ教にあると訴えている。


「先日、この地の上空にて首の無い鳥が目撃されたと耳に挟みました。それこそは、シュバール国にも現れた【軍勢】の配下にございますれば。早急に厳重な守りを敷くべきと進言致したく」 


「……【軍勢】の。馬鹿な、天啓は無かったはずだが。おい!」


 やはり警戒度は低かったようで、教皇まで情報は上がっていなかった。焦った様子で側近を呼びつけ、事実の確認に走らせる。ほぅと大きな溜息をみせた彼。続き、真っすぐな視線を勇者に浴びせた。


「忠言感謝しよう。すまない、実のところ金の無心にでも現れたのかと考えていたのだ。なにせ、政にまで口を出していると聞いたでな」


 内心で俺はムッとする。同盟を結んで回っていたフィーネちゃんを、勇者の名にかこつけて金をせびっていると言ったのだ。しかし、ここで顔に出せばリュカのことを馬鹿にできまい。こいつ嫌いだなーと唇を尖らせるだけにした。


(それを顔に出すと言うんじゃ)


「一応聞いておくが、そなたは何処(・・)から来た?」


「ランデレシア王国からでございますが……」


 要領を得ない質問に勇者は首を捻る。だが、それを見た教皇は、静かに安堵している様子であった。


「いや、よいのだ。進言たしかに受け取った。もしもの時は、勇者一行の活躍にも期待させて貰おう」


「はっ!」


 意外や話しはこれだけで終わってしまう。いや、急な訪問だ。俺たちは予定をキャンセル出来たが、王となればそうも行かないのだろう。滞在が知れた以上、後日に呼び出される可能性は十分あった。


 どこか肩透かしを食らった気持ちになりつつ、城の廊下を歩いて帰路につけば。フィーネちゃんは最後の質問が気になったのか、どういう意味だと思うと魔女に問いかける。


「まぁ教皇が勇者をどう捉えているか、だろうな」


「なにを言っているのかしら……」


 周りへの配慮か、ぼやけた回答をするイグニス。

 だが、ウィッキーさんから初代勇者の話を聞かされている俺と勇者は、ああと答えが浮かび上がる。


 すなわち、勇者の定義だ。

 三柱教とは、破滅を回避すべく、たった一人で過去に挑んだ勇気ある犠牲が発端。以降は、未来から世界の救済に現れる者を手助けする為に結成されたと聞く。


「そう。あの人の勇者は私じゃないんだ」


 沈黙するイグニス。けれど教皇の態度は腑に落ちる。

 彼らにとっては、デウスエクスマキナの力を持つ者が勇者ではなく。未来から真の勇者が現れないことにより、逆説的に平和が続くと見ているのではないか。


「なんだか、歪な考えだね」


「マーレ教の教義は、祈りによる救済よ。彼らはちょっと金にがめついけれど、唯一武器も持たず、真摯に恵まれぬ者を救おうとしています。聞きかじりで宗教を馬鹿にするのは感心しないわね」


 ぼやけば僧侶に怒られてしまった。確かに一面だけを見て否定するものでもないのだろう。そういえばマーレ教の人とはあまり関わりが無かったと考えて。


「いや。私は少し繋がってきた。マーレの神聖術は回復特化だと言われているが、本質が時間の回帰であれば。たとえば過去の自分に危険を知らせることも可能か?」


 口に手を当て、深い思考に潜り込む魔女。そっとしおこうと目を外せば、雪女をエスコートしているヴァンが今後の方針をフィーネちゃんに訪ねていた。


「うーん。捜索は騎士団に任せた方が早いだろうし、現状は待機です。とりあえず、いつでも動けるように予定の共有だけはしておきましょう」


「他所の国じゃあまり勝手にも動けねえか。じゃあ俺は少しでも鍛えておくわ」


「そうねー私も」


 楽しい休暇だったのに暗雲が立ち込めてきたものだ。修羅場になるまえに一回くらい温泉巡りをしたいなと考えていれば、隣で「アウチっ」と汚い声が聞こえてくる。


「おっと、すまないね。大丈夫かい?」


「こちらこそ不注意でした。すみません」


 鼻を抑えて涙目な赤髪の少女。ぼうと歩いていたので、出会い頭にぶつかってしまったらしい。なにをしているのだと俺も謝りにいくが、その男性を見ておやと目を丸くした。


「ウィッキーさん?」


「やあ、司くんじゃないか。先日は美咲が世話になったようだね」


 そうか。枢機卿は教会を運営する幹部と聞く。この宗教国家ならば、そんな人物は城で勤めていてもおかしくないのだ。


 フィーネちゃんが「確保!」と号令を掛けると、魔女はなりふり構わずに長躯の男性の腰にしがみつき。広い廊下に「なにするやめろと」悲鳴が響き渡った。



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