表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
472/602

472 やっぱり目立つか



「あら、おはよう。随分早いじゃない……って、その前髪どうしたのよ?」


「おはようございます。カノンさんも早いですね」


 悪夢にうなされ飛び起きた俺は、顔でも洗おうと水場に向かった。すると深夜だというのに先客が居るではないか。


 青髪のお姉さんが寝ぼけ眼でシャコシャコと歯を磨いていたのだ。おはようと挨拶はしたけれど、まだおやすみでも通用する時間なので面を食らった気持ちになる。


「夕飯を食べた後にすぐ寝ちゃったのよね。おかげで中途半端な時間に起きちゃったわ」


 歯ブラシを咥えながら肩をすくませて見せるカノンさん。聖地での修行はそれだけ消耗をしていたのだろう。そして、こちらは事情を話したぞとばかりに、チラリと俺の前髪へと目が向いた。


 やはり半分も銀色に染まると目立つようだ。一瞬言い訳が頭を過る。しかし、相談相手にはピッタリだと気付き、素直に起きたことを話した。秘孔を突かれましてね。


「実は霊脈按摩を受けたのが原因みたいで……どんな状況なんですかねコレ」


「さぁ。言っとくけど、フェヌア教にそんな技はないから」


(そうなの!?)


 魔王様もビックリの新情報だった。あの兄弟のオリジナルなのか。一体何者だったんだろうと俺は思わず遠い目をしてしまう。


「でもヴァンは元気だし、やっぱりツカサに問題があるんじゃない? 肝心の魔力の通りはどうなのよ」


「あっ、そっちはめちゃくちゃ快調です。少し出力も上がったような」


 ふーんと灯りを近づけてマジマジと顔を覗き込まれた。寝起きなので、まだ髪も結っていないカノンさん。服装も油断をしていたか薄着である。そんな恰好で近づかれるとコチラからでもよく見えるわけで。彼女の肉がムチッと音を立てるのを確かに幻視した。


(スケベが)


 顔を赤くしていれば、なに照れてるのよと苦笑いされ。念のためと回復の神聖術を使ってくれる。イグニスにでも見えてもらえと去っていく僧侶の背を、相変わらずエッ、いや素敵だなと思いながら見送った。


「にしても、やっぱり目立つか」


 一人になった洗面所で俺は改めて鏡を覗き込む。たかが色が変わっただけとはいえ、外見の変化だ。カノンさんの反応を見るに、朝になれば皆に言及をされるのだろう。困ったものである。


「自分ではけっこう悪くないと思ってるんだけどな。ロックスターぽくない?」


(いや、せいぜいが高校デビューの不良かの) 


「そんなー」


 ジグからは黒髪が好きだったと不評である。いいと思うのだけどなと、斜め45度からの決め顔を披露して。ピシリと固まる。鏡越しに赤い瞳と目が合ったからだ。貴様、いつからそこに。


 ただし、イグニスの肌には泥が塗りたくってあり、青白い顔面はまるでゾンビのよう。俺たちはしばし無言に、なにしてるんだコイツと鏡を通して睨みあった。


「……珍しく朝早いね?」


「いや、私はこれから寝るつもりだったんだ」

 

 魔女が桶から水を掬いバシャバシャと泥を流す。その様子を見て、俺も顔を洗いに来た事を思い出した。隣に立ち、雑談をしながら汗を拭う。


 どうやら泥パックは昨日ティアたちと温泉巡りをしている最中に購入したらしい。休暇を楽しんでいるようでなによりだ。


 そういばまだ観光に行っていないな。俺もやる事が多いが、カノンさんも修行で忙しそうで。一日くらいはみんなで遊びに行きたいなと考える。


「じゃあ、おやすみ」


「だったと言ったろう。事情を全部吐くまで寝られると思うなよ」


 先に寝室へ戻ろうとすれば、逃がさぬとばかり肩を捕まれた。赤髪の少女は、ちょっと面貸せやと、怒りに満ちた視線でクイと顎を動かす。


 俺には高校デビューも早いのかも知れない。不良に校舎裏に呼び出された気持ちになりながら、か細い声で「はい」と返事をした。



「で、なにがあった。交代だけなら問題無かったはずだね」


「そうだね。別にジグのせいじゃないんだよ」 


 魔女の部屋に招かれた俺は、なるべく簡素に状況を伝えた。その間、どうしても目につくのは部屋の中。綺麗に使っているだけでに、壁際にずらりと並んでいる空の酒瓶が気になってしまう。


 カノンさんの昇級祝いをしたとはいえ、この館に来てまだ三日だ。俺の把握している普段の量より、だいぶオーバーペースで飲んだくれているらしい。


「俺よりもイグニスの方が大丈夫なの。肝臓とか」


「ほっときなさい。少しはいいだろ……」


 突っ込めば、飲み過ぎの自覚があるのか目を逸らされて。それよりも君の話だろうと、ズレた話を強引に引き戻してくる。


「まぁ過去を見るというのは不思議じゃない。精霊などは魔力に意識が宿るくらいだ。霊脈を取り込んだなら、記憶くらいは混じるかもね」


 経験があるだろうと言われ、確かにと頷いた。悪魔や精霊。そして直近では人魔石なんかも見てきたものだ。


「問題は、そう。ツカサの中に居るのが魔王ということかな。救われてきた事は否定しないけれど、君の辿り着く先を考えると少々不安だよ」


(せやな。それはある)


 魔王の力は現実を浸食する。辿り着いたが最後、人類との共存は出来ぬと。

 夢で勇者に剣を向けられたばかりなのでドキリとしてしまう。俺が魔王になり、フィーネちゃんと戦うのだけは御免である。


「……どうすればいいかな?」


「んー。前も言ったけど、交代現象に関しては、足し引き0だからあまり体に影響は無いと思うんだ」


 どちらかと言うと、残留魔力が出る方が悪影響。まずは魔力を借りるのをやめろと言い渡される。思えば交代の頻度こそ減ったものの、魔銃や闇式でジグの魔力を借りる機会は増えているのかもしれない。


「いやーでも、どっちも俺の大きな戦力なんだけど……」


「少し早いけど、2つ目の属性変化覚えたらどうだい。そうすれば自力で再現出来るはずだよ」


(おお、それはいいのう)


「その手があったか」


 来るべくヴァンとの決闘。ジグの力を借りるのは不公平だと考えていたが、自分で闇式を使えれば大きな隠し玉になるだろう。勝つるぞこれ。


「そういえば、君は一人で枢機卿の家に行ったんだったね。彼はなにか言っていたかい?」


「いや。忙しいみたいで不在だったんだ。だからアサギリさんと二人きりで話したよ」 


 勝利の妄想をしていれば、突然ウィッキーさんの事を訪ねてくる魔女。気になることでもあるのかと返せば、呆れた調子で言われてしまう。


「気になるも何も、相手は顔を隠しているんだぞ。身分を偽っているとまでは言わないが、偽名の可能性はある。その辺りはマルルさんに調査を頼んだよ」


(なるほど。ウィッキー・ググールなんて出来すぎな名前よな。カカカ)


 次は私も一緒に行くと警戒心を見せるイグニス。だけど俺は、彼にあまり邪な印象は覚えていない。司教という立場のせいもあるのだろうが、アサギリさんとコミュニケーションを図るためだけに日本語を解読した男を悪い人間だとは思えなかった。


「考えすぎじゃないの?」


「それならそれでいい。だけど異世界転移なんていうのは、間違いなく大儀式だ。ただの善意だけで実行すると言われると、魔法使いとしては裏を考えちゃうのさ」


 ただの善意だけで俺を異世界に帰そうとする少女はそう言った。

 へぇとニンマリ笑って見せれば、照れ隠しをするように話が終わったんだからサッサと出て行けと手を払うイグニス。自分で連れ込んだくせにー。


「じゃあ、今度こそおやすみ」


「ん。おやすみ」


 ありがとうと感謝を告げて部屋に戻るのだけど、ベッドに倒れこんでから一緒に日本に行く気はないか聞くのを忘れていたことを思い出す。まぁ時間はまだあるかと目を瞑るのだけど。


 翌朝に事態は思わぬ方向に動く。


「マルルさん、それは本当ですか?」


「ああ。別件で聞き込みをしていたら耳に挟んだんだ。先日この町の上空を、首の無い巨鳥が飛んでいたらしい」


 居間に揃う俺たちの前で聖騎士がした話は、長期休暇で緩んでいた気を引き締めるものだった。語る彼女の苦々しい表情が、まだあの日の記憶が薄れていない事を伝えてくる。


 それもそのはずで。シュバールをひっくり返した脅威が再びに接近しているという証拠なのだ。


「くそ、見間違いじゃなかった」


 勇者は心当たりがあったか、ガリと苛立ち気に親指を噛む。しかし雪女が冷静に、「何をしに?」と言った。確かに目印になりそうな大船団とは別行動中。ならば、三大天の目的は勇者じゃないのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ