465 オタクに優しいギャル
アサギリさーん、遊びましょー。
俺はウィッキー家の前に立つや、呼び鈴をリリンと鳴らした。なんだか友達の、それも女子の家を訪れた気分で、内心少しばかり照れ臭いものだ。
「……居ないのかな?」
(あの姿で出歩けるものかのう)
「たしかに幽霊だもんね」
けれど、いつまで待っても反応は無い。聞こえなかったのかも。そう思った俺はベルの紐を引き連打することにした。涼やかな音色がけたたましく響き、中から煩いと言われてしまう。居た。
(いらっしゃーい。と言ってもウチは開けられないんだけどさ)
扉の奥から声がする。物理的に扉へ触れないから勝手に入って欲しいとのことだ。
植木鉢の下を調べろと言われ、言葉の通りに玄関脇の鉢を持ち上げてみれば、鍵が置いてあった。
それを使い、いざお邪魔しますと扉を開ける。そこには天井から逆さまになり精一杯の変顔を披露する女子高生の姿があって。
「こんにちはー」
(反応それだけっ!? ウィッキーは超驚いてくれたのに)
やったのか、お可哀そうに。応答が遅かったのは出迎えの演出を考えていたようだ。
アサギリさんは滑ったと恥ずかしそうにしながらも中へと招いてくれる。幽霊のやることなんて、どこも一緒だね。
案内された居間では、机の上に食べてとばかり3人分のお茶と菓子が用意されていた。今日もイグニスやフィーネちゃんが一緒と考えていたようだ。無用な手間を掛けさせたと反省するが、気遣いはありがたい。
「ウィッキーさんはお出掛け中ですか?」
(お仕事だよ。忙しいみたいで毎日遅くまで働いてるの)
「それは大変そうですね」
俺はお茶を貰いながら、枢機卿だものなと遠い目をした。イグニスの話では、あくまで名誉職。給料そのままに司教の仕事に激務が足されるらしい。まさに聖人の仕事なのだ。
今日は異世界転移の話は聞けないのかと考えていれば、一つの事実にぶち当たり。はっと顔をもち上げる。
「あれっ。ということは二人きり?」
(そうだよ。楽しくジャパニーズトークしよー!)
「アバババババ」
アサギリさんは異性と二人きりという環境を特別意識はしていなかった。物理的に干渉出来ないというのもあるのだろう。
けれど俺は違う。彼女はJKでギャル。すなわちスクールカーストのトップに君臨する存在ではないか。引き籠り陰キャオタクが戦うには少しばかり荷が重い。一人で来たのを早くも後悔してしまう。
(お前さんのような陰キャがおるか!)
ジグにさんざん貴族の相手をしてきて今更と呆れられた。確かに変態王子共と知り合いだったわ俺。あんなのでも国のトップ階級とは恐ろしや。
それに、改めてアサギリさんの顔を見る。
黒髪セミロングのギャル風少女ではあるが、霊体に化粧もへったくれもないもので、晒されるスッピンの顔はザ日本人。貶すわけではないが緊張どころかむしろ和む、平均的な顔立ちだった。
(人の顔見てなに和んでんの。はっ、もしかして比べたんか。今あの美少女たちと比べたんか!?)
「お茶が美味しいなって」
(目を見て言えし!)
心に僅かながら余裕が出来る。しかし、会話をしろと言われても、何を話すか考えるものだ。俺はとりあえず異世界での生活でも聞こうかなと思ったのだけど、1つの言葉を出す前に10の質問が飛んできやがった。
(相模くんの家って、ウチの事故った場所の近くなんでしょー。もしかして学校同じ? というか童顔だよね、いま何歳? 部活はー?)
「俺は15歳です。中学は一応……逢魔だったんですけど」
(やっべーオナ中じゃん。ウチ先輩だよ、先輩!)
アサギリさんは、こんなくだらない会話だと言うのに大口を開けて笑っていて。よほど日本語を喋れる相手を求めていた様子だ。楽しくてしかたないとばかり、思いついた事を口にする勢いでトークが行われた。
「部活とかは特にやってなかったですねー」
(えっその体で? ウチはねー水泳部だった。夏に涼しそうってだけで入ったのに、冬は筋トレだけでガチ辛いから。ほら肩幅やばくね? キャハハ)
(これがギャルか。テンション高いのう)
「俺も初めて接触するタイプの人間だ」
申し訳ないと思うのは、やはり所属するグループの違いか。
せっかく彼女から色々と話題をくれるのだけど、流行の話をされても付いていけない。最初は男女の違いと思いってくれていたようが、食いつく会話から次第に俺の正体を察したらしい。
(……あ。う、ウチ、アニメや漫画も余裕で見るから!)
「なんかごめんなさい! せっかくの日本人が俺でごめんさない!」
同情が痛いぜ。恥ずかしくて思わず顔を両手で覆った。しかし、そこからアサギリさんは舵を切って、本当にアニメの話をしてくれる。オタクに優しいギャルは異世界に居たんだ。
たぶんだけど、二人で共有できる話題を求めていたのだと思う。この世界では日本というのは、俺と彼女の思い出の中にしか存在しないから。
「というか、アサギリさん本当に詳しいですね!?」
(でしょー。友達と映画を観に行ってから、漫画全巻揃えたもん)
(ムムム。儂が居た頃とは世代が違いすぎるな)
大ヒットしたアニメ映画にハマってますとドヤ顔をしたアサギリさんは。けれど友達という単語を出してから露骨に目を伏せる。
瞬間に理解をしてしまう。同じ異世界転移に巻き込まれた身ではあるが、俺と彼女では失ったものが違いすぎるのだと。
「ごめん、なさい……」
(やだ、謝らないでよ。だって、相模くんは命の恩人なんだよー)
「違う。違うんです。俺はアサギリさんの辛さを全然理解していなかった!」
転移は俺にとって人生の転機でもあった。あの事件が無ければ、今も視線を恐れて自室に引き籠る毎日であったのは想像に難くない。
ジグルベインやイグニスのお陰もあるが、プラスの経験なのだと前向きに捉えて旅をすることが出来て。大切な仲間と多くの知り合い。そして少しばかりの誇りを持てた。
「俺は部活はしてませんでした。学校にも行ってませんでした。3年間、ずっと引き籠っていて。だから失ったものは少なかった」
思い出を語れと言われれば、脳裏に蘇るのは、この世界のことばかりである。
対して、どうだろう。彼女の時計は、あの日あの瞬間に止まったままだ。楽しいだなんて、とんでもない。薄れゆく霊体に、いつ消えてしまうのかと、明日も知れぬ恐怖で怯え続けてきたのではないか。
「アサギリさんにとっては、冒険の入り口なんかじゃくて。理不尽に奪われた日常だったんですよね……」
(……!?)
家族も友達も。成績も予定も。今まで築き上げたものを全て没収されて、言語も通じぬ世界に放り込まれる。それは一体どんな苦痛で、どんな悲しさなのか。
「同じだなんて、考えるほうが馬鹿だった。俺がこんなに家に帰りたいのなら、アサギリさんは……っ!」
(アタシ、あの日も朝練に行く途中でさ。本当にいつも通りの朝だったのにさ)
彼女の声が湿るのを感じる。今にも泣きだしそうな不安定な声色に、俺は「うん」としか言えず、続きに耳を傾ける。
(放課後はコスメ買いに行きたかったし、週末はカラオケ行く約束もあったのに!)
なんでこんな事にと表情を歪める少女は、瞳から涙を流すことすらできやしない。
代わりに俺の頬を熱い雫が伝い、ごめんねと抱きしめる。
心の蛇口は閉めたはずなのにピチョンピチョンと少しづつ零れていて。気が付けば足元に溜まっているソレ。またの名を、弱気と言い。お互いに、ずっと誰かに吐き出したかった感情が決壊したようだった。
(うぅう。うぁああ。家族に、会いたいよぅ)
「俺も、だよ」
(……早く、帰れればよいの)
日本人同士で懐かしさを求めた会話は。いまは遠き故郷の哀愁ばかりを募らせる。
かんぴょうください




