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462 自由行動



 屋敷を軽く探索した後、各自で好きに部屋割りを決めて手荷物を運んだ。

 とは言っても流れ者の定めか。荷物は少なく、移動が楽なように纏めてもある。木箱と鞄を床に下せば、それだけで用事は終わってしまう。


 俺が選んだのは2階の角部屋。

 中の様子はと言えば、ベッドと机で大半が埋まる、こじんまりとした大きさだった。


 窓にガラスは無く戸板だけ。机の上にはコレを使えとばかりに蝋燭があり。なにより冷蔵庫にでも居るように底冷えをしている。どこか安宿を思い出す作りに、この建物の前世を見た気分だ。


「この鉄の塊はなんだろう?」


(薪ストーブじゃな)


「ははん。中で木を燃やせるのか」


 1階の居間では壁に暖炉が埋め込まれていたものだが。個室にも一応は暖房器具があるようだ。薪は脇に置いてあったので早速に使ってみれば、火がほんのり熱を振りまくものの、同時に煙がモクモクと上がってしまう。

 

 俺は慌てて窓を開いて換気して。思わずへぇと声が出た。無駄に広い庭を一望することが出来たのだ。景色だけはなかなか良いね。


 貴族の生活とは比べるまでもないが、野宿よりはマシと思うことにしよう。きっと住めば都になってくれることだろう。


「おまっ、なにしやが……!?」


「おや?」


 窓から身を乗り出していれば、隣の部屋からヴァンの声がした。そして続く、ドンガラガシャンと争うような音。


 何を騒いでいるのだと思えば、間を置かずに俺の部屋がノックされる。ビクリと反射的に背筋が伸びた。こっちに来やがったよ。


 おっかなびっくり開いてみれば、廊下には金髪の少女が、晴れやかな笑顔を浮かべて立っていて。


「えへへ。ヴァンがどうしてもって言うから部屋を代わったの。よろしくね!」


「…………うん!」


(えっ、聞かんの。なにも聞かんの?)


 隣人は我らが勇者様になったようだ。

 思えば、雷魔法を使えるフィーネちゃんは標準でスタンガンを装備しているも同じ。発言を間違えれば奴の二の舞になるのだろう。


 俺は捨てられたゴミのように床へ転がる少年と荷物を見ながら、ヨロシクネとひくつく頬を無理やりに吊り上げて笑顔を形作った。



「ねえツカサくん。なんであの子が部屋から出てくるの?」


「ええと……」


(おおう。圧が凄いのう)


 そして翌朝。部屋を出れば偶然に出会うフィーネちゃん。

 しかし、おはようと挨拶をすれば、俺は壁際にまで追い込まれる。これが噂の壁ドンなのね。確かに胸がキュンキュンしてしまう。主に恐怖でだが。


「アイツは寒いと人の布団に潜り込むんだよ」


「んー。最初はイグニスのところに行ったんだけど、一人になりたいって追い出された」


 人を窮地に晒しておきながら、狼少女は欠伸をしながら顔を洗いに行きやがった。

 そういう事だと説明をすれば。リュカの背中を暗黒な視線で見送った勇者は、素直に納得をしてくれる。


「嘘は無いね……けど」


 共同生活には風紀も大切だよと、初日から注意をされてしまった。確かに年頃の男女が7人、同じ屋根の下にいるわけで。


「一緒に生活をしていれば、何も起きないはずがない?」


「無いよ。馬鹿なこと言ってないで、早く支度をしなさい」


「はい」


 正面の部屋から出てきたイグニスが、脇から俺の妄想を蹴飛ばして去っていった。

 言い切られては仕方がない。項垂れながら後に続く。


 勇者公認の休暇だろうと鍛錬を怠る者は誰もいない。顔を洗い朝食を摂ったら自然に庭へ出ていた。敷地が広いので久しぶりにヴァンと手合わせをすることになり。そりゃもう瞬殺だ。たわいないとは、この事である。


「テメェがな。せめて起きてから強がれや」


「クソぉ。覚えてろぉ……」


 闘気こそ使っていないが、剛活性同士では地力の違いが明らかだった。力で負け、技で負けて。そのうえで、相手も魔剣技を温存している。


 本気で戦ったら今はどちらが強いのだろう。負けてはいられぬと、内から闘志が沸き上がるのを感じる。ヴァンとの戦績は1敗1引き分け。日本へ帰る前に、どうにか勝ちを拾いたいものだ。


(あ、お前さん。そこ危ないぞ)


「よっしゃ、もう一度ぉおおっ!?」


「ツカサー!?」


 起き上がろうとすれば体を強い衝撃が襲った。爆風に煽られ錐もみ回転しながら吹き飛んでいると、「やっべ」とばかり目を逸らす赤髪の少女が目に入る。俺は瀕死になりながら「イグニース!」と犯人の名前を叫んだ。


「いや、凄いな勇者一行は。手を抜くどころか、これは本気でも敵わないぞ」


「そうですか」


 訓練に混じっていた聖騎士が慌てて治療を施してくれた。おかげで怪我は回復するのだけど、気分までは治らないよね。


 イグニスはティアと腕比べをしていたらしい。水精の加護を扱う雪女の力は、俺が見ても分かるほどに洗練されていた。


「あれは、もしかして破限?」


(いや。魔剣技に近いのだろうな)


 驚異的なことに身体強化と魔法を両立させているのだ。まさに魔導士団の目指す、動ける魔法使いの完成形と言っていいのだろう。


 一方でイグニス。純魔法使いとして魔法の腕一本で生きる女は魔力収斂(しゅうれん)に益々の磨きをかけている。


「ウハハハ。どうしたどうしたスティーリア!」


「貴女、そんな。出鱈目な!?」

 

 まるで何かの鬱憤でも晴らすかの如くに魔法を叩きつけていた。


 無詠唱で放たれる雑な火球すらがティアの水盾を打ち抜く。速さに翻弄されようと、爆陣拳で攻撃をまとめて吹き飛ばし。お得意の火炎槍ともなれば、雪女の魔法を相殺したうで衰えぬ威力が裏山を抉つ。


 白藍の髪をした少女は、「なんてもの打つのよ!」と地面に座り込み涙目で抗議している。流石は火竜を燃やすと豪語する女だ。火力が違う。


(あっちは惨いな)


 ちなみにリュカは勇者に直々にしごかれている。

 フィーネちゃんは瞳の色を赤く染めて、イグニスのお株を奪う勢いで炎を操った。

 最近ちょっと強くなって調子に乗っていた狼少女だけに鼻っ柱をへし折られたようだ。


「中でも驚いたのはカノン女子だな。あれで助祭とは歯痒かろうに」


 マルルさんは、同じ聖職者として僧侶をべた褒めしていた。

 勇者一行の皆が褒められるのは悪い気がしない。そうでしょうと、そんな人達の仲間であることに誇りすら覚えるのだが。聖騎士は言う。だからこそ勿体無いと。


「私も破段を納め、教会では司祭の立場を持っている。だが、彼女の実力は一つ通り越して、すでに司教に近しいな」


 本来ならば急段を学んでいてもおかしく無いそうだ。不思議がる浅葱色の髪をしたお姉さんに、簡単な事よと答えるカノンさん。今日のお祈りは終わったのか、全身から湯気を立てていた。


「隠れて酒飲んだり、鍛錬で汗をかく美少年を舐めるように眺めていたら教えてくれなかったわ!」


「そうかー。人格的な問題だったのかー」


 俺とマルルさんは褒めていたのが急に恥ずかしくなった。年齢を考えると助祭でも十分に凄いらしいが、理由があんまりである。

 

◆ 


 さて、訓練も終わり、いよいよ自由行動。

 俺はアサギリさんの家に行く約束があるものの時間の指定は無い。初日くらいは皆で行動してもいいかなと考えていた。


 けれど勇者はまずやる事があるのだと言う。ズバリ換金だそうだ。シュバールは宝石が有名で加工のレベルも高い。だから国を発つ前に買い込んで財産を圧縮していたらしい。


「現金に換えたら皆にお給料配るから。遊びに行くのはそれからにしようね」


「ふむ。それは大事だな。じゃあ私は勇者様と行くとしようか」


 通訳の聖騎士はフィーネちゃんと行動をするようだ。

 その話を聞いて微妙に興味が出た。仮に日本へ異世界の通貨を持ち込んでも、どれだけの価値が付くか不明。けれど宝石に換えればどうだろう。それなりの価値は期待出来るかもと。


 俺も行く。そう言いかけたところで、僧侶が自分はフェヌア教に顔を出すと言う。

 ほほう。そちらも面白そうである。教義の内容はともかく戦闘能力の高さは折り紙つき。打倒ヴァンへの手掛かりがあるかもと思ったのだ。


 ゲームであれば、ココでどっちに行きますかと選択肢が現れるシーンだろう。悩んだ末に俺が選んだのは。


「で、こっちはこの面子か。やれやれ、迷惑かけんなよお前ら」


「ハハハ。おいカノン、馬鹿がなんか言ってるぜ」


「まぁなんとかなるっしょ!」


 僧侶に付いていくのは、ヴァンにリュカと。俺以外は見事に脳筋なメンバーだった。

 町まではフィーネちゃん達と一緒に来たものの、別れると言葉の通じない国だけに不安が出てくる。せめてイグニスが欲しかったなぁ。


「ちなみにカノンさん。俺たちだけだと、道場……じゃない。教会に行っても会話出来ないんじゃないですかね」


「その点は大丈夫よ。なにせ私たちは同じ神を信仰しているのだから」


 ならば気持ちで通じる。そう言った僧侶は、フェヌア教の教会に辿り着くや「たのもう~!」と扉を蹴飛ばしたのである。


(なるほど。肉体言語は確かに世界共通かもな)


 ウムウムと暢気に頷く魔王をよそに、建物の奥からは怒れる緑の集団が押し寄せて来た。

 恐ろしいことにコレが正式な流儀らしい。フィーネちゃんが顔をしかめ、ティアとイグニスがこっちに来なかった理由を察する。



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