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461 シェアハウス



 ウィッキーさんの家を出て、俺たちは用意してくれているという宿に向かっていた。

 内容を口止めされているだけに、皆にも詳しい事は話せていない。今日の用事は済んだとだけ伝えて馬車で移動をしている。


「……なにかあったのかよ。普段のツカサなら、今頃は観光って騒いでいるだろ」


「あのなぁ。ガキじゃあるまいし、そんなことするか」


「するから言ってんの!」


 荷台で放心していたら、退屈なのか手綱を握るリュカが軽口を叩く。

 気の抜けた返事をしそうになるも、その目には心配の色が見えた。俺は体を起こし、同じ故郷の人に会って懐かしい気持ちになっていたと話す。


 もう二度と会えなくなるかも、なんて想像もしない灰褐色の髪の少女は。不思議そうに目を丸くして、良かったじゃん。そう言った。


「そう。良かったんだよ……」


(なんじゃ。本当に冴えない顔よな)


 日本への帰還。それは間違いなく嬉しいことのはずなのに、どこか晴れぬ胸の思い。

 もしかしたらイグニスも同じ気持ちか。先ほどから探るようにこちらを見てきている。


 そのくせ口を開く気配は一向に無くて。気づけば、ねぇと俺の方から声を掛けていた。チロリと動く赤い瞳と視線が重なり。


「……なんか、ごめんね」 


「なにがだよ。君が謝ることなんて、何もないだろ」


 そうなのだけど。どこか落ち込むような魔女の顔を見ていたら、自然にそんな言葉が出ていた。


 俺は何処かで、ずっと一緒に見果てぬ世界を駆け巡るのだと思っていたのだ。

 国を跨ぎ、大森林を踏破し、空飛ぶ島にまで行って。いよいよ魔大陸に近づいて来た矢先、突如に打ち切られた冒険譚。彼女の熱量を知っているだけに罪悪感が湧く。


 ああ。これは燃え尽き症候群に似ているのかも知れない。家に帰る為ならばと心を燃やしてきただけに、あっけなくゴールが見えて、気分が不完全燃焼を起こしたようだ。


「まだ気を抜くには早いぞ。家に帰るまでが冒険さ。それに、フィーネも言っていただろう」


「そうだね」 


 ウィッキーさんの家を出て、馬車に乗り込む間際のこと。嘘と悪意を見抜く勇者が耳打ちをしてくれた。「あの二人、なにか隠し事があると思うな」と。


 俺の泊まりを認めぬわけだ。確かに聞いた話はこちらに都合の良いものばかり。もう少し彼らの人となりを知るまで、完全に信用するのは早いらしい。


 いや、それはきっと相手も同じ。初めて会った人間に全部ペラペラと喋る方がおかしいわけで。暫くは通い詰めて、仲良くなるのが先だろうか。



「えっと。地図ではこの辺りなんだが……」 


「マルルさん、目を逸らさないでくださいよ。この辺りって、もうアレしかないじゃないですか!」


(カカカ。であるなぁ)


 意外と早くに目的地へ到着したらしい。しかし案内をしてくれた聖騎士が、建物を見て困惑をしていた。なんなら事実から目を逸らしていた。


 是非もなし。そこには、宿ではなく古民家と呼んだ方が適切そうな住居が建っているのだ。


 敷地はそれなりに広く、庭の手入れも微妙に施されている。けれど、今にも倒壊しそうな年季の入った外見だった。はて、俺たちは宿に向かっていたはずでは。気分はさながら幽霊屋敷に肝試しへ訪れたかのようである。


「これ、どう見ても空き家だよね」

 

「あらツーくん。空き家や別荘を貸すこと自体はよくあるのよ」


 まして私たちは大人数でしょ。ティアにそう窘められる。

 あっ、もしかして俺のせいか。きっと一人であればウッィキーさんの自宅にでも泊まれたのだろう。だが、俺が勇者一行を引き連れて大勢で押し掛けた為に、彼は急遽泊まる場所を探すことになったのだ。


 さらに転移の儀式まで期間は長い。ならば、人数分の部屋を抑えるよりも、一軒丸ごと借りた方が安くて確実だったと。


「とりあえず行ってみましょうよ。寝泊まりする場所を用意してくれただけでもありがたいわ」


 前向きに捉えるカノンさんは、ポニテを揺らしながら果敢に屋敷へ近づいていった。

 それを見た聖騎士が、実に嫌そうに後に続く。リュカがどうすると顔を見てくるもので、行くしかないでしょと俺も馬車を降りた。


 いざノックをしようと思えば、その前に扉がギイと開く。薄暗い玄関の奥にはランタンの炎がぼんやりと浮かび上がっていて。


「イラッシャイマシー」


 灯りが照らすのは骨張った皺くちゃな顔。ぐにゃりと表情を歪め、不気味に笑顔を作り出している。一拍間を置き、それが人なのだと理解した瞬間につんざく悲鳴が響く。俺のだけどね。


「ひぃー出たー!!」


「よく見ろツカサ。そりゃ、ただのババアだぞ!」


 あまりに失礼な物言いにヴァンの後頭部が叩かれた。カノンさんの一撃は重く、目から火花を散らしてうずくまる少年。そのバカな姿を見て、俺も平静を取り戻す。なんだ、ただのババアか。


「ヨウコソー。オカエリー」 


「んん?」


「……ああ。大陸語に不慣れなようだね」


 身振り手振りで必死に何かを伝えようとしている老婆に、マルルさんが対応を代わってくれる。彼女がシェンロウの言葉で語り掛ければ、安心した様子で会話を交わし。


「この人は、この館の管理者らしい。鍵を渡すためにわざわざ待ってくれていたそうだ」


「なるほど。感謝を伝えてくれますか?」


「もちろんだとも」


 勇者が鍵を受け取りながら老婆に笑顔を見せる。ウィッキーさんがあまりに流暢に話すので気付かなかったけれど、やはりシェンロウでは言葉の壁があると思い出す出来事だ。


 同時、なぜ聖騎士が同行してくれたのかも理解する。ただの案内役ではなく、彼女は通訳も兼ねていたらしい。凄いと尊敬の目を向ければ、知神を崇める者として当然さと、謙遜しながらも満更ではない様子だった。


「で。肝心の中は、と」


(カー古臭いのう。本当にお化けでもでそうじゃ。あ、儂か)


 自由に使ってくれと言われて恐る恐ると上がり込む俺たち。

 お婆さんのおかげか。埃っぽいということもなく、中は意外や綺麗なものだった。外観通りに年季の入った建物だが、基礎がしっかりしているようで、むしろ古さに味がある。


「へぇ。外見はともかく、内装はけっこう私好みだな」


「古く臭せえだけじゃん。オレには分からねえ趣味だ」


 軋む廊下はご愛敬として、時代の感じる家具たちは屋敷の雰囲気に合っていた。まるで老舗の旅館にでも踏み込んだ気分だ。イグニスはそこが気に入ったようで、早速に椅子の座り心地を確かめている。似合うな。その姿を絵にすれば、まさに題名は魔女だろうか。


「食事は自炊かしら。あら、奥には立派な台所があるのね。腕が鳴るのだわ」


「良いわね。寝る部屋も早く見てみたいわ」


「俺は風呂が気になる。広けりゃいいんだけど」


 ボロ屋敷を見て下がったテンションはどこへやら。間取りを確認しているうちに、みな楽しくなってきたようだ。


 こんな場所だが、少なくとも安宿で見知らぬ人と雑魚寝をするよりは全然快適だろう。別荘やシェアハウスのように考えれば、あんがい悪くない。


「ハイハイ。まだ勝手な行動をしないで!」


 手を打つ勇者に皆が動作をピタリと止める。顎に手を当て、フムと館と俺に視線を行き来させる金髪の少女。これはちょうど良かったかもと一人で頷いていて。


 俺が恐る恐るに「なにが?」と聞けば、これは枢機卿の個人的な招待なところだと言う。

 貴族も教会も絡んでいない。ならばフィーネちゃんも勇者ではなく個人として活動が出来ると考えるようだ。


「最近忙しかったし、骨休めには丁度いいかなって。ここを休暇の活動拠点にしちゃおう」


「おお」


 フィーネちゃんは、ぶっちゃけ時間があるのだと言う。たしかに、忙しければ、そもそもシェンロウまで来ていないだろう。


 魔大陸に突撃するほど無謀ではなく。しかし、残りの精霊の行方も分からない。現状は宙ぶらりんなのだ。俺が枢機卿に会いに来なければ、ランデレシア王国に一度戻るという選択肢まであったのだとか。


「休暇か。偶には悪くねえな」


「そうね。せっかくシェンロウまで来たのだから、私もフェヌア教に顔を出したいわ」


「温泉もあるというし、楽しみなのだわ」

 

 荷下ろしをしながら、休暇をどう過ごすか計画するみんな。俺も、どうせなら思い残すことの無いようにいっぱい遊ぼうと考える。だって、彼女たちの次の冒険に、俺はきっと付いていけないから。



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