457 新たな大地
そんなこんなで、勇者一行の全員でシェンロウ聖国へと渡ることになった。
フィーネちゃん達は慣れたものだが、俺は大型帆船への初搭乗。ボコを厩舎に繋いだあとは、ヒャッホウと甲板へ躍り出る。
「ツカサ。こっちこっちー!」
いや、勇者一行+1か。船自体が初めてな狼少女は、すでに船首に陣取っていてテンション高め。目の前に広がる海の大きさに目を輝かせていた。
横に並べば確かに良い眺めだ。吹き抜ける風。漂う潮の香り。水面は小波に揺れて、輝く日差しを照り返す。うん、いいね。
「こらこら、はしゃぎすぎだぞ君たち……おわっ!」
「あはは。イグニスったら大丈夫~?」
俺を追おうとして船の揺れに足を取られる赤髪の少女。転倒をカノンさんに助けられ、こんなはずではと唇を尖らせていた。事情は察するので優しい視線を向けておこう。
宴会の日から五日が経ったのだが、最近のイグニスは文字通りに足腰が立たなくなるまで虐め抜かれている。シュバールを出てから鍛錬をサボっていたものだから、ツケが回ってきたのだ。
なにせ勇者一行のメニューは、真面目に修行をしてきた俺でも辛いものがある。どうやら船上生活をしている間は基礎体力の向上を図っていたらしい。
その結果というべきか。揃って甲板に出てくる剣士たちは、不規則に揺れる船上でも微動だにしない肉体を手にしていた。俺も少しは成長した自信があったのだけど、まぁ簡単には追いつけないよね。
「対岸に見える距離なら、そんなに時間掛からず行けそうだな」
「ええ。2鐘までは掛からないそうよ」
ヴァンの独り言にも似た呟きを律儀に拾う雪女。俺はその声をさらに拾って、密かにげんなりとする。2鐘というと6時間もあるのだ。帆船というのは思ったより速度が出ないらしい。
流石に飽きそうだなと思っていると、頭上でリュカのように齧り付いて景色を眺めるジグルベインに気が付いた。珍しいものだと下から見つめていれば、金色の瞳が気恥ずかしそうにコチラを向く。
(いやぁ。初代勇者が誕生した地と生前に知っていれば、絶対に滅ぼしたのになぁと思ってよ)
「征服欲を出してるんじゃねぇ! テヘペロしても駄目!」
魔王はしょせん魔王であった。
しかし、そうか。これから行く場所は、ジグルベインすら未踏の大陸ということ。
俺の冒険はランデレシア王国から始まり、幾つかの国を跨いでは来たが。いよいよ海を越えて新たな大地を踏むのだ。少しばかり感慨深い気持ちになるも、ふと疑問が頭を過る。
「あれ。でも、大陸が変わると、もしかして言葉も通じないのか?」
(すまんのう。儂が世界征服しておればのう)
今使う大陸語は、混沌の魔王の支配と共に広まった言葉と聞く。ならば海を渡ったらどうなるのかと首を捻った。あわや、せっかく顔を出していた冒険心が引っ込んでしまう。
「そうだね。やっぱり多少は言葉の壁も出てくるね」
すると、いつの間にか隣に居たフィーネちゃんが答えてくれた。先に大海原へ飛び出している彼女は、風になびく髪を抑えながら大変でしたと苦い顔をして見せる。
「言葉が通じないんじゃ不便だったろうね。どうしていたの?」
「もちろん愛と勇気で勝負です。って言えたらいいんだけど、実はシュバールの交流関係が広いから港町では意外と通じたんだよね」
船団の人にも言葉が通じたでしょう。そう言われてハッとする。もう大陸外の人と交流してたわ。
今でこそ船の上に居る俺たちだが、発つまでは結構大変だった。
初日に身内で宴会をできる余裕があったのは、クリアム公国の貴族が客を迎え入れる準備のためで。長旅でお疲れでしょうし今夜はゆっくり休んでください。なんて配慮と言い訳である。
だから後日は面目躍如といわんばかりに豪華なパーティー続きだった。俺は連日、各国のお偉いさんにずっとヘコヘコと頭を下げていた。間が悪く浮遊島の噂が流れてきて珍獣扱いだったのよね。
まぁ顔見せの場というのもあるのだろうが、訛りや片言があってもまったく言葉が通じない人は居なかったように思う。
「そういう意味だと、シェンロウも交流があるから海辺は大丈夫だと思うな。最悪は通訳を雇うよ」
「なるほど、その手もあるのか」
どうにかなりそうだねと伝えれば、どうにかするんだよと返してくる金髪の少女。彼女は、その碧い瞳で一体どこまで見据えているのだろう。
各国で行方を捜索中の風精に土精。魔王が動き出し荒れ狂う魔大陸。言語の壁ていどでは止まれぬと、勇者はすでに世界へと目を向けていて。
「よし……きゃーころんじゃったよー」
(なんという棒読み!)
隣で喋っていたフィーネちゃんの身体がぐらりと傾く。俺はそっと肩を抱いて、転倒しないように受け止めた。
船はそんなに大きく揺れていなかった。ならば足元が濡れていたか、或いは魔女のように筋肉痛か。どちらにせよ本人には不覚に違いまい。恥ずかしいところを見られたとばかり顔を真っ赤にしている。
「あ、ありがとう」
「いいんだよ。俺たちはフィーネちゃんを支えるために居るんだから」
ニコリと微笑む。やはり足を痛めたのだろう。少女は言葉にならぬ声を出して悶絶した。
僧侶に癒して貰ったほうが。そう思いカノンさんを呼ぼうとすれば、伸ばした手を抑えられて大丈夫だと念を押されてしまう。
「さすが勇者は我慢強い」
(なんて我慢の出来ぬ雌犬じゃ!)
◆
甲板で景色を眺めていたのも最初の30分くらいで、俺たちは早々に室内へと移動する。如何せん速度が遅いので風景も代わり映えしない。そんな中で冬の寒風に身を晒し続けるのはきつかったのだ。
今回は個室ではなく広間を借りているけれど、中はかなり新鮮な雰囲気だった。ソファーに座りながらも、ついつい内装へ視線を動かしてしまう。
「へぇ。家具とか全部固定されてるんだね。机のこの窪みはなんだろう」
「それは、こうするのよツーくん」
紅茶を淹れてくれたティアがカップを机の穴にはめた。なるほど、溢さないための工夫ね。ありがたく頂けば、揺れを考慮してか中身は少なめで。船旅の経験値を見せられた気分である。
「船も意外と快適だね。もっと狭くて揺れるのかと思った」
「確かに。この釣床というのも面白い」
ハンモックに寝転がるイグニスからも同意があった。
この快適さは、やはり魔道具の存在が大きいのだろう。窓こそ無いが、火を使わずとも室温は暖かく。水も使い放題なので風呂もあるという。
だが長旅をしてきた勇者一行は、首を縦に振るのを渋った。どうにも長く乗らないと見えない欠点もあるようだ。
「まぁ、最初は俺も楽しんだ。けど昼夜関係なく魔魚から奇襲があるぞ」
「嵐は最悪よ。ずっと吐き気と戦いながら転覆しないか心配していたのだわ」
「あと外洋に行く船の個室はやっぱり狭いわね。水場も一つだから、お風呂や洗面所はいつも渋滞よ」
フィーネちゃんこそ愚痴は溢さないが、頻りにウンウンと共感している。聞いてはいたが、やはり大変な旅だったらしい。何事も楽しめるうちが華なのだろう。
そして、水場と聞いて、俺はさきほどから気になっていたアイテムを指さす。壁には旅立ちの前に渡した洗尻機が吊るされていたのだ。
「ウォシュくん使われてるんだね。少しは役に立った?」
「あのなぁツカサ。“さん”を付けろやテメェ」
「何があった!?」
若竹髪の少年がギロリと睨んできた。それをまぁまぁと窘めるティアであるが、彼女はすでにエルィオーネ領へ正式に量産願いを出していると告白。ハンモックで寛いでいた魔女が驚いてズリ落ちる。本当に何があったんだ。
「アレはかつてない危機だったわね」
「冗談抜きで助かったよね。その話をしたらナハルさんも有用性を理解して、船団に配備したいって言い出して」
勇者一行はウォシュくんを褒めるも、けして何があったかは語ろうとしなかった。
ただ分かるのは、過酷な旅の経験が、彼らをまた一つ強くしたという事。俺とて魔大陸の果てまで行こうとする身だ。言語一つで躊躇うようでは、まだまだなのだと心を引き締めて。
「オイ、そろそろ着くらしいぜ!」
大声と共に勢いよく扉を開け放つ狼少女。コイツは部屋でじっとしているのに耐えられず、ちょくちょく遊びに出ていたのだが。報せを受けて、もうそんな時間かと、皆で腰を上げる。
雑談をしていたら6時間などあっという間であった。
外に出れば、対岸で霞んでいた大地がもう目の前にあり、揃っておおと声が出る。
昼過ぎだというのに不気味に霧が漂う港町。海辺の家は、船が迷うわぬようにと派手な配色でカラフルに染まっている。建築も冬国らしいクリアム公国から一転し、屋根が平らで背の高い物が多いようだ。
「この国に、俺と同じ日本人が居るんだ」
(ちゃんと会えればいいの)
いよいよである。胸には期待と不安が押し寄せて。波に遊ばれる船のようにグラグラと心を揺さぶった。




