436 逆襲のモアイ戦士
ズシン。巨大な足が地を踏むや、一歩ごとに重音が鳴り響き、振動で砂が舞い上がる。その力強さや、いつか大地を踏み抜いてしまうのではないかと思うほどだった。
たった一騎でこれなのだ。モアイ戦士達が普通に活動していた頃などは、それは大迫力な光景だったのではないかと、全盛期の時代に思いを馳せる。
(フンフフ、フーフン)
すくなくとも俺は大興奮だった。5メートルを超えるモアイの頭上からみる景色は、とにかく圧巻。荒野を高くから見下ろして進むのはとても爽快だ。魔王様も気をよくしてワルキューレの騎行を鼻歌うほどである。
驚嘆すべきは、その速度だろう。
巨体のわりには寸胴なモアイだが、それでも歩幅が大きい。おかげで地を蹴るごとにグングンと前へ出て。
なにより疲弊をしない。
こればかりは動物には真似出来ないことだ。魔力で動く石像は、かれこれ一時間以上も全速力を維持し続けているのであった。
「すごいね。これならあっという間に着いちゃいそうだ」
「確かに、徒歩と比べれば時間は大幅に短縮出来るだろうけどさ。ずっとこれはちょっと辛くないか!?」
俺の腕の中で、陸に打ち上げられた魚のようにぴちぴち飛び跳ねるイグニスが言った。
まぁ多少と素直に肯定をする。難を付けるのであれば、乗り心地が最悪だったのだ。その揺れは馬車の比では無い。きっと子供の持つ、虫かごの中はこんな感じだろう。
「場所取りを間違えたってハッキリ言えよ!」
「うるせー。リュカだって選ぶならココだっただろ!」
(カカカ。煙となんとやら高い所が好きってな)
俺にしがみつきながら文句を言う狼少女。確かに、ちょっぴり失敗したかなとは思っている。真っ先に頭の上を陣取ったはいいけれど、眺めの良さと引き換えに絶望的なまでに安定性が無かったのだ。
しかし、不満があっても他に席は無い。なにせこちらは総勢15名。モアイの長い両腕でも抱えきれず、肩や背にまで登っているしまつ。傍から見れば、この岩戦士は人間に寄生されているように見えるのではないか。
「ツカサくん。私は、君をなんて軽率で考え無しな行動をする男なのだと思った」
「うふん。レルトンさんからの風当たりが強いよう」
「当然だ。もっと言ってやってください」
「そうだそうだ。受け入れろバーカ」
擁護を求めれば味方から銃撃が飛んでくる。巨大ロボの浪漫も分からないとは、嘆かわしい限りだ。だが一方で、教授は「こんなこともあるのだね」と話を続けた。
チラリと下を見れば、語りかけてきた中年男性はモアイの肩に座り込んで、なにやら思い詰めた顔をしている。考え込むのは、やはり彼の正体だろうか。
俺は、このモアイ像に敵意は無いと安易な判断を下してしまった。けれど大人たちがそんな理由で搭乗するはずもなく。レルトンさんは乗る前に一つだけ質問を投げかけていた。「まさか、ヨシオンか?」と。
返事は肯定だった。
「フェミナさんの反応が楽しみですね」
「ふっ、そうだね。まさか600年前の先祖と再会出来るなど、夢にも思わないだろう」
運命の悪戯というか、魔王の悪戯というか。ヨシオンなる男は、なんと手帳に登場する人物らしい。何を隠そう、フェミナさんの先祖、ヨシコ(仮)は、彼の為に世界樹を盗む決断をしたそうだ。
「正直、けして美談ではないと思うがな」
話を聞いていた魔女がボソリと言う。俺はうんと相槌を打ち、事実そうなのだろうと思った。
一つの国が潰えた理由は、なにも正義によるものではない。まして大儀すらない。
それは超個人的な感情。ズバリ、愛だったというわけだ。
呪術を使い感情のコントロールまでしていた、この国は。全てをすり潰して回っていた巨大な歯車は、たった一つの小さな異物を噛み込み停止していたのである。
(おう。あれじゃろ、ドラマとかの電車で恋人と手を振って別れるシーンで、嫌だから緊急停止ボタン押しちゃいました。みたいな)
「わぁ、急にイメージ最悪になったぞお」
けれど間違っていないのだから困ったものだ。
どうやらヨシオンは、ヨシコと同じ元奴隷で。兵士に混じり人魔石への改造を受けることで、力を付けて奴隷を解放しようとしていた。
だが、世界樹の開花時期までは読めず、異世界転移の儀式は予想よりも早く行われることになる。岩兵士の本来の役目は、異世界侵略の為の尖兵。世界が二人を分かつのならばと、ヨシコは強硬手段に出る。
それが、レルトン教授が手記から読み取った真実らしい。
「つまり、置いていかないでってか」
しがみつくリュカの力が、ぎゅっと強まる。そうだね。フェミナとまったく同じ理由だ。
どうやら淫魔というのは、代々と愛に飢えた一族らしい。いや、逆なのか。愛を求めるからこそ、魅了という能力に目覚めたのかもしれない。どちらにせよだ。
「あの寂しがり屋を、早く迎えに行ってあげないとね」
「だな」
確かに褒めれた話では無いのだろう。
ヨシコの自分勝手な行動により、子孫のフェミナさんは現在も放浪の旅を続けている。
全貌を知れば、彼女にはふざけるなと怒る権利があると思う。
けれど、その一念が奇跡を起こしたのも事実。
国が心不全になり、岩戦士が前線に立つことなく天使に滅ぼされた。だからこそ、ヨシオンは格納庫で無傷のまま眠り続け。
ズシン、ズシン。悠久の時を超え、いま彼は前進をする。
もう全てが終わってしまった後だけど。待ち合わせの約束を果たすに。歴史を受け止めるために。そして、囚われのヒロインを助けるために。
◆
道程は順調だった。車輪では進めぬだろう悪路も、二足歩行の巨体は容易く走破するのだ。人を魔石にするという禁忌の技術であるが、性能にはイグニスも複雑な表情で悔しがる。
いずれ、見覚えのある景色に辿り着いた。
なだらかな丘の草原に、無数の岩戦士が朽ちて埋まる場所。モアイ草原である。
もうこんな所まで。速さに感心しつつ、まさかこんなことになるとはと、ただ冒険を楽しんでいた頃を懐かしむ。
「結局コイツらは何と戦ったんだ?」
「世界樹を奪われて怒った天使族でしょ」
俺はリュカの質問に答えるも不安になって、合ってるよねと魔女に確認をした。
返って来たのは、ああとやる気の無い声だった。説明大好き少女にしては珍しい反応だなと思えば、町が近づいてきたことが気持ち悪いらしい。
「セリューよ、どうみる?」
「不気味ですね。自分ならば、ここで仕掛けるという地形が数か所ありました。ならば町へ誘い入れることが罠という可能性もあるかと」
「であろうな」
どうやら、老騎士たちも意見は同じのようだ。順調なのが怖いと、到着前に気を引き締めている。
まったく気にしていなかった俺だが、言われ、ふむと考えた。
白金の戦士はなにも学者の手下では無い。アレは墓守。浮遊島を荒らす存在をミナゴロス抹殺装置だ。
ならば一番有効な使い方とすれば、俺たちの進行ルートを想定して配置し、遠隔起動というのが理に叶っているのだろう。
そして相手は、それが分からぬほど馬鹿ではない。確かに不気味である。
「そもそもアイツ等は本当に町に居るのかい? 立場が逆なら、アタシはこんな島から真っ先に逃げ出しているけどねー」
「それは無いです。あのエルデムさんが、こんなに未知に溢れた場所から去るはずがありません」
女冒険家の言葉を真正面から否定する助手くん。
正直、俺はその線もあるかと考えた。人質が居るとはいえ、もはや味方は裏切りの騎士一人である。立場が弱いのは明らかだから。
でも、それはあまりに学者を知らないと助手を務めた者は言う。
霊体になり寿命から解放された。むしろ魔力さえあれば、食事や睡眠さえも不要になった。ならば彼のすることはただ一つ。ひたすら知識に没頭するだろうと。
「……つまり、エルデムさんはもう」
「ん。なんだこの音は?」
レルトンさんが何か言おうとしたとき、彼の隣の猟犬がピクリと反応をする。どうやらリュカとジグルベインも気が付いたようで、上だなと目を細めて、宙を睨む。
一瞬なにかが空で光り。遅れてパンと軽い炸裂音。
打ち上げ花火かな、と能天気に眺めるも。砲撃という可能性に思い至り、やべえと焦り。
しかし、実際はそのどれでもない事を知る。
「イ、イグニス」
「ああ。どうやら一歩、遅かったようだな。しかし、これは……」
教授はこう言いたかったのだと思う。もう手帳を解読しているかもと。
上空に展開したのは魔法陣。七色の光を放つ幾何学模様だった。フェミナさんの先祖が残した宝を先に発見され、あまつさえ使われてしまったのだ。
「これが異世界転移の魔法」
(いや)
当然ショックなのだけど、頭上に広がる光景は、そんな思考を軽く吹き飛ばす。
とにかく巨大なのだった。魔法陣の大きさは、扱う魔力の受け皿。許容量と言っていい。
ならば、これはどうだろう。
天空を揺蕩う魔力の奔流は、さながらオーロラのような自然現象の規模。浮遊島全体を余裕で包みこんでいた。大きさに圧倒され、凄い、綺麗と感想が浮かび。
(いや、違うぞお前さん! 書き換えられておる。これは天罰術式。【太陽編みし破壊光】!!)
魔王の言葉に絶望する。




