430 閑話 燃えよリュカ
オレはその姿に見惚れてしまっていた。
普段はヘラヘラと愛想笑いを浮かべる優男が、どこから捻り出しているのか不思議なくらい雄々しい声を張り上げて戦っているのだ。
老いた騎士の猛攻は凄まじい。遠目でも追うのが難しい速度で、まるで台風の雨風のようにアイツへ剣を叩きつけている。
でも、ツカサは前に出る。嵐へと自ら飛び込んでいく。
鋭い刃に怯えず、血が出ようと少しも怯まず。むしろ闘志をより激しく燃やしていて。 嗚呼、あれこそアパムゥだ。オレの目指す理想の戦士が、そこ居た。
「おっと、いけね。眺めてる場合じゃねぇな」
オレが二階に来たのは、イグニスから敵の処理を頼まれたためだった。従う義理はないのだけど、ツカサの邪魔になるからと言われては断れない。
「いたいた」
魔導士とやらは空中廊下の壁に、もたれ掛かるように倒れている。
意識はあるが朦朧としているようで、足元には嘔吐した痕跡もあった。なんというか、拍子抜けだ。この状態ならば捕まえるのは誰でも出来ただろう。手間取らせやがってと二人に近づく。
「んじゃあ、覚悟しろよ」
生憎と縄がないのだ。両脚をへし折ってやれば動けないよな。「やめ」と微かに抵抗を示す男に組み付き、遠慮なくいった。ゴキュと間接の砕ける音と悶絶の声。お仕事完了。
帰る間際、オレはもう一度だけ下の階を見た。
憧れの姿のはずなのに、同時に似合わないなと思ってしまう。鬼気迫る表情で剣を振るうより、情けなくてもニヘラと笑う方が、アイツには合っていると感じた。
◆
「なんだ、なんだ!?」
何処かで、ひときわ大きな爆発があった。激しい音と共に、床までグラグラと揺れる。
急いで一階に戻れば、建物の中はすっかり様変わりしてしまっていた。
そこかしこの壁が崩れ、日が入り込んでいる場所まであった。
床や天井には煤がこびりつき、柱などはまだブスブスと煙を上げているものも。いまにも崩壊しそうなくらいの荒れ果てようだ。
唖然とするが、鼻をつく臭いにオレは表情を引き締めた。煙に混じり血と肉の焦げた匂いがする。場が不気味に静かなのもあり、戦いはどうなったと、仲間の顔を探す。
近くには見当たらないようだった。もっと入り口の付近だろうか。
槍を構えて警戒しながら進んでいると、瓦礫に隠れる人影を見つける。黒尽くめの魔女のような恰好をした女が、身を縮めて座り込んでいた。
「おいイグニス。一体なにがあったんだよ!」
「ああ、リュカか」
声に反応して、気だるげに顔を上げる赤髪の女。オレは知った顔に安心して駆け寄るのだけど、状況を知って目を疑った。イグニスは氷の杭に貫かれて、壁に磔にされていたのだ。
太もも、横腹、肩。少なくとも三か所はやられ、座り込む地面にはポタポタと血だまりが出来ている。コイツが死ぬとツカサが悲しむだろうから、やだなと思った。
「遺言くらい聞くぞ」
「勝手に殺すな。一本づつ抜いて治療しているところだよ。ちょうどいい、肩のを抜いてくれ」
「お、おう。これだな」
氷は背後の壁にまで深く刺さっている。ゴリゴリと力任せに外すけど、イグニスは苦痛に顔を歪めるだけで悲鳴の一つ洩らさない。性格はくそ悪いけれど、この精神の強さだけは素直に尊敬したい。
「他の奴らは?」
「結論だけ言えば、フェミナが攫われた。まったく、ツカサに顔向けが出来ないよ」
怪我の治療をしながら、あった出来事を話してくれた。
あの騎士と人面猫は古代文字の知識を狙ったらしい。そこでフェミナが自分から攫われることで皆を守ったのだとか。
裏切ったりよく分からん女だと思っていると、心を見透かされたようにイグニスは言う。
「彼女は手帳の内容を知りたがっていた。だから解読出来る教授に託したんだろう」
「そっか。あれだけは本心なのか」
騎士と学者は外に逃げて、いまペルロの兄ちゃんが追っているらしい。他の二人は無事で、金髪お嬢のところに。
じゃあ残りの敵はと聞くと、無言で指差される方角には焼死体が転がっていた。
どうやらイグニスを串刺しにした魔導士のようだ。相手が強かったのと、フェミナの一件が重なり、手加減が出来なかったと。
「あとは女冒険家の一味だな。手傷は与えたんだけど、大男が担いで逃げた」
「アイツか……」
返り討ちにはしたが、怪我で追えなかったようだ。
聞けば、イグニスはほぼ一人で、全員の敵と戦っていた事になる。
当然か。オレを上に行かせたら、戦えるのはペルロの兄ちゃんくらいしかいない。貴重な戦力のツカサと爺が潰しあうのは最悪の状況だったのだろう。この女は大健闘したと言えた。
「よし、じゃあ大男はオレが倒してくるぜ」
「なんでそうなる! あ、ちょっと待て、リュカ!?」
制止を無視して駆け出した。
今、建物に残っている奴らは、どいつもこいつも戦士じゃない。なら動けるオレが守ってやらねえとな。
◆
イグニスが手傷を与えたというのは本当のようで、床を調べればまだ乾きもしない血痕が残っていた。建物の奥へ続く赤い印を追っていると、森での狩りを思い出すようだ。
そうだ。この暗い廊下の先に居るのは獣。手負いの、それも背後に守る者がある獣は危険である。なにせ逃げられない。たとえ強敵が現れようと、死力を尽くして戦うしかないのだから。
「こ、ここから先は、一歩も通さないど!」
かくして大男は仲間を守る為に、扉の前で待ち構えていた。
その姿は、さながら巣を守る雄そのものだ。退くことなど考えぬとばかり、どっしりと腰を据えて斧を振り上げている。
よき戦士。奮い立つ勇気を獣人はアパムゥと言う。オレも親分にはよく言われたものだ。尻尾を立てろ、牙を剥けと。コイツは強敵だなと肌で理解した。
「だが通る。オレはツカサの味方だ。テメェは死ね」
「オラは姉御たちを守る。だからお前が死ね!」
意見の一致。突き出す槍の矛先と、斧がガツンとぶつかった。それが開戦の合図で、今日もここで弱肉強食が行われる。
「っ!?」
巨体にも関わらず、男の動きは驚くほど俊敏だった。ダンっと地面を踏みしめると、たった一歩で間合いを詰めてくる。
そこから力任せに振られる凶器。壁を擦りながらガリガリと火花を立てて、ドカンと床を砕き割った。得物が頑丈だからこそ出来る、雑な攻撃だ。けれど当たれば危険なのは言うまでもない。
「なんつーバカ力だよ」
「うぉおお、必殺ブンブン攻撃だどー!」
こんな頭の悪そうな奴に負けたくないと思った。しかし高速で振り回されるだけの斧が、まさしく必殺である。豪快な風切り音が通り過ぎれば、壁や床の石材が紙ペラのように切り裂かれていく。
「この野郎」
オレは避けるのに必死で、みっともなく転げ回ることしか出来ない。それでも稀に刃は肌を掠め、岩の破片が礫になって飛んでくる。クソったれ。己の非力を呪いたくなるが、落ち着けと自分に言い聞かせて時を待つ。
体力はツカサにも褒められるのだ。だからあの勢いで暴れたら、必ず相手が先に疲れるはずで。攻撃が鈍るその瞬間までひたすらに耐えた。
「調子乗ってんじゃ、ねーぞぉ!」
そして時が来る。考えなしの連打のせいで、大男は肩で息をし、斧を振る間隔も僅かに遅れていた。今ならば。頭上を刃が走ると同時、身を屈めて渾身の一突きを放つ。
矛先は真っすぐと胸に向かった。獲った。そう確信するほどの一撃で。だが、切っ先は皮を裂くだけで止まってしまう。手応えはまるで岩でも突いたようだった。
「……そんな」
この感触には覚えがあった。ツカサも使う、魔力防御という技術だ。
ふざけんな。オレの攻撃じゃあ倒せないってのか。こんなにも実力差があるってのかよ。
「オラの装魔は騎士にも負けねっぺ。そんな攻撃効くかよー!」
隙をつかれて槍を握られてしまった。放せと引っ張るのだけど力の差は歴然で、槍ごと体が浮いて壁に叩きつけられた。
背中が激しく痛み、頭も打ったか、視界がグワングワンと揺れる。同じ魔力使いなのに、オレはなんて貧弱なのだ。ちくしょう。せめて夜ならば。悔しさに涙が滲み、唇を噛み締めた。
そんな時、耳に飛び込んでくる金属音。離れているのに廊下に反響するほどの激しい剣戟が行われている。アイツはまだ戦っているのである。
「こんな所まで聞こえるのか。次はあんな化け物共を相手にしなきゃならねとは」
「次を考えるのは、まだ早えーだろうが!」
精一杯の威嚇をした。そうだ。心で負けてどうするんだ。今はオレしか戦えないんだろ。なら、ツカサみたいに立ち向かうんだ!
「ガアッ!」
気付けば槍も捨てて飛び掛かっていた。とっさに出た噛みつきは、相手の首筋に犬歯を食い込ませ。痛がる男に頬を殴られた反動で食いちぎる。口の中が自分と大男の血でいっぱいになり、ぺっと地面に吐き捨てた。
「な、なんだお前。獣みたいなことしやがって」
闘争を決意した瞬間、身体の中で何かが這いずり回る感覚に襲われる。研ぎ澄まされていくようだと感じた。
懐に潜り込み、連打を放つ。ドドドと肉を打つ音が響く。なんて硬さ。魔力防御など無くとも、鍛え上げられた屈強な筋肉だ。
けれどぶち抜け。より速く、より強く、より鋭く。そして、とうとう拳は男の腹にめり込んで。巨体を小さく丸め込む。
「こいつ、力が上がって!?」
「ヘヘ、どうだ」
初めての有効打で浮かれてしまったか。離れろとばかり、怪力で斧が振るわれる。至近距離では躱しようもなく、岩砕く刃に薙ぎ払われた。
無様に床を転がるオレ。腕と腹をすっぱり斬られ、焼かれたような激しい痛みが襲う。
参った。本当に強いなコイツ。
槍を拾い、杖のようにして立ち上がれば、男は無言に斧を構えていた。さも、止めを刺してやると言わんばかりの瞳。冗談じゃねえと牙を剥いて闘志を見せる。とはいえ、重傷なのは事実。動けるのは時間の問題だろう。
「これで決める」
「やってみろー!」
男は大きく腕を振りかぶった。当たれば次は確実に死ねる。軌道を見定めようとすれば、次の瞬間に意表を突かれることに。投擲。まるでツカサのように武器を放り投げて来やがったのだ。
「うぉおお!?」
予期せぬ行動で流石に焦る。慌てて躱すと、斧は顔のスレスレを通って飛んでいき。
投げると同時に動き出していたのか、目の前にはすでに大男の姿があった。握られた巨大な拳は、もはや凶器に等しく、オレの顔面に吸い込まれるように近づいてくる。
しかし空振り。
偶然だが、こちらも奇襲をしかける気だったのだ。槍を地面に突き、反動で空に浮かんだ。オレは今、大男の頭上に居て。宙は獣闘士の晴れ舞台。
「食らいやがれデカブツ!」
上下に開いた脚は、狼の顎。閉じれば、相手の頭には威力を逃がすことなく踵が決まり。
けれどそれは、一連の技の始まりに過ぎない。振り下ろした右脚の勢いを利用して、後頭部に肘鉄を落とす。そのまま頭を掴み、今度は顔面に膝を。
そして最後は仰け反る顎に向けて、両足蹴り。
名を崩月。親分にはとある夫婦喧嘩で発明された技と聞いていた。
「ぐっ……オラが……姐さんを!」
技は完全に決まり、大男は倒れた。しかしまだ意識があるようだ。呆れた頑丈さ、あるいはオレが弱いのか。全力だったんだけどな。
とにかく決着だ。強かったぜと槍を構えると、扉の奥から女が飛び出し、男を庇うように覆いかぶさった。
「降参だよ、降参! まったく、なにやってんだいガド。調査隊が逃げた時点で勝ち目なんて無いだろ」
「で、でも……」
「でもじゃないさね。命を大事におしよ、この馬鹿!」
女は最初から白旗を上げるつもりだったようだ。しかし、気絶でもして指示が出せなかったのだろう。見れば顔に大きく火傷を残し、イグニスと激しい戦いをしたことが伺えた。
「まぁ敵ながら良いアパムゥだった。降参は受け入れるぜ」
ほっと溜息を吐き出す女冒険家。戦いはひとまずこれで終わりだろうか。
オレは勝ち鬨として「ゴロニャー!」と叫んだ。
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