427 人質とは卑怯だぞ
フェミナさんに刃を突き付けるのは、女冒険家の一味である小男だった。
首元から垂れる一筋の鮮血。ひぃと漏れるか弱い悲鳴に、全身が煮え滾るような怒りを覚える。
「テメェ……!」
ぶっ殺すぞと睨みつけると男は半歩後ずさった。相手は身体つきから戦闘員には見えない。正面から戦えば制圧はあんがい簡単そうだ。けれど、だからこその人質。
「う、動くんじゃねえ。身体強化を解け。そして武器を捨てて両手を上げな」
俺は下唇を噛みながら黒剣を床に落とす。ふと老騎士が視線をこちらに向けた。従う必要はあるのかと言ったところか。
彼女は一般人ですと小声で教えると、間もなくカランと二本の短剣が転がる。後に続くように、それぞれの武器が手放されていく。
「よくやったねタイニー。宝は本当にあったのかい?」
「ありやしたぜ姐御。倉庫には金も銀も山積みでしたわ」
小男は遅れてやってきた女冒険家へインゴットを投げ渡した。受け取る女はランタンの炎を妖艶に反射する金属に薄汚くほくそ笑む。
皮肉というほか無いだろう。彼らを調査隊から救いに行ったはずが、その本人たちに窮地に追い込まれるとは。
「じゃあ、交渉成立ってわけだね騎士様」
「ああ、好きなだけ持ってけよ。あれだけの量があればバレやしないさ」
目撃者を始末すればなと、裏切りの騎士が姿を現す。いや、魔導士が1人と大男も出口を塞ぐように陣取っている。頭上には先ほど狙撃してきた2人の魔導士もまだ隠れていて。
格納庫を中心に完全に包囲をされてしまった。これは詰んだかな。底冷えする寒さだというのに、嫌な汗が背筋を伝う。
「……おい、伯爵家のクソガキはどうした?」
「あーあの馬鹿みたいな巻き髪の。倉庫に居たのはこの女だけだったぞ」
騎士は大した障害にならないと踏んだか、小男の返事をそうかと軽く流す。
けれど俺はハッと気付き、フェミナさんを見た。刃を前にガタガタと体を揺らす女性だが、あれでどうして逃げ足は速い。真っ先に捕まるのが彼女なのはおかしいのだ。
ならば、自ら囮になったのか。金髪ドリルさんの作っている中和術式こそが、暴走を鎮めてくれるはずと信じたから。
「そうか。アイツ、根性見せたな」
心意気はリュカにも伝わったようで。灰褐色の髪のイケメン少女は、やるじゃんと、口笛でも吹きそうなほどに機嫌を良くした。死地なのに晴れ晴れとした表情なのは、フェミナさんの勇気を見たからなのだろう。
(面倒だし、もうみんな殺してしまえよ)
だが、その一方で魔王が囁いてきた。奴らを白金戦士の戦力として考えているならば力不足だと。
言っていること自体は間違いではない。正直、あの戦士ともう一度戦うのであれば、最終兵器ジグルベインを使う必要があると思う。けれど、それと調査隊の命は、また話が別なのだ。
「正気に戻って罪を償ってくれるのが一番いいよ」
(さよか。甘いこと言ってて死んでくれるなよ)
がんばりゅ。俺がニヒルに笑うと、ちょうど騎士はスッと片腕を挙げた。
合図で動くのは魔導士だ。確か彼はよくチャラ男くんに先輩風を吹かせている男で。得意属性は……。
「げっ!」
俺たちの体にぶち当たったのは水弾だった。
ただの水と侮ることなかれ。高速で飛来する塊が衝突と共に弾けるのだ。まるでコンクリートブロックで殴られたような気分になる。
そしてもっと最悪なのが濡れること。雪降る真冬に水浴びはそりゃキツイ。
ましてココは山より高い天空だ。凍てつく空気があっという間に体の熱を奪い尽くし、骨まで剥き出しになったかのような寒さが襲う。
「アバババババ」
(なんちゅう声を)
全身が勝手に震えるもので、声が言葉にならないのだった。俺の他も似たようなもので、痛みと冷たさにより床へうずくまっている。これは下手な攻撃よりも、よほどに耐え難い。
「また随分と悠長なことをするものだな、ルニマンよ」
そんな中、一人だけ表情も変えない人物が居た。老騎士だ。
寒さは体力も奪う。まして彼は大怪我を回復薬で治した直後で。老体にはかなり辛い状況のはずだった。
にもかかわらず、弱さを見せないのは経験の違いか。肉体は当然として、精神までも鍛えぬかれているのだと格の違いを見せつけられた気分である。
「致命傷だったのにしぶといなアンタも。なに、教授が面白い話をしていたのが気になっただけだ」
騎士の表情は、実に痛々しいものだった。自分で刺した相手だと言うのに、今もこうして殺そうとしているのに。老騎士の無事を誰よりも喜び安堵している。そのぐちゃぐちゃな心境は、こちらの心までかき混ぜてくるようだ。
「詳しく聞かせてくれよ、異世界とやらのこと」
「ふん。それを調べるのが君らの仕事だろう」
「勘違いをするな。これはお願いじゃないんだぜ」
騎士の目配せにより、剣の側面でフェミナさんの頬がペチペチと叩かれる。
教授は、これまで彼女を散々口説いて来たものだ。その気持ちは本物らしく、声を荒げてやめろと叫ぶ。
「分かったよ。とはいえ、そこまで詳しくは知らないぞ」
直接的に止めを刺しに来ないのは尋問の意味があったらしい。
奴らが異世界に興味を持つ理由は一つ。逃亡先だ。口では英雄として凱旋するなど謳っているものの、心の奥ではもう帰れないと思っている自分も居るのだろう。
「この国には宗教があった。アイリス教。死後は天使が楽園に導くという、よくありそうな民間伝承だが、違いがあるとすれば本気で楽園を目指していたところか」
エントランスにあったミイラは、そんな宗教観のものだと。楽園にさえ辿り着けば、死者さえ蘇ると本気で信じていたのである。
「ハハ、いいね。楽園か」
続けろと言われ、レルトンさんは震えながらも口を動かす。
俺は言葉に耳を澄ませながら、稼いでくれている時間の中でどうしたものかと精一杯に頭を働かせた。
「楽園とは天使の住まう神々の土地。数多くの世界樹が咲き誇り、尽きぬ魔力が溢れる場所で、そこには始祖の獣のように朽ちぬ永遠があるそうだ」
(カッくだらぬ妄想じゃな)
ジグの気持ちも分かる。始獣の不死性に神秘を感じ、生まれた場所に浪漫を見出したとかいう落ちではなかろうか。やはり相手も胡散臭さを覚えたようで、わずかに眉をひそめる。
「その話、私も興味がありますねー!」
「えっ?」
「はぁ!?」
驚愕の声は敵味方を問わず、この場の全員から上がった。
ガシャガシャと部屋に響く音がして、幽霊学者が戻って来たと思ったのだが。問題はその姿。モアイでも腕輪虫でも無い、新しい身体だったのだ。
高さ2メートルくらいはある四足獣。猫科を思わせるスリムでしなやかなシルエットだった。しかし頭部は人間、それもモアイ顔で出来ていて。なにより全身が金ぴかだった。
格納庫の奥からアホ、いや恐ろしい化け物が歩いてくるのである。そりゃ誰だって驚くだろう。
「その声。あんた、もしかしてエルデムなのか?」
「エ、エルデムさん!?」
「はい。運よく試作品と思れる機体を見つけましてね。乗り替えてみました!」
学者が幽霊になったことは俺たちしか知らない。その変貌ぶりに、助手くんはただ口をぱくぱくさせるだけだった。よほどショッキングだったのだろう。
当然ながら劣勢の状況が変わることもなく、より追い詰められた形になった。
学者は戸惑う味方を無視して、金ぴかのうざいモアイ顔で問いかけてくる。
「んーレルトンくん。君は少々詳しすぎますね、はい。古代文字を解読したとしか思えません」
「ふふふ、生憎と私は博識なものでね」
精一杯に強がってみせるレルトンさん。この流れは大変によくなかった。隠してきた手帳の存在に学者は気付きかけているのだ。
イグニスの解読によれば、手帳は宝の地図。恐らくは異世界転移の方法にも関係しているはず。なんとか誤魔化してくれと、俺は背中越しに目を見開いて圧を掛ける。
だが、そんなことを知らないフェミナさんは、「あの~」と妙に甘ったるく媚びた声を響かせた。
「私、読めま~す。古代語、読めま~す!」
「おや?」
だから助けて。淫魔はきゃるんと大きな胸を揺らした。うわー不利とみるや速攻で裏切りやがったよ。




