421 裏切りの筋書き
起き上がる騎士を見て、もはや咄嗟だった。倒れこむ老騎士を背に庇いながら、黒剣を引き抜く。
相手は短い付き合いではあるけれど、浮遊島を共に冒険し、共闘までした仲だ。俺は調査隊に対して一定の信頼を置いていて。それを見事に覆す、裏切りの一刺し。
状況が分からなかった。
彼が素直な悪役であれば、どれだけいいか。迷いなど生む暇もなく首を飛ばしてやっただろう。
けれど。
「ああ……オウルさん。ちがっ、俺は、俺は!!」
なぜ刺した本人が一番狼狽しているんだ。
首元のブローチ。セリューくんの剣。気になることが沢山あって、更には正気ではない可能性が攻撃を躊躇わせる。
(たわけ、ぶちのめしてから考えろ!)
「っだよね……」
ほんの一瞬とはいえ戦闘において迷いは致命的。振るべき時に振れなかったばかりに、相手に行動を許してしまった。これではジグルベインに叱咤されても仕方ない。
俺は僅かに持ち上がる腕に反応し、切り伏せるべく黒剣を走らせる。力任せと言うことなかれ。騎士の肩口へ向かう刃は後の先を取り、相手より速く振りきられる。
だが。
「お前とはまだ早い」
「くっそ」
魔剣技。黒剣が両断したのは突如に目の前に出現した土柱だった。一撃で破壊をするも、最初から視界を遮るのが目的だったようで。騎士はまるで身代わりの術のように姿をくらませている。
(ほう、案外冷静じゃないか)
「……」
白金の戦士との戦いで奴は俺の実力を把握済みなのだ。正面からの打ち合いは分が悪いとふんだのだろう。けれど、その冷静な判断がより一層に俺を思考の迷宮に引き摺り込もうとする。
あの人に何があったかは気になる。セリューくんの安否も気になる。だが、今にも駆け出したくなる気持ちをぐっと堪え、まずは怪我人の容態を確認することにした。
「イグニス、お爺さんは!?」
「見ての通りだ」
とんがり帽子を深く被る、赤髪の少女。お爺さんは白目を剥き、喉を掻きむしるようにして固まっていた。その口が呼吸をする様子は……無い。
駄目だったと言うのか。俺はそんなと膝から崩れ落ちた。
「違う、よく見なさい。外傷はもう塞がったよ」
「えっ!?」
イグニスはそういうや、フンっとお爺さんの胸を強打する。すると口から噴水のように血を吐き、ゲホゲホと咽ながら意識を取り戻した。
なんでも外側の傷から塞がったせいで、肺に血が溜まって溺れたのだとか。紛らわしい。
「ぐぅ……私に構わず追ってくれ」
「言われなくても行きます。どうやら良くない状況だ」
オイと雑にメイドちゃんを呼びつける魔女。手当ての引き継ぎで、飲ませる薬を腰のポーチから出すのだけど。鎮痛剤、解熱剤、炎症止め、増血剤と出るわ出るわ。受け取ったほうはあまりの量に目をパチクリさせている。
「なんでそんなに準備がいいの?」
「君が目を離すとすぐに死にかけるからだ」
(カカカ。是非もなし)
前科がありすぎるので俺は反論せずに唇を尖らせた。そんな事をしている間にも、リュカは廊下へ飛び出し、追跡の態勢に入っている。匂いを追うまでもなく血痕が残っているのだとか。
「ちょ、ちょっと。私はどうしたらいいのよ!?」
「ごめん、フェミナさんはそこで待機してて!」
戦えない人は離れていた方が無難だろう。騎士の突然の裏切りは、基地の中にそれだけ不穏な空気を運び込んだ。
暗闇の廊下を俺たちは駆け出す。狼少女がこっちだと先行するのは入り口の方角だった。まさか外に逃げたのかと頭を過るが、魔獣の群れが居るのでそれは無いはず。
やはりと言うか、ミイラの敷き詰められたエントランスには扉が複数あり。奴はその内の一つへと逃げ込んだらしい。
俺はリュカと目配せをし、武器を構えながら同時に部屋へと踏み込む。
「居ない?」
「……なんだ、この部屋」
「ああ、そうか。現物を見つけてしまったのか」
イグニスは無造作に散らばる金銀の装飾品をジャラジャラと拾い上げて言った。浮遊島で鉱物は採れないと。
確かにそうだ。小石さえ浮力を持つこの島。さきほどはインゴットの量に圧倒されたけれど、よく考えれば存在がおかしい。
ならばこれが答えなのだろう。
大都市を維持する為に、食料などを含め、下界から定期的に略奪していたのだ。この部屋には、鋳潰す前の硬貨や装飾品が大量にあるが、どれも国のバラバラなものだった。
「そして、お宝を見つけた男は言う。苦労したんだし、少しくらい貰ってもバレなさいさ。だが、真面目な班長が許すはずも無く小競り合いに。まぁそんな筋書きかな」
魔女はまるで見てきたかのように現場で起きた事を語るのだが。赤い瞳は、どこか遠くを眺めているようで。オペラでも歌うように声を部屋中に響かせた。
最後に「そうだろう?」と言い切れば、部屋の奥からは「そうさ」と震えた声で返事があった。
「ならば、お前たちはどっちだ勇者一行。少し黙っているだけでいいんだ。そうすれば莫大な財産と名誉まで手に入るんだぞ」
「嫌に決まってるだろ!」
「それはちょっと困るっすねー」
NOと答えれば、背後より気配が。いや、左右斜めからも男たちが現れる。魔導師団。まさか彼らまで裏切っていたとは。
「これは、ちょいとマズイぞ」
リュカが額に汗を浮かべながら言った。うん、そうだね。
魔導師団の得意とするのは、展開陣を用いた速攻魔法。しかも展開陣は起動が速いだけでなく、イグニスの火炎槍のように殺傷能力とて優れている。
さながら銃口どころかバズーカ砲を向けられている気分なのだが、位置取りも上手い。 三角形を作ることで、同士討ちを避け、さらに標的をばらけさせていた。これでは俺がいくら速く斬り込もうと、倒せて一人だろう。
「……他の人たちはどうした?」
せめてもの時間稼ぎだ。両手を上げながら、会話により時間を稼ぐ。リュカはグルルと唸るばかりだが、イグニスからは良くやったとアイコンタクトを受ける。
「だって、もう仕方ないじゃないか! セリューが死んだら責任の追求は全員に来る。なら美味しいほうを選ぶさ!」
「いやだよ、死にたくないっすよぉ!?」
「それに、へへ。今なら好き放題できる。男だらけでいい加減我慢出来なかったんだ」
まるで動物園。人間の皮を投げ捨てて、欲望剥き出しの動物を見ている気分だった。いや、そんな事を言ったら獣人に失礼か。特にイグニスを性的な目で見る奴は許さな……あれ、なんで俺のことを見つめているの?
「言っておくが、騎士団や魔導師団に男色家は意外と多いぞ」
「いま知りたくない情報だったなぁそれー!」
(カカカ。こんな時くらい真剣にやれい)
けれどお喋りの時間はここまでか。向けられる魔法陣が一層に輝き、返答や如何にと責められる。魔女はニイと頬を吊り上げ、こう叫んだ。
『魔銃を上に放て!』
「……ははっ!」
思わず笑いが零れる。この少女は大勢に囲まれながら、俺にだけ伝わるように指示を通してみせた。いつの間に勉強をしたのやら。聞くのも懐かしい日本語であった。
ならばリクエストに答えよう。俺は万歳をした姿勢のまま、ジグの闇の魔力を天井に叩き付ける。チカリと迸る黒い光。ドガンと天井に穴が開くと同時、三方向から魔法が放たれて。
「ぎゃー!!」
「一体どこで日本語覚えたの?」
「ツカサが偶に使っているのをこっそりね」
ジグの会話を盗み聞いていたのか。どうせ分からないだろうと馬鹿な話をしているので、今度から気を付けよう。
イグニスは俺が魔銃を放つと同時、床に特大の火球を放っていた。地味な技ではあるが、炎をぶちまける事に特化した魔法は、一瞬で部屋を火の海に変えて。その隙を突いて俺たちは2階に逃げ出す。
これでくたばる様な相手ではあるまい。こうなっては置いてきたフェミナさんたちも心配で。さてどうするかと頭を抱えた。




