417 砂漠の砂、抜いちゃいました
「この町が実は巨大都市だった!?」
(な、なんじゃとー!?)
魔女の推論は一見無理筋に思えるが、地図を眺めていると、ぼんやりと輪郭が見えてくるのも事実。
現在の浮遊島の形は、三日月やブーメランの形に似た三角形。この島の形状が四角を丸くくり貫いた余隅でしかないとすれば、失われた都市は、それはそれは巨大な町である。
衝撃の新事実だ。俺とジグは、あらまぁと驚いて見せるのだけど。次の瞬間には、だからどうしたのだろうと我に返った。だって残ってなければ意味が無いし。
「で、元の町が大きかったらどうなるだよ」
「よかった。リュカも同じ意見か」
すでに長話に飽きたか、大きな欠伸をみせる狼少女。いや思えばもう深夜。寝るころに駆け込んできたペルロさんから始まり、戦闘をしたりと、ずいぶん時間が経っていた。
イグニスはそろそろ話を纏めるかと、人差し指をピンと立てる。
「結論を言えば、早く基地を暴こう。だいぶ見えてきた。そろそろ証拠が欲しい」
「論より証拠か」
見えてきたと言われても、何がと首を捻る俺たちだけど。教授や学者もイグニスと同意見のようだ。なまじ仮説を立てる頭脳があるだけに、もしもの話は無限に出来るのだろう。
◆
はい、というわけで俺たちは砂漠に戻ってまいりました。
理由はもちろん、学者発案の企画「砂漠の砂、抜いちゃいました」を実行するために他ならない。
「今更だけど、本当に許可を出して良かったんですか?」
「仕方ないですね。幸い下は山間部。町への影響が少ないことを祈るばかりです」
「影響がまったく無いと考えるのは無理だろうな」
老騎士の冷静なツッコミに、紺髪の真面目騎士はやはりかと苦々しい表情を浮かべた。
レルトン教授を含め、チームの頭脳役がここを調べなければ調査が進まないと言い切ったのだ。セリューくんたち騎士団はあくまで護衛役で。まして学のある者たちに理詰めで迫られると否定をするのも難しかろう。
俺もよくイグニスには言い包められているので気持ちは分かる。分かるからこそ言うけど、アイツら大事なことほど口にしないよ。
「でも、砂を全部抜くなんて本当に出来るのかしら~」
「はっはっは。それはもう、やってみるしかありませんね!」
少し見ない間に、すっかり雪に埋もれた砂漠をみてフェミナさんが眉をひそめる。
それに答えるレルトン教授は、陽気を通り越してハイテンションだった。目の下の隈が語るとおりに寝不足なのだろう。
イグニスと一緒に手帳の解読を始めたレルトンさん。彼は寝る間も惜しんで歴史の真実を突き詰めようとしていた。もっとも、そんな努力をおくびにも出さず、フェミナさんへの愛だと嘯いているが。
「それでは準備を始めますわよ。魔導士団のみなさまも協力お願いしますわ」
「うぃ~っす」
「お前はもうちょっと真面目にやれ」
チャラ男が先輩に小突かれながら金髪ドリルさんの指揮に加わっていく。
肝心の砂漠から砂を抜く方法だが、町からの移動時間で学者が出した答えは、浮遊島を風で動かして山にぶつけるというものだった。
そもそも浮遊島は風に乗って移動してきている。分厚い地層と広大な面積は、帆のように風の影響を強く受けてしまうのだ。ならばその性質を利用し、地表を砕くと共に、山に食い込ませようという事らしい。
「にしてもその方法が古代魔法か。ちょっと楽しみだね」
(カカカ。お前さんが思うような、隕石を降らしたりとかではないぞ)
「なんで分かった」
ジグルベインに心を読まれる。そうかメ●オじゃないのか。少しばかりがっかりだ。
相変わらず無茶を言う学者だが、ムリムリと首を横に振る魔導士団を脇に、魔女はならば古代魔法を使おうと言い出した。
てっきり失われた技術か何かだと思ったけれど、今や使われなくなった技術も含まれているのだとか。ちなみに金髪ドリルさんは無理派で、出来ると言われてガビンと目を張っていた。
砂漠に積もる雪に、大きな魔法陣を描いていく魔導士団。そんな彼らを眺めていると、ほら君も来い。そう言ってイグニスが俺の手を引いていく。古代魔法には人数が必要なようで、魔力を使える人間はメイドちゃんまで強制収集だった。
「で、では。始めますわよ!」
「あれ、結局金髪ドリルさんが仕切るんだ」
「そろそろ名前覚えてやれよ」
リュカに呆れられるが名前自体はもう覚えている。確かビス・ネジボルト。
金髪ドリルさんは実技の苦手な学術派なのだけど、任せていいのかと疑問に思った。しかし問題無いと言い張るイグニス。それが古代魔法なのだとか。
「そもそも魔法というものの価値観が違うんだよ」
「価値観ねぇ」
まぁ見てろ。その言葉と共に、魔法陣に魔力が込められて仄かに地面が発光する。
君らも流せと言われ、魔道具を使う要領でムンと魔力を使うのだけど。
「……何も起きないわね?」
離れたところで見守るフェミナさんが首を傾げた。そう。目に見えるような変化は現れなかった。失敗。そんな二文字が頭を過る。
けれど変化は徐々に訪れた。始まりは、足元からムワリと熱気が上がってきて。そして少しづつ足元の雪が解けて行くのだ。
「なんか暖けえな」
「そうだね。でも風を起こすはずなのに、なんで熱が?」
「熱……。そうか、古代魔法とはそういう事か!」
何が起こるか理解していない俺や騎士団たち。そんな中で助手くんには閃きがあったらしく、なるほどぉと唸っている。イグニスはフフンと鼻を鳴らし、ネタを教えてくれた。
「ツカサ、息を溜めて頬を膨らませなさい」
「分かっ……ぶふっ」
言われた通りに膨らませたのに、両手で挟まれて息が噴き出た。圧の掛かった空気が流れる。これが風なのだとか。それ言葉で十分伝わるよ。
「高いものは低いものに流れる。それは空気も同じさ。では、その高い低いは何で変わってくるだろうか」
「それが、気温。つまり温度ですね」
助手くんの言葉に正解と頷くイグニス。温かい空気は膨張し、冷たい空気は収縮する。つまり低気圧と高気圧が生まれて、その差で空気の流動が起きる。
まぁ理科で学んだ範囲なので言っている事は分かった。
つまり風が吹く条件を魔法で整えようと言うのか。けれどそれは少しオカシイ。なにせ魔法は魔力を直接に風へと変換出来るのだから、効率としてかなり悪いと思うのだ。
「だから使われなくなったんだよ。古代は大勢で儀式として実行する奇跡だった。けれど、魔法は時代と共に洗練され、今やその奇跡は個人の手の中さ」
例えば雨乞い。水を得る手段と考えると、魔道具でも簡単に出せる今では、あまりに遠回り。けれど魔法の発達していなかった時代は大真面目に儀式を行っていたのだとか。
だが目を見張るのはその効果。やっていること自体は天候操作だ。個人で扱える魔法として確立されてなかった故に、魔力は大自然に訴えかける術として考えられていたそうだ。
「今回は私が今風に改造したけれど、どうだい。先人の知恵は凄いものだろう」
「……うん。そうだね」
足元がグラグラと揺れ始めている。強引に作り出した低気圧により、風が流れ込み始めているのだ。
魔導士3人の魔法では、浮遊島はピクリともしなかった。けれど、いま島を煽るのは個人とは範囲が比較にならない自然の強風。不可能と思われたミッションが、魔女と先人の知恵により達成される。
「ははぁ本当に動いちまったよ。大したもんだね、古代の力も」
「いや、待て。これ山から離れてねえか!?」
「で、ですな。逆、逆~!!」
(カカカ。こんな落ちだとは思ったわ)
なんて事でしょう。生み出した風により、レチスコ山脈に引っかかっていた浮遊島が大空へと旅立ってしまった。
今更だけど、風で煽るならば山脈に押し付ける方向。南側から儀式を行わなければならなかったのである。
「どうするんだよこれ~!?」
「やっぱり付いてくるんじゃなかったわ~!」
陸の離れていく絶望に、全員で悲鳴の大絶叫をした。
だから嫌だったとばかりにフェミナさんが泣きべそで抱き着いてくる。俺は大丈夫だと強く頷き。策はあると答えた。
そう、イグニスならね。むしろあってくれ。懇願しながら元凶となった赤髪の少女を見る。
「…………」
「無いのかテメー!?」
俺の淡い期待を裏切る様に、魔女はそっと目を逸らす。リュカが責任を取れと胸倉を掴み揺らすのだけど、余程都合が悪いようだ。断固としてコチラを向こうとしなかった。もしかして、このままお星さまになるのかな。
そんなとき、ズドンと大きく大地が揺れた。
再び浮遊島が山にぶつかったのである。どうやらブーメランのような形状が功を奏し、山を支点にクルリと回転しただけで済んだらしい。
「け、計算通りだ!」
「いっぺん死んどけボケ」
魔女は狼に襲われた。助けてとと声が聞こえるが、きっと大勢がこう思ったに違いない。いいぞ、もっとやれ。
しかし、結果だけを見るならば。今の反転により浮遊島はより深く山に刺さった。これで暫く流される心配はないだろう。
なにより。
「砂が抜け始めている」
ザァザァと音を立てて砂が下に零れていく。上手く地層を破壊出来たようだ。企画は無事に成功し。砂漠に埋もれていた町がゆっくりと姿を現わして行く。




