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404 ドリル職人の朝は早い



「おい、コラ! いつまで人を待たせれば気が済むんだよ、ああん?」


「あら嫌ですわ。淑女として身嗜みを整えるのは当然の事でしょう?」


 金髪ドリルさんは朝も早くから自慢のドリルを巻いていた。メイドに髪を梳かれながらお茶をする姿は、この場が森の中であることを忘れてしまいそうなくらいに優雅な光景だった。


 それ自体は構わないのだけど、長い。流石に長い。

 俺たちが起きて、朝食を食べ、出発の準備を整えてもまだ終わらないと言えば、伝わるだろうか。


 イグニスとて貴族のお嬢様であり、俺やリュカに比べれば身支度に時間を掛けるほうだ。しかしメイドちゃんはさながらドリル作りの職人か。お嬢のキューティクルを最高の状態に仕上げるべく洗髪から始める念の入れようだった。


「今度イグニスもやってもらえば?」


「正直興味はあるね。あの女中、こんな環境でもあれ程の輝きを維持するとは見事な腕だ……って違ーう!」


 一瞬本音が漏れた魔女だが、主旨がずれた事に自ら気付く。そしてノリツッコミの勢いのまま八つ当たりのように、止めてくると拳を構えた。


 俺はまぁまぁと慌てて肩を抑える。早く進みたいという気持ちもあるのだろうが、どうにも彼女とは貴族令嬢として反りが合わないのだろう。


 結局ドリ子さん陣営が出発の準備を終えたのは、それから一時間くらい経っての事で。

メイドちゃんがやりきった表情を見せた時には、イグニスは怒る気力も湧かなかったらしい。


「ふぁ~やっとかー」


「私はのんびり出来て良かったけどね~」


 狼少女は大きく伸びをして立ち上がる。そんな事があり、出発は予定より幾分遅れてしまう。時間の遅れを取り戻すには、進行の速度を上げるしかあるまい。


 目指すは西の方角。イグニスがサクサク行こうと先陣を切って歩き出すのだが、お嬢様達はこれまた進みが遅かった。


 二人してどっさりと背負った荷物のせいだろう。身体強化をしているのに足が重そうだ。人数が少ないので一人辺りの負担が増えるのは分かる。それでもやたらに大荷物だなと思いながら、仕方なくペースを合わせることに。


「オレ達が追いつけた理由が分かったな」


「そだね」


(むしろ、よくここまで来れたものだと褒めてやりたい)


 まるで亀の行進だ。えっほえっほと頑張って歩くのだけど絶望的に足が遅く、そして体力も無い。数百メートルを進めば、もう息切れをしている始末だった。高所で酸素が薄いせいもあるのだろうが、純粋に日々の運動不足だろう。 


 俺は見かねて重い荷物を持つよと申しでた。すると出るわ出るわ、要らない物が。

 

 ティーセットを準備している時点で怪しかったが、鞄には夜逃げでもするのかと言いたいくらい、冒険に関係の無い私物が詰まっていた。分厚い辞典は百歩譲ってまだ分かる。可愛いぬいぐるみもまぁ許そう。そのお化粧台って本当に要るぅ?


「はぁ……」


 溜息。魔女はもはや怒りを超えたか、瞳に失望を映し、ただただ冷たい視線で金髪ドリルさんを眺める。そんなイグニスを見てフェミナさんは一言、感じ悪いと呟いていた。


「やる気があるのはいいけど、あまり周りに押し付けないで欲しいわよね」


「俺はイグニスの味方なので……」


「あら貴方、ああいう気が強い子が趣味なのね~」


「そうですね。もの凄く好きですよ」


 からかう声の淫魔に俺は真面目な声で答えた。無理やり空に連れて来られたフェミナさんだ。いくら罰とはいえ、そこに不満があることを責めはしない。けれどイグニスを馬鹿にされるのは少しばかり腹が立つ。


 勇者一行の魔法使いという立場を手に入れる為に、イグニスがしてきた努力は尋常では無い。学園では授業も受けずに読書に明け暮れ、実践し、研磨してきた。


 その実力はレルトンさんのようなプロの冒険家をして認めるほどで。才能と一言で片づけるのは出来ないくらいの気合がある。


 だからこそ、勢いだけで同じ土俵に立ち、まして好敵手のように振る舞う金髪ドリルさんを受け入れられないのだろう。俺はフムと考え込んで、魔女の頬を掴んだ。


「なひする。ぶっころふぞ」


「笑顔忘れてるなと思ってさ」


(カカカ。不細工な顔じゃ)


 浮遊島に上陸したばかりの彼女は、顔が攣りそうなくらいに満面の笑みだったのだ。

 それがどうだろう。壁画に悩み、イライラを募らせ、今も眉間には深い皺が刻まれている。俺たちはエンジョイ勢なのだから楽しく行こうと、無理やりに笑顔を作らせた。


「はぁ。君の言う通りだね。さっさと騎士団と合流して、身柄を預けてしまおう」


 後は知らぬとプイと背を向けてしまうイグニス。俺にはそんな素直でないところも好ましい。


 この地域はお尻ほじり虫が栄養となる糞を運ぶことで肥えた土壌を作った。それはつまり、実りが多い森なので生息する魔獣も多いのである。


 気に食わないと思いつつ、見捨てようとだけはしない、彼女なりの正義に心の中で拍手をした。


「ちょっと待て、なんだこれ……」


「どうしたんだよリュカ」


 暫く黙々と歩いた。浮遊島はブーメランのような形をしているので、進む方角によってはかなり長い。それがちょうど西であり、いくら進んでも大地の終わりが見えなかった。


 同様に代り映えの無い森が続いていたのだけど、狼少女は何を察知したか急にしゃがみ込んでしまう。


「ああ、なんだ。地震か」


 リュカの戸惑う異変の正体に気付いたのは、彼女の数秒後の事だった。

 大森林では一人で認識阻害の魔法をもろに食らっただけあり、やはり感覚が鋭いようだ。


「嘘、大地が動いてるわ!?」


「ギャー、なんですのコレー!?」


 悲しきかな、地震大国生まれの性。震度2か3くらいの揺れでは戸惑うことも出来なかった。しかし大陸生まれの人間は、あまり地震に慣れないようで、まるでこの世の終わりのように悲鳴を上げている。


 フェミナさんだけでなく、珍しくイグニスまでもが、ひしと抱き着いてきて役得を感じた。


「なんで君はそんなに冷静なんだい」


「単純に慣れているんだよね」


(いや、お前さん。これは地震ではないぞ)


 ジグルベインに言われて思う。そうだ、地震のはずが無い。空に浮かぶ島がどうして地面の影響を受けるだろうか。


「浮かんでいるからこそだね。よく考えなさい、この島は元々風に流されてやってきたんだよ」


「げ、そりゃまずいね」


 言ってしまえば、現在は飛んでしまった風船が木の枝に引っ掛かっているようなものだ。

 ならば何かの拍子で外れる可能性もあるわけで。もし浮遊島がレチスコ山脈から外れようものなら、俺たちは高度2000メートルの場所に取り残されることになってしまう。


「ふざけんな、嫌だよ!」


「俺だって嫌だよ。イグニス、残り時間はどのくらいあるのかな?」


「風任せとしか言えないね。ただ、思ったより時間が無いのは確実だ。調査したら早々に脱出しなければ」


 まぁそういう結論になるか。住居跡や意味ありげな壁画を見つけはしたが、いつまでも滞在することは出来ないのである。時間の勝負になるだろうと言われ、一層に前進をしなければと肯き合い。


「はぁ、時間が無いって。そんなの困るわよ!」


「あのなぁ。お前が困ろうと、浮遊島は留まってくれないんだよ。納得出来ないと言うならば、勝手に取り残されればいいさ」


 金髪ドリルさんとて、道理が分からないようでは無いらしい。それ以上はイグニスに噛み付くことはしないけれど、悔し気に唇を噛んで俯いてしまう。


「私はまだ、何の成果も出していないって言うのに……」


「時間ならまだあります。お嬢様なら出来ますよ」


「そうね、そうよ!」


「うわー前向き。オレ、一周回って好きになってきたな」


 リュカも無計画さなら負けないもんね。けれど、そんな事はどうでもよくて。俺が気になったのはドリ子さんの態度のほう。


 知恵も知識も足りないが、唯一彼女を表すものがあるとすれば行動力だ。

 ジグも言っていたが、冒険のぼの字も知らないお嬢様では浮遊島の玄関になる登山すら、かなり厳しかったと思う。


 だが、諦めずにここに居る事実。

 彼女を馬鹿と呼ぶのは簡単であるが、人よりハンデを背負っても逃げなかったと見れば気合だけはイグニスに負けていないのかも知れない。


「金髪ドリルさんは、本当に見栄だけでここに来たのかな?」


「それ私のことでして?」


(カカカ。そりゃそうなるわな)


 しまった。金髪ドリルが強すぎて名前を憶えて無かった!



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