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403 故障は叩けば治る



「アイリス……アイリス……。やはり天使の名前? いや、肝心なのはそこでは無い。あの壁画はどういう意図で残されたんだ?」


「ねぇ、あのお嬢ちゃん大丈夫なの~?」


「持病なんで、そっとしておいてあげて下さい」


(厄介な病であるな)


 俺が夕飯の支度をしていると、見かねたフェミナさんが苦々しい顔で寄ってきた。

 下手に古代文字が使われていると発言してしまった為に、暫く拘束されていたのだが、やっと解放。いや逃げ出してきたらしい。


 ちらりとイグニスを見れば、もはや他人が視界に入らないほどに思考に没頭しているようだ。


 焚火を前に三角座りする赤髪の少女。自ら仮説を立てては否定して、忙しなく百面相を披露している。同時にブツブツと呟きが漏れているので、傍からでは不審者にしか見えなかった。あれでは心配されるのも仕方がない。


「まぁ俺でも少し考えちゃいますからね。フェミナさんはどうなんですか?」


「それ聞いちゃうのねー」


 俺はグツグツと滾る鍋を掻き混ぜながら、暇つぶしにと会話を振る。薄緑髪の女性は、イグニスから聞いた話を思い出すのか、青紫の瞳で寂しげに鍋の中を覗き込んでいた。


 壁画に使われる文字がフェミナさんに伝わる言語と一致するならば、この浮遊島が彼女の故郷という線が濃厚になるのだ。なにせ使用されていた地域や年代が一気に絞り込まれたのだから。


「なんというか、辿り着いてしまったんだっていう感情の方が大きいのよね」


「辿り着いてしまった?」


「ええ。我ながらしょうなもないと思うのだけどね」


 流浪の民として故郷を追い求めていたというフェミナさんの一族。けれどそれは言い訳で、本当は自分達に都合の良い理想郷を欲していただけなのだろうと。


 だから覚えた感情は失望。夢が一つ終わってしまった気分だと告げた。意外な吐露ではあったのだが、同時に今までの彼女の態度に妙に納得をする。

 

「答えを知りたくない時だって、ありますよね」


 理想と現実というやつだ。俺にだって思い当たる節くらいはあった。ガチャは何が出るかなと思いながら引いている時が一番楽しいのである。結果は、結果は……おのれ許さんぞガチャめ。


「何か嫌な共感のされかたした気がするわ~」


(うむ。今の顔はろくでもない事を考えていた)


「まさかそんな」


 ハハハと笑いで誤魔化し、出来たと鍋を煮込んでいた火を落とす。今日の夕飯はホワイトソースをミルク風味の果実で代用した、なんちゃってシチューだ。隠し味にチーズと味噌もどきを投入し、コッテリ濃厚な一品に仕上がったと思う。


「はぁ。良い香り。冒険の唯一の楽しみは貴方の料理だわ」


「それは恐縮ですね」


(儂も食いたいのじゃが。じゃが)


 フェミナさんは鍋から漂う湯気を嗅いで、うっとりと表情を緩めた。浮遊島は標高も高く、夜は本当に寒いので、温かい食事はより一層美味しそうに見えるものだ。


 俺も冷める前に食べたいなと思うのだけど、実はこの場には3人しか居ない。これで大体の雑務を終えたので、珈琲でも淹れてゆっくりと帰りを待つことにした。



「ツカサー。腹減った、オレの飯はー!?」


「おっ、帰ってきたか。大丈夫、まだ食べてないよ」


 声のした方向に目を向ければ、遠くで灰褐色の髪をした少女が槍を振って存在をアピールしていた。もしかしてご飯の香りに誘われて帰ってきたのだろうか。


 その後ろには金髪ドリルさん達の姿も見えて。手を振り返してあげれば走る速度が一層に上がる。日が傾いて来たので心配だったが、無事に帰って来てくれて一安心だ。


 金髪ドリルさんは、まだ日が高いからと二匹目のどじょうを狙って調査に行っていた。確かにあの場所が集落であれば、付近に住居はあるのかもしれない。思い立ったが吉日というか、空にまで赴くお嬢様の行動力は凄まじく、止める間も無かった。


 というか俺がウンコの付いたズボンを洗濯している間の出来事だった。そこで派遣されたのが、追跡の得意な救助犬ならぬ救助狼という訳だ。


「で、調査の方はどうだったの?」


「おう。ツカサ達より奥の方を探したら他にも何個か住居っぽい洞窟があったぜ」


 けど壁画までは見当たらなかったと報告をするリュカ。結構遠くにまで付き合わされたらしい。それはお疲れと肉を多めに配膳した。少年のような顔で「わーい」と喜ぶ少女は、急いで口に頬張り、猫舌なので熱さに悶えていた。


「ふぅん。やはり集落があったか。それはそれで疑問が残るな。何せ西には神殿が残るほどの文明がある。なぜあんな場所に暮らす。時代が違うのか?」


「イグニス、食事中くらい考えるのやめなよ。また叩かれるよ」


「うぐっ。あの獣人、リュカに余計な事を教えやがって」


 魔女はモヤモヤを抱えたまま、煮え切らぬ顔でシチューを食べ進める。食事の時間になっても準備すら手伝わないので、リュカの手によりペルロさん直伝の再起動ビンタが炸裂したのである。


 何故打たれたのか分からぬイグニスは、痛みの残る頬を押さえながら目を白黒させて。やがて取っ組み合いの喧嘩に発展し、普通に負けた。


(残念ながら当然です)


「そうだね。少しカノンさんに鍛え直して貰った方がいい」


 日々鍛えているリュカと違い、寝起きと寝る前に運動程度しかしないイグニスでは悲しいほどに実力差があったのだ。


 遠い目をしていると、匂いが気になるのかチラチラとコチラを見る金髪ドリルさんと目が合う。俺はああと事情を察して声を掛けた。


「少し作り過ぎちゃったんですけど、良かったら一緒に食べませんか?」


「ふ、ふーん。そういう事ならしょうがないわね!」


(なんてチョロさよ)


 向こうはこれから夕飯の支度なのだ。準備する人が居なかったのだから、そうなるよね。

 幸い沢山作ったので余分はある。メイドちゃん共々、こっちにおいでと手招きをした。イグニスがまた甘いことをと非難の目を向けてくるが、助け合いも大事だと思う。


「あら、中々美味しいじゃない。貴方、召使いに雇ってあげてもよくってよ?」


「私までご一緒してすみません」


(生意気な態度じゃが金髪ドリルさんなら許すか)


 ジグルベインの判定は謎に緩かった。なんでそんなに肩入れするのだと思えば、考えてみろと言われる。彼女はこの浮遊島という環境に置いても金髪ドリルを維持しているのだぞと。


「はっ、言われてみれば!」


(であろう。だが、それがいい)


 確かに衝撃だ。サバイバル中にセットに時間の掛かりそうなゴージャスな髪形を保つなんて、呆れた意地があったものである。もはや馬鹿だなと思うだけど、その信念は魔王にさえ認められるのだった。


「そういやさ、アイリスとアリスってなんか似てるよな」


「似てはいるけど……」


 だからどうしたの。

 早々に食事を終えて、壁画の写しと睨めっこを始めたイグニス。そんな魔女を盗み見て、リュカは子供の様な感想を呟いた。


「アリスってなに~?」


「オレの国にはよ、アリスっていう不死身の化け物が居てさ」


(……似とる。いや、似てた?)


 狼少女は、ただ思った事を口にしただけなのだろう。だが因縁の深いジグは、その言葉に考え込んだ。古代より生きるその生物には沢山の名前がある。原初の敵。始獣。蛇馬魚鬼。そしてアリス。


 特に最後のアリスという名前は、鳴き声から名付けられたもの。声帯が発達していない金切り声なので間違えるが、もし本当はアイリスと叫んでいるのだとしたら。


「えっ、誰かの名前を呼んでいたってこと?」


(分からん。だが、アイリスとやらが天使なのだとしたら)


 ジグルベインに異様な執着を見せたのは、間違えていたのかも知れないと。

 けれど、俺はこいつがジャバくんに刻み込んだトラウマを忘れてはいけないと思うのだ。耐久試験したり、ブラックホールに投げ込んだり、挙句は肛門から爆発させたじゃないか。絶対に恨まれているぞ。


「答えを出すには情報が足りない。けれど、この浮遊島には、まだ秘密がありそうだな」


 魔女は解読を諦めたようで、パタンと手帳を閉じたところだった。道中で思わぬ発見をしてしまったけれど、本命は西にある文明跡。さぁ何が出るかなと楽し気に微笑んでいる。


 俺がそうだねと相槌を打っていると、隣ではリュカからお代わりの声が響く。勝手によそえと思うのだが、気付けば鍋はすっからかんになっていた。


「嘘ぉ、俺まだ一杯しか食べてないのに。食い過ぎだよリュカ」


「オ、オレだけじゃねーよ?」


「私を見ないでくださる? まだ二杯でしてよ」 


 主犯と思わしき狼少女を責めると、全員がバツが悪そうに顔を伏せた。メイドちゃんに「美味しかったのでつい……」なんて言われたら、そりゃ許すしかないよね。まだ時間も早いし、何かお代わり作るか。



年内が忙しく、次話から更新に時間が空くかもしれません。<(_ _)>

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[一言] おのれ許さんぞガチャめ
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