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402 謎の壁画



 今は虫の巣と成り果てた住居跡。そこに残された壁画には少しばかり意表を突くものが描かれていて。周囲の環境を忘れる程度に視線を釘付けにされた。


 巨大な樹木は、まず世界樹と見て間違いないのだろう。ならば根本に描かれる化け物はやはり始獣か。ぼんやりと理解が出来るだけに、なぜと頭が考え込んでしまう。


「どうして始獣が天使に捧げものを?」


(いやー儂にはちょっと分かりませんねー)


「おい、天使なんだし分かれよ。これ重要な情報っぽいじゃん」


(ご心配なく。そんな事もあろうかと滅ぼしておきました)


 もはや天使は歴史から退場済みよとカカカ笑うジグルベイン。なんてやつだ。

 邪心を清めるように食らえと光を向ければ、ノリの良い魔王は目が~と叫んでいた。


「こらツカサ、ふざけないの。あまり悠長にしている時間は無いよ」


「はぁい。まぁ場所が場所だからね」


(せやせや。真面目にやれい)


 お前が言うなこの野郎。しかし周囲はお尻ほじり虫だらけである。収穫はあったのだし、もう出るかいと聞けば、イグニスは書き写すと慌ててポーチから筆記用具を取り出す。


「そんなの常備してたんだ」


 俺は早くねと告げて、光球で手元を照らしてあげた。

 イグニスが絵を描く姿は初めてみたが、どうやら写生には慣れているようだ。赤い瞳は壁と手帳を往復しながら、手際よくシャッシャと書き写していく。


 のだが。相手は壁一面に描かれた大作だ。一見ただの装飾の模様も、隠れた意図があるかも知れないので正確に描写しているようで。となれば必然に時間が掛かる。


「ねぇ、まーだぁー?」


「ええい、もう少しだって何度言わせるんだ!」


(カメラがあれば一瞬なのにのう)


「それな」


 最初は手持ち無沙汰に周囲を眺めていた。天井が穴あきチーズのようになっていたので理由を考えていたら、小石が空に旅立って行ったのだと気付いた。だって引っ掛かっている石もあったから。


 思考は発展し、仮にこの世界で飛行機が発明されても事故が多そうだなと考える。浮かんでいった小石がどのくらいの高度に達するか知らないけれど、上空ではスペースデブリの様に散乱しているはずだった。


 そうして暇を潰すのだけど、やがて投げ込んだ虫よけの香が燃え尽きてしまう。すぐに襲ってくる気配こそ無いのだが、石の様に固まっていた虫達が僅かに動きを見せるようになって来る。


「ねえイグニス。これは少し不味いんじゃないのかい」


「大丈夫だ。彼らは生粋の糞食でね。生物を殺さないから益虫として扱う国もあるそうだよ」


「でもお尻ほじるんでしょ!?」


「……ほじる」


 そんなの嫌すぎる。いざという時の為に魔力を流して戦闘の準備をして。臨戦態勢に入ったまま、絵の完成をまだかまだかと煽った。


 イグニスだってほじられたい訳ではない。時間が押している事を悟り、それでも諦めの付かない心境から、まるで締め切り前日くらいの漫画家の様な表情で必死に手を動かしていた。知らんけど。


(あ、タイムアップじゃな)


「出来た!」


 二人の声はほぼ同時であった。後半やや雑になりながらも壁画は無事に手帳に収められ、俺はよしと魔女を攫うように担ぎ走り出す。


 なにせここは奴らの巣。床から壁から天井にまで甲虫が張り付いていて。いよいよに煙の効果が切れたか、縄張りに侵入した生物へウンコ置いていけと蠍の様な尻尾を逆立てて威嚇を始めた。


「ジグ、魔力くれ!」


(カカカ。こんな所で初お披露目とはのう)


 光球を消すと、照度の差から洞窟内は闇に飲まれたかのように暗くなる。構わない。もう脱出するだけだ。外の明かりを頼りに一直線で進み。


 日を遮る勢いで襲いくる虫達。それはさながらに壁か波か。視界が黒一色で埋め尽くされそうになった時、肩越しに【展開】と魔女のハスキーな声が響いた。必要無いと手で止めて、俺は前に向けて思い切り拳を振るう。


「【黒よ穿て、白よ弾けろ】」


 イグニスの爆陣拳を参考にした魔銃。その名も散魔銃である。光の性質を照射から拡散に切り替えた広範囲制圧型魔法だ。


 赤鬼との戦いで利用した0距離魔銃は、試行錯誤の末に完成に至った。俺の腕では本家のように無詠唱とまではいかないけどね。


「へぇ、いつの間にそんな魔法を」


「俺だってちゃんと勉強はしてるんだよ」


(ほとんど儂の発案じゃがの)


 大森林では数に押されることが多かったから、ジグのアドバイスを受けて夜な夜な密かに改良を進めていたのだった。


 射程こそ短いが拡散する魔力は面となって敵を穿つ。闇の弾丸が虫の包囲網をこじ破り、一瞬だが確かに開ける視界。いまだとばかり、出口を目掛けてスライディングを行い。


(セーフ!)


 外に滑り出れば、ジグが野球の審判を真似して手を横に開いた。けれど俺は心の中でアウトと叫ぶ。狭い岩場だから仕方がなかったけれど、これ絶対ズボンにウンコ付いたよ。


「ツカサ止まるな。巣の外に出ても追って来ないわけじゃないぞ!」


「うわ、そっか」


 俺たちはお尻からがら逃げ出した。だいぶ時間が掛かったせいか、集合場所に戻れば暇した金髪ドリルさんが、またもティーセットを広げている。お貴族様め。


 リュカやフェミナさんもご相伴にあずかり、場の雰囲気はすっかり寛ぎモードのようだ。

 きっと席では「あいつら遅いな」「なにしてるのかしらね」と他愛無い会話が繰り広げられているのではないか。


 俺は待たせてごめんよと思いながら、おーいと掛け声と共に手を振って存在を示した。


「あ、やっと帰ってきやがっ……っ!!」


 流石は狼少女。近づいた時には、すでにこちらを見ていたので足音で気付いていたのだろう。ならば都合が良いと、走りながら叫ぶことにする。逃げろと。


「ぎゃー貴方たち何してくれてますの!?」


「いや、ちょ、こっち来ないで~!?」


 皆は俺たちの惨状に気づき、全力で駆け出していく。なにせ背後には大量としか言えない数のお尻ほじり虫が付いて来ているからだ。


 彼は外出には糞球(おべんとう)を持ち運ぶ可愛らしい一面もあり、さながら落石にでも追われるように大球子球がゴロゴロと押し寄せていた。



「はぁはぁ。いやー、ごめんね」


「本当だよ。ロクなことしないな、お前ら!」


 しばらく追われたが。全力で走りなんとか撒いた。俺は巻き込んでしまったので謝罪するのだが、イグニスは反省をしているのかすら怪しく、酷い目にあったとケラケラと笑っている。


 リュカは上機嫌な魔女を見て、成果はあったのかと聞いてきた。反射でうんと答えそうになる。けれど金髪ドリルさんもその話題に興味があるようで、素知らぬ顔で聞き耳を立てているではないか。


「少なくとも人の痕跡はあったよ。ほら、これが壁画の写しだ」


「……いいの?」


「いいさ。どうせ私たちの成果は公国に提出する事になっているんだしね」


 俺が情報を出していいのか躊躇っていると、イグニスは太っ腹にも手帳を公開してしまう。高飛車なお嬢様だが、これには面を食らったようで、素直ににありがとうと、感謝の言葉を口にする。


「ふぅん、なるほど。さっぱり分からないわね!」


(カカカのカー!)


 金髪ドリルさんはページをパラパラと捲った後に、したり顔でそう言う。イグニスは額に手を当てダメだこりゃと、彼女の頭の残念ぶりを嘆いた。


「ええと、その。お嬢様は……」


 メイドちゃんがなんとかフォローを入れようとするのだが言葉が思い浮かばないようで、あうあうと金魚の様に口をパクパクせている。悲しい現実である。


「ねえ、これが壁に残されていたの?」


「そうですね。一面にでかでかと」


 いつの間にやら手帳を覗き込んでいたフェミナさんが、小声で話しかけてきた。何か気付いたことでもあるかと、さして期待もせずに問えば、あると真顔で頷くではないか。


 俺は、いやイグニスも赤い瞳を大きく見開いていた。

 そして薄緑髪の女性は、天使を指差し言うのだ。ここに古代文字が使われていると。模様すら正確に写し取った努力が報われたらしい。


「これはアイリス……かしら~」


「お前が生きていて良かったと思ったのは初めてだ」


「出会ってとか、連れて来てじゃなくて、生きててなの!?」


 盗人は扱いの悪さに嘆くが、空にまで連れて来ただけの価値はあったようだ。



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