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401 人の痕跡



「おい。お前らが通ってきた道に、それらしい場所は無かったのか?」


 お尻ほじり虫が転がしていた糞玉には人口物が付着していた。

 ならば遺跡の近くを通過したのではと読む魔女は、追われていた本人達へ問いかける。


 けれど金髪ドリルさんは、はてと首を傾げた。嘘を吐いている様子は無く、お供のメイドちゃんにまで意見を求めている。


「ずっと森の中だったはずだわ。メイルは何か気付かなかった?」


「すみませんお嬢様。逃げるのに必死でして」


 メイド少女の名前はメイルちゃんと言うらしい。年は俺と同じくらいだろうか。橙色のミディアムヘアーで、しっとりと落ち着いた雰囲気の子だった。


 景色まで気にしている余裕は無かったと、しおらしく反省するメイドちゃん。そりゃ余裕があれば走って逃げないよね。


(じゃが、それはそれでヒントになるの)


「そだね」


 つまり、石の欠片が落ちていた場所は目立たない普通の場所だったのだろう。それこそ、こんな騒ぎでも起きなければ俺たちは見落としていたのではないか。


「正解。悔しながら、こいつと出会ったのは運が良かったと言えるね」


「オホホ。もっと褒めてもよろしくてよ?」


 羨ましいほどに前向きなお嬢様だった。虫から逃げて来たことを棚に上げ、案内してやると自慢気だ。どうあってもイグニスに勝ちたいという対抗心が見える。


 だが無視。なにせ足跡が綺麗に残っているので、リュカでなくても辿るのは容易だった。

 さっさと行こうと赤髪の少女が進みだすので俺たちはこぞって後に続き、金髪ドリルさんは「待ちなさい!」と慌てた様子でティーセットを片付けていた。


「怪しいのはこの辺りかな」


「はぁ~? 何も無いじゃないの。貴方馬鹿~?」


「ああん?」


 700~800メートルほど進んだところで、そんな会話が行われる。さながら懇親会の続きか。少女二人は睨み合い、視線でバチバチと火花を散らしていた。不毛だから止めなよと思うのだけど、貴族令嬢のプライドというものがあるだろう。


「けど、本当に何も無いぞ?」


「そうね~。けど、あのお嬢ちゃんなら何か理由があるじゃないのぉ」


 キョロキョロ視線を動かすリュカとは対照的に、フェミナさんは気だるげだ。冒険自体に興味が無いのは知っているが、まだ早く帰りたいくらいに思っているのだろうか。


「フェミナさんはここが魔大陸だったと知っても、あまり興味は出ませんか?」


「そう言われても、こんな場所じゃあね。今は高級宿のフカフカお布団が恋しくて堪らないわ」


「分かる。悔しいけど、高いってだけあるよな!」


 リュカとフェミナさんは宿の快適性で意気投合したらしい。安宿との違いを並べて素晴らしさを語り合うのだが、空調が良いと言う話なれば魔道具を使えない淫魔はなにそれズルいと悔しがっていた。便利だよね魔道具。


「はぁん。なるほど」


 会話に混ざるのも楽しそうなのだけど、周囲を見渡しているとイグニスが足を止めた理由が見えてくる。


 地形だ。今居る場所は、草で覆われているけれど川の名残と思わしき谷底。ここはその中でもなだらかで少し幅のある。もし水が流れていれば、河川敷があっただろうポイントだった。


「人が住むなら便利な場所かもだけど、やっぱり魔族も似たような場所を好むのかな?」


(まぁ水があれば有難いわな。特に昔は、魔道具など普及していなかったのだし)


 現代の暮らしを観察してきた魔王は、本当に便利そうと溢していた。そうかとジグルベインの話に頷きながら散策する。


 俺はフェミナさんとは逆に、魔大陸と聞いて興味が沸いた派だ。この浮遊島は空を彷徨い、当時の原型など残らない。けれどジグの故郷でもあると考えれば、中々に感慨深い気がしたのだ。


「ふふふ、君も興味が出てきたようだね」


「あれ、イグニス。終わったんだ」


 いつの間にやら魔女が隣にやって来ていた。格比べは終わったのかなと金髪ドリルさんを見れば、彼女はお腹を押さえて蹲ってメイドちゃんに介抱されているではないか。


「ぼ、暴力で決着をつけたのか」


「ここは舞踏会じゃないんだ。野生の掟を教えてやろうと思ってね」


「リュカ見たいなことを言うなよ」


 俺が呆れている間にもイグニスはしゃがみ込んで、面白いよねと地面を突く。

 下は足跡が残るような柔らかなものだ。歩いていても浮かんでいかない所を見るに、浮遊後に積み重なった、植物が分解された層だろうか。


「片や砂漠があるのに、近くには草原や森林もある。切り離された大地だからこそ生態系が土地に与える影響が大きいんだね」


 ああ、と思い。同時に疑問も浮かんだ。

 お尻ほじり虫というおぞましい生物は、しかし動物の糞を運び土地に栄養をもたらすのだろう。ひょっとしたら種なども彼らが持ち込んだのかも知れない。


 けれども、今の足場は新たな層が出来ている。過去の文明があったのならば、それは下敷きになり、表には出ないということだ。ならばどの様にして石片は糞玉に付着したのかと。


「本当に偶々付着した可能性も否定は出来ないけれど、可能性が高いのはそう。地面に無造作に石片が散らばる場所を巣にしている場合さ」


 たとえば人が住んでいた洞窟とかね。ピンと指を立てるイグニスを見て、いよいよに立ち止まった訳を理解する。


 ならば話は簡単だ。みなで手分けして捜索しようと提案した。だがお尻ほじり虫の巣と聞けば全員が大きな声でNOと叫ぶ。あれぇ。


「嫌よ~! 私そもそも虫は嫌いなの!」


「オレもあれは嫌だ! ほじられそうになったんだぞ!」


「ちょっとお腹が痛いから休んでいるわ。けして怖いわけでは無いわよ」


 何も言わないメイドちゃんまでも表情は露骨に嫌そうだった。考えてみれば俺以外は全員女の子なのである。それならば仕方ないとイグニスと二人で行動することに。分かっていたが魔女の精神力は強い。


「ねえ、巣に何か特徴みたいなのはないの?」


「あるよ。見た通り、オコレザデックは糞玉を作る。あれは彼らの食糧であり、産卵場所なのさ。付近には沢山転がっているはずだ」


「それってつまり……」


(ウンコがいっぱいあるってことじゃのう!)


 少し早まっただろうか。けれど今更嫌だとも言えず、ジグにも協力してもらい周囲でウンコを探す。結果は、如何にもという岩の隙間の前に、50センチ程度の玉がゴロゴロと転がっている場所があった。


 当たりと指を鳴らす少女は、恐れもせずに巣へと近づき。なにやら燃やした草をポイと入り口に投げ込む。


「虫よけだよ。私たちから巣に入るんだ。なるべく殺しは無しでいこう」


「そうだね」


 体にもたっぷりと煙を浴びてから、いざと俺とイグニスは洞窟に踏み込む。

 入り口が身を屈めなければ通れない狭いものなので、そんな通路が続いているのかと思いきや、潜ってしまえば奥にはかなり広い空間が存在した。


「ねえジグ、これは……」


(いや、儂に聞かれてもなぁ)


 光球が照らし出す光景は、はっきり言って目を背けたくなるものだった。

 床はゴロゴロと糞玉が転がり、煙を避けてか壁に大小の甲虫が沢山張り付いている。直視をするのはかなりキツイ。


 けれどイグニスの予想の通り、ここには人類の住んでいた痕跡があった。主がいなくなり、そのまま虫が間借りしているのだろう。


 元は家具と思わしき、朽ちた木片。砕けた陶器。そして食器や蝋燭立ての様などの金属まで。しかし何より目を見張るものがある。


「壁画か。背に白い翼を持ち、空に舞う姿。まず天使だろうね」


 そうだ。壁には何か大切な事を訴えるように、絵が残されていた。

 巨大な樹木。空には翼ある者が舞い、地上ではおどろおどろしい化け物が、捧げものの様に果実を掲げている。


 ここは確かに魔大陸だったようだ。だからこそ思う。ここには誰が住んでいて、何を残そうとしたのだろう。深まる謎に、ウンコの臭いも気にならなかった。



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― 新着の感想 ―
いや〜ん。 わ、私はウンコの匂い気になる派です。
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