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399 冒険家




 終わらぬ歴史の授業に途方に暮れていると、狩りに出ていたレイトンさんの相棒が帰ってきた。シェパードに似た凛々しい顔の獣人さんだ。


 困惑する彼に状況を説明すれば、納得とばかりに呆れ顔で溜息を溢す。反応を見るにどうも初犯ではなさそうか。


「もしかして、良くあるんですか?」


「ああ。最初は話に付き合ってもいたのだがな。シュバールの大川で溺れている時にまで嬉々として語るので、それ以来は無視しているんだ」


 うちのイグニスも迂闊に質問をすると長話なので非常に共感出来た。知識は溜め込むと放出したくなるものなのだろうか。ダムかな。


 こちらも似たようなものだと肩を竦めて見せれば、なら良い対処を教えてやろうと、仕留めた魔獣を預けてくる。


 なんだろう。豚のような鼻をした可愛くない生物だった。俺が首を捻っている間にも猟犬は議論に白熱する二人に近づき。ウルサイ時はこうするんだと問答無用の平手打ちをして見せる。


「アウチッ!?」


「教授~!?」


 上がるイグニスの悲鳴。ベシンと景気のいい音と共に、独楽のように回転しながら倒れるレルトンさん。なるほど、相手は完全沈黙である。ほら、静かになったと笑みを浮かべる獣人に、リュカは参考になると真面目な顔で頷いていた。



「ハフハフ。こりゃ美味いな!」


「えぇ……普通に肉を焼いただけなんですけど」


 気を取り直して、俺たちは崖沿いを歩きながら夕暮れまで西に進んだ。

 建物などの人工物は特に見当たらず、砂と雑草の代わり映えの無い風景が続き。今日はここまでだなと野営の準備を。


 猟犬ことペルロさんが新鮮な肉を提供してくれたので、こちらは調理してお返しをする。

 獲物はイグニス曰くネズミの仲間だとのこと。カピバラのようなものだろうか。適切な料理など分かるはずもなく本当に調味料をつけて焼いただけだった。


「そんな事は無い。野営でこんな美味いものが食えるなんて驚きだ」


「私たちは味を諦めて、栄養の摂取を目的にしているからね」


 昨日も堅いパンと干し肉だったと、男二人はささやかな料理に凄い勢いで食らいつく。

 ちなみに使った調味料はヌンパという味噌もどきだ。こう、豆から生成したペーストではあるのだけど、発酵はさせていないらしい。どちらかというとピーナツバターに似たコクと香ばしさがあった。


(誰かさんのスタイルと似ておるわな)


「ああ、そういえば」


 うちにも野営の料理は栄養の摂取と言い張る魔女がいたか。チラリと赤髪の少女を見れば、隠すこともなく「そうだ、影響を受けている」と肯定の言葉が。


「教授は冒険家として多くの自伝を出しているんだよ。記述を参考に色々試したけれど、野営では味は二の次という結論に私も達したね」


「そっか。諦めてたかー」


 俺は内心でホロリと涙を拭う。まさかこの教授が料理を作れなかったのが青汁開発の発端なんて。いや、イグニスならなんだかんだ同じ結論に達する気もするな。


 ここに勇者一行が居れば同意してくれただろうに、思えばリュカもイグニス汁の存在を知らないのだ。今度飲ませてやろうと密かに考えた。


「嬉しい事を言ってくれるものだ。私の活動が少しでも後世の役に立つのであれば、頑張る甲斐もあるというものだよ」


「嘘つけお前は趣味だろ。付き合う俺の事も考えろよな」


 懇親会では名の知れた冒険家と紹介されたが、聞けばレルトンさんはかなりの有名人らしい。浮遊島も初ではなく、世界各地の遺跡や秘境に足を運びまくっているのだとか。


 なんとなくイグニスが憧れるのも分かる気がした。まさに彼女が目指した理想の人生を歩んでいるのである。


「なぁなぁ、やっぱり他の浮遊島はこことは違うのか?」


「良い質問だねリュカくん。ハッキリ言って全然違うぞ。まず浮いている原理から異なるんだ」


「前のは【泳空】だったか。重力が乱れた最低な場所だった」


 なんでもその浮遊島が近づくと、周囲の重力にも影響が出るそうだ。川や海までが空に昇る光景は圧巻だったという。そんな話を聞きながら、俺はあれと思った。何処かで聞いた覚えがあったのだ。


(うむ。【泳空】の魔王、鯨王バハムートは儂が殺したな。なんてことは無い。魔王の座に至った、ただの獣よ)


 確か初代魔王は蛇馬魚鬼くんだと言うし、魔獣が魔王に上り詰める可能性もあるのだろう。しかし本能のままに力を振るうので、時に魔族よりも強大で暴力的な破壊装置になるのだとか。


「文献には面白い記録が残っていてね。ハーフェンの大鯨という逸話さ」


 昔、内海に迷い込んだ小さな鯨が居た。その鯨は進化を遂げる毎に、ドンドンと巨大になり、やがて海が狭くなるほどに巨大になる。いつの日か鯨は広い(そら)に憧れて、自由を求めて旅立った。


 レルトンさんは言う。その鯨の正体こそ泳空の魔王ではないかと。つまり魔王の世界浸食能力は、彼らの夢の果てにあると予想するようだ。ジグはその仮説を聞き、んーと首を傾げる。心当たりがあるような無いような顔だった。


「好きで冒険する人達の気持ちなんて、分からないわねー」


 みなで火を囲み、楽しく冒険談義をする中。隣に座る薄緑の髪の女性がボソリと呟いた。


 冒険家は仕事。理由あって過酷な地へ足を運んでいるわけだが。それでも、流浪の民には。住民権を持たず、生まれながらに彷徨う事を宿命としてきた彼女には到底理解が出来ないと。


「別に理解する必要も無いと思いますよ。ただ彼らは、冒険が好きなだけなので」


「ええ。そうなんでしょうね。だから合わないのよ」


 レルトンさんの熱い口説きは逆にフェミナさんの心を冷ましていたようだ。居場所が無いとばかり丸くなる姿に、なんて声を掛けようかと悩んで。


 彼女は靴に砂が入ったと、脱いだブーツを逆さにして振っていた。その時にふと足元が見えてしまう。瞬間衝撃が走る。白地の靴下はほんのり足裏の形に汚れていた。


 飾り気の無い無地の靴下。それが時間の経過で汚れていく様は、まさに侘び寂び。だが靴下は洗濯するものだ。もう二度とこの状態と出会えないとなれば、今この一瞬を楽しむしかあるまい。すなわち一期一会であり。


「やはり俺も日本人か。千利休が辿り着いた茶の深奥を見た気分だ」


(利休に謝れい!)


 ごめんね利休。どうにもフェミナさんが傍に居ると理性を乱される俺なのだった。

 俺が魔王になれば、脚を出す服装を義務にするのに。



「なかなか気の良い奴らだったな」


 翌朝、もう背中も見えない冒険家達を見送りリュカが言う。態度の軽いレルトンさんだけでなく、相棒のペルロさんも話しやすい気さくな人であった。


 やはり職業柄だろうか。各地を渡り歩く都合、人とのコミュニケーションに慣れているのだと思う。


「私たちはこのまま西に向かうけど、むこうはどうなるかな」


「せめて何事もなければいいね」


 レルトンさん達は違う道を行くそうだ。二班で同じ場所を調査しても勿体無いとのことだが、これはイグニスを冒険家として認めているという事だろう。


 朝一にお元気でと別れるのだけど、共有して置かなけらばならない情報があった。

 ズバリ例の足跡の件だ。三つの謎の足音が西に向かっていると告げれば、神妙な顔つきでそうかと返事をしていた。


「まぁあの二人は数えきれない窮地を乗り越えているんだ。私達は自分の心配をしよう」


「そうだね」


 彼らの冒険譚を聞く限り心配は無用なのだろう。気を引き締めて神殿があるという西の方向に歩き始めて。進行は順調。砂浜のような場所を通り抜け、木の茂る森のエリアまで到達する。


「あん。こりゃあ香水の匂いか?」


 リュカが不愉快そうに顔を顰めた。俺は持ってきていないので、イグニスの物が漏れたのではと勘繰る。嘘だろと慌てて荷物を確認する少女は、しかし無事だと安心した様子で瓶を振ってみせて。


 では誰だと考えた時、森の奥から「きゃ~!」と女の子の劈くような悲鳴が聞こえてきた。正規の冒険家の中で女性は一人だけ。その人は北に向かったというのはレルトンさん達も知っていた。


 つまり、この悲鳴は不法侵入者のものになるのだろう。俺たちはオヤオヤと顔を見合わせた。




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