395 フィーバータイム
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浮遊島が持つ浮力を利用して、楽に山を昇ろうと考えたイグニス。
その地層から削り取った岩石は狙い通りに浮上して、さながら気球にでも乗ったかの様に空に旅立つのだが。
「ぐおおっ……」
思ったよりも速かった。乗った岩はまるで上空へ転げ落ちるように、ガンガンと地面から遠ざかって行くではないか。
身体に風圧が圧し掛かる。キンと耳が詰まる頃には空気も薄れて来たか、体感温度もガクリと下がって。襲う寒さにひたすらと耐え忍び。そして。
(お前さん、行き過ぎとるぞ!)
「いや、分かってるけど……」
岩石にはブレーキも停止ボタンも無い。すれ違うタイミングで浮遊島に飛び移らなければならなかったのだが、機を逃してしまった。
思ったより陸地と距離が開いていたのだ。数100メートルを駆け上ったので、きっとその間で風に流されたのだろう。
どうすればと悩む僅かな時間にも足場の高さは上がり続けて、浮遊島は離れる一方。
まるでエレベーターが天井をブチ破り、そのまま砲弾の様に飛んで行ってしまった気分だった。
とは言え、まだお星さまになるのはごめんである。こうなればワンチャン賭けるしかあるまい。
「みんな、俺に掴まれ!」
バリバリと脚に魔力を流し込む。剛活性に闘気を重ね、全力の迅足で決死のダイブだ。言うや6本の腕が俺の身体に絡みつき、よしと踏み込みんだ衝撃で足場の岩は粉々に砕け散る。
「「「「ひぃあ~~!!」」」」
(カカカ。昇ったり降りたりと忙しいのう)
◆
「……生きてる人ー」
挙手にて生存を確認する。ジグ以外はなんとかと腕を持ち上げて見せた。どうにかギリギリで飛び渡れたらしい。よくやったよ俺。
しかし流石に着地に気を配る余裕までは無かった。みんなして地面に埋まり、情けのない恰好を晒している。というか、これは。口の中に入った砂をペッと吐き出し、周囲の景色を確認した。
「なんだ此処? 砂だらけだぞ」
「砂漠だね」
海も初めて見たという狼少女は知る故も無いか。けれども衝撃は俺も大きい。知識はあれど、生で見たのは初めてだ。
みな怪我の無いはずである。手で掬えば液体のように零れていくサラサラの砂。まさかまさかに浮遊島の大地は砂漠化していたのだった。
「まぁ一部の様だけどね。考えてみれば、地下水なんてあるわけが無いんだ。土が渇いてしまうのも納得する。ただ、この光景は笑ってしまうね」
「そうだね」
これは空に浮き、流される島だからこその景色だろうか。乾きと灼熱の象徴たる砂の丘陵には、あろうことか雪が積もっていた。異なる二つの世界が混ざり合ったような、ちぐはぐな景観に頭が混乱しそうだ。
「なるほど、興味深い。この砂、ただ風化したというには、あまりに大きさが均等だな。まるでふるいに掛けたようだよ」
魔女は念願の浮遊島に到着して、早速探求心に火が付いたらしい。先ほどの俺のように砂を掬いあげて、つぶさに観察をし始める。
変なのだそうだ。大地に浮力が宿るのならば、このように落ちはしないだろうと。俺はへーと心の無い相槌を打つ。手はせかせかと雪を握っていた。
「なら、この砂は。魔力の影響が無い、あるいは浮力が足りないのだね。小石などは浮かび、一定より小さい物が溜まったのがこの砂漠の正体だろう」
イグニスは目をキラキラとさせて考察を語る。恐らく放っておけば一晩中だろうと口を回すのではないか。楽しそうでなによりだ。
俺はウンウンと頷き、食らえとその顔面に雪玉をぶつけた。へへ、雪が降ったらずっとやってやろうと思ってたんだよね。
ぶひぃ。まるで豚の悲鳴のような汚い声が聞こえる。突然の衝撃と冷たさに、赤髪の少女は何が起きたのかと間抜けな顔で困惑し。
「ははっ。それ面白そうだな。オレもー」
リュカの追撃。パンと景気良く顔面で弾ける雪玉に、イグニスは肩を震わせながら「その喧嘩買った」と立ち上がった。戦争の始まりだった。
「イグニスの雑魚肩で俺に当たるかな? ぐべっ」
「隙ありー。敵はイグニスだけじゃねーぞ」
「くっ、二人と運動神経が違いすぎる。かくなるうえは【展開】」
「「魔法は止めろー!!」」
激しい雪合戦は、無関係のフェミナさんまでも巻き込んで。気付けば夕暮れまで続いた。
周囲が暗くなり、はたと正気に返れば、全身が雪と砂で汚れている。
浮遊島まで来て何をしているのだろうと呟けば、お前が言うなと全員が突っ込んできて。悲喜こもごもな笑い声を天空に響かせた。
◆
俺が言うと言い訳に聞こえるかも知れない。けれど浮遊島の根本に到達した段階で日が落ちるのは間近だったのである。
今日の所は到着を喜び、本格的な探索は明日のお楽しみだ。
流石に砂漠で寝るのは嫌なので、見えていた大地にまで移動して野営の準備をした。
(お前さん。そろそろ、いいのではないか?)
「ああ、時が来たな」
ジグルベインの合図を受けてニヤリと笑みを浮かべる。今は火番の最中。普段は頼もしき我が仲間達も、年頃相応の少女の顔で寝息を立てていた。それを確認し、よしよしと自分の荷物を漁る。
何も浮遊島を楽しみにしていたのはイグニスだけではない。それを証拠に、俺はある物を秘密で持ち運んでいた
「あっちゃー。やっぱり割れてるかー」
小さい木箱の中に入れ、布で厳重に包んだソレ。割れやすいからと注意はしたつもりだが、岩石から飛び降りた衝撃には耐えられなかったらしい。まぁ黄身が潰れてなければいいかと、白身に混じる殻を取り除く。そう、卵だ。
「さぁフィーバータイムだぜ」
まずは冷えたフライパンの上に、分厚くカットしたベーコンを2枚並べる。
鍋の底を炙るように火に近づけていくと、どうだ。熱により肉の脂がしっとりと溶け出して来て煙を立て始める。
やがてパチパチと音が聞こえる頃には十分な肉汁が底に溜まり、ベーコンは官能的な薄桃色の身を鉄の上で躍らせた。
(ふぉー。いいのではないか。もういいのではないか?)
「焦るなよ食いしん坊さんめ」
鍋が発する湯気でパンを湿らせつつ答える。ジグは匂いを感じないが、五感で食材と向き合う俺はピークをまだだと判断する。
それはさながら修行。食欲との闘い。鍋の熱により油がジュウと弾け、煙と肉の焼ける香ばしいさが溢れた時に、今だとひっくり返した。
肉の縁を彩る茶色い焦げ跡。自らの脂でテカリと輝くベーコンは、熱が入ることで赤身と脂肪の層をより際立て主張している。この段階ですでに齧り付きたいという欲求が凄い。
(からの~!)
「はいドーン」
ここで虎の子の卵を投入だ。半透明の白身は2枚のベーコンの隙間を埋めるようにドロリと流れ込み、真ん中でプルンと揺れる黄身が、さながら王者のように君臨する。下の肉が焼ける頃には、どちらも良い焼き具合になることだろう。
「だが、まだだ。まだ終わらんよ!」
(な、なんだと)
俺はここで第三の刺客を登場させる。それはチーズだ。
クリアム公国では名物的な品であり、最近の魔女は晩酌の度に様々な種類と銘柄を楽しんでいた。
中々にクセの強い品も混じっていたが、これは俺のお気に入り。味わいはマイルドながらに深いコクがあり。また熱を加えるとトロトロに溶けるにくいやつ。
「これを、こうしてやる!」
(あーいけません! そんなのいけません!)
パンをコーティングする勢いで大量にぶっかけられる黄色いチーズ。そして焼きあがったばかりのベーコンエッグを豪快に載せて。仕上げに塩胡椒をパラパラと塗せばハイ完成。これが天空パンである。
野菜なんぞいらない。美味しい物+美味しい物+美味しい物だ。不味い理由が無いよね。
「オイオイ。君はこんな時間に何を考えているんだい。それはあまりに罪深いぞ」
「げぇ!」
ジグ用に二つに切り分けて、いざ実食という時にイグニスの声がした。
起こしてしまったかなと聞くと、寝付けなかっただけと言われ。それはそれとして腹が空いたなと、赤い瞳はジーと俺の夜食を狙っている。
「…………」
「……食べる?」
「やった」
(お前さん、それはあんまりじゃー!)
うまうまと幸せそうな顔でパンを頬張る魔女。しかし鳶に油揚げを攫われた魔王は、悪霊に成り果てオラオラと拳を振るっていた。俺の分あげるからやめなよ。
「そのさ、ツカサ。ありがとうね」
「今度はちゃんとみんなの分を用意しとくよ」
「いや、夜食もだけどさ……」
ペロリと食べ切ったイグニスは、食後に珈琲を淹れてくれた。浮遊島は地上よりずっと冷えるので、濃くて温かいものが嬉しい。ちびちび口を付けながら、他に何かあったか頭を働かせる。
「君が、何も言わずに付き合ってくれたから」
まるで告白でもするように照れ臭そうに語る魔女。いままでは立場があり、好き勝手な冒険は出来なかった。だから我儘を聞いてくれて嬉しいと。
俺はなんだそんな事かと思いながら言った。
「どうせ騙してでも連れて来るんでしょ」
「まぁね」
バレたかとばかりに表情を崩すイグニス。けれども後に言葉が続かず、沈黙が訪れて。 しばし無言で珈琲を啜るのだが、不思議と彼女とならばそんな時間も悪く無い。
「おい、オレの分はあるんだろうな」
「夜にこんな良い匂いさせないでよねー」
さては間でも計っていたのだろう。静かになった時を狙い、寝床からリュカとフェミナさんが起きてくる。
無いよ、とも言えず。俺は少し早い朝飯の用意に取り掛かった。




