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391 その顔が見たかった



「ジグは読めるの、これ?」


(儂は読めん。こういうのはドゥオが得意だったんじゃがなぁ)


 背後霊の魔王にフーンと返事をしながら、机上にある古ぼけた手帳をパラパラ捲る。

 そこに書いてあるのは象形文字とでも言おうか。洗練とはほど遠く、けれど何かを伝えようとする記号であった。


 読めない。

 というのも当然で。魔女曰く、これは古代文字との事らしい。進化したのか滅んだか。今はとうに忘れられた文化の名残なのである。


「吐け! お前の目的はなんだー!」


「いや、やめてー!」


 はてさて。そんな言語が書かれた物を、盗人のフェミナさんが持っていたのだからイグニスちゃんは大興奮だ。


 なにか浮遊島の事を知っているのではと胸倉を掴んで脅している。先ほどまでは同情を引く為の嘘臭い涙だったお姉さんは、魔女の迫力に本気で泣き出しそうだった。


(お前さん、取り調べならばカツ丼の出番よ)


「そんな物あったら俺が食べたいね」 

 

 とはいえ、そろそろ止めねば話が進まない。俺は暴れ馬を宥めるようにドウドウと赤髪の少女の肩を叩いた。本人も興奮をしている自覚はあったようで、しまったと口をへの字にしながら大人しく席に戻る。


 そうだね。普段ならばカマでもかけて情報を引き出していた事だろう。少し落ち着きなさいと、空いたカップに珈琲のお替りを注いであげた。


「はー。私としたことが少し取り乱したね。ほら、衛兵に突き出されたくなかったら素直に言いなさい」


「すげーな。さらりと脅迫した」


 ニコリと微笑む魔女は、まるで挨拶でもするような気軽さでフェミナさんを脅した。まだ暴走しているのかと思いきや、ぴっと指を立てる姿を見て、詰問する手段を言葉に移したのだと理解する。


「お前には目的があったはずなんだ。でなければ、高級な宿に泊まってまで町に滞在する理由が無い」


「ああ、それは俺も疑問に思ってたかな」


 冒険者の給料ではどうしても足の出る高級宿。そんな所を利用して、お金が無いから盗みますというのもふざけた話だった。


「この女はさ、指名手配を解除して欲しくて君の所に実績証を持って来たけれど。金にならなかったならば、道端にでも捨ててしまえば良かったんだよね」


 それでも証拠を手元に残したのは何故か。やはり実績証を悪用し、貴族と繋がりたかったのだろうと。イグニスはここから古代文字という存在を考慮して、フェミナさんの目的を推察してみせた。


「ズバリ、狙いは探索に集まった冒険家だな。彼らの中には考古学に明るい者も多い。解読か、あるいは価値の分かる者に高値で売りつける為か。それとも手帳には浮遊島の事でも書いてあったかな」


 暴力に怯えていた薄緑髪の女性は、同じ怯え顔でも幽霊かなにかを見たかの様な不気味そうな表情をする。恐らくはどれか一つを言い当てられたのだろう。


 その気持ちは良く分かる。俺も行動を見透かされる事が多いので、つど恐怖を覚えるものだ。しかしそれが契機となったようで、長いこと沈黙をしてきた女性はバレているならばと、ようやく固い口を開いた。


「ぜ、全部よ。私ではところどころしか読めないけど、学者ならこの手帳の意味も分かるだろうと思ったし、値段が付くなら売りつけてやろうとも思ったわ」


「なんて欲望に忠実なんだ」


(カカカ。流石盗賊よな)


 目的を聞いてあんぐりとする俺だが、笑わずに話を聞いていたイグニスは赤い瞳を細めて言う。浮遊島の件はと。そうか、全部という事は手帳には浮遊島が書かれているという事だ。フェミナさんはコクリと頷き告げた。


「ソラニイノレ」


「……それは?」


「この手帳の表題よ。ずっと意味が分からなかったけれど、空飛ぶ島と聞いて。もしやと思って……」


 説明をするには長くなると言われるのだが、ここで止められてもスッキリしない。

 俺は床に座る女性にどうぞと自分の席を譲り、先に注いだやや冷めた珈琲を進める。そうして新しく腰を下ろす場所を探して部屋を見渡せば、ベッドを陣取る狼少女は退屈そうに欠伸をしていた。


「もう少しかかりそうだから、部屋に戻っていいよ?」


「大丈夫だ。でも、事情を聞くのはいいけどケジメはちゃんとつけろよ」


 いかにもヤクザな言い分だ。正義感とは少し違うのだろうが、弱肉強食の国で生まれた少女は罪をあやふやにするなと憤っていた。


 確かに元はフェミナさんの処遇を決める為の話し合い。俺はベッドの縁に腰を下ろし、覚えておくと返事する。


「もう察しているかも知れないけれど、私の遠い先祖は淫魔だったらしいわ。でも弱く、争いを嫌った。だから人に紛れて生活をして、逃げて逃げて。やがて故郷を持たない流浪の民となったの」


 それが何時からかは分からないが、人間と争うのではなく、溶け込む事でひっそり生き延びた種族も居たらしい。彼女の一族も同様だそうだ。


 けれど魔族とバレる度に移動をしなければいけない者に定住は無縁だった。生涯を宛てなく彷徨い続ける旅は過酷で。やがて心がすり減り、いつしか自分達の故郷を求める旅になっていたと言う。


「手掛かりがこの手帳だけなのよ。ろくな財産を持たない私達が、唯一繋いできた儚い希望ね」


「さっき売りつけるとか言ってなかったか。その希望」


 もはや帰る場所も分からずに彷徨い続ける一族。定住したくても住民権が無く、魔族だからと迫害される事を恐れ続け逃げ続ける。


 なかなかどうして他人事とは思えない身の上だった。俺とて運が悪ければ、地球に帰る方法を一生掛けて探し続ける事になるのだろう。世代を跨いでも帰郷を諦めなかったという点は非常に尊敬するのだけど。ふと疑問も思う。


「あの、俺は魔族と人が共存している場所を知ってますけど。そういう所には住めなかったんですか?」


「そうだな。魔族の多い魔大陸に行ってもよかったはずだ。目指すのは故郷であった必要性があるんだろうか」


 俺たちの質問を受け、うぐっと言葉を詰まらせた薄緑髪の女性。そして止めにリュカが核心を突く言葉をボソリと告げる。


「どうせお前と似たような事ばかりしてたんだろ」


 つまり盗みや詐欺を働くので、どちらからも嫌われていたのだろうと。それでなくても魅了という力は扱い次第で危険な物となる。人間関係の構築が苦手だったのかも知れない。


「と、とにかく! 私はこの町に手帳の解読の手掛かりがあると思ってやって来たってわけ!」


「なんだよ期待させて。ただ空っていう一文があっただけか」


 イグニスは手帳を買ってやろうかと冗談を仄めかしつつ、チロリと赤い瞳を俺に向けて来た。その意味をするところはフェミナさんの処遇なのであろう。


 ウーンと頭を悩ませる。追い剥ぎにしても、空き巣にしても被害者は俺だ。彼女を衛兵に渡す権利はあるのだろうが、裁く権利を持ちはしない。ここはやはり法に委ねるのが無難なのではないか。


「俺的には大人しく罰を受けて貰いたいかな。他の冒険者は真面目に仕事してるんだしね」


「実績証は返したじゃない。お願いよ、反省するから見逃して~!」


(この後に及んで往生際が悪い奴よな) 


 ジグの言う通りだ。実績証は返って来たが、服は既に換金済みだろう。しかも空き巣は現行犯。犯罪歴こそ無い様だが、手管は慣れを感じるものだった。きっと常習的に行っているに違いない。


 俺は諦めてと首を横に振る。するとイグニスが、さも面白い事を思いつきましたとばかりに待ったを掛けて来た。こんなのどうだいと耳元でゴニョニョと囁かれるのだが、これまた酷い案であった。


「えっと、フェミナさん。牢屋と空、どっちに行きたいですか?」


「……へっ?」


 究極の二択を突き付けられ絶望の表情を浮かべる女性。その姿を見て性悪魔女は「その顔が見たかった」とケタケタと笑う。そう。イグニスの案は、本当に勇者一行の仲間として浮遊島に連れて行くというものだ。


 俺たち友達だよね。なんて最悪の友情の結び方だけど。ただ一つのメリットがあるとするならば、古代文字の書かれた手帳の存在である。


 大事なのは中身ではなく文字自体。伯爵から聞いた話では、今回の浮遊島は神殿などの文明が残る土地だ。過去の例から時代や文化は想定出来るけど、手札は多い方がいいと。そしてなにより。


「どっちも嫌よ~!!」


 罰になる。



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