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388 王の居ない国



 夜になり、俺は恐る恐るに女子部屋の扉を叩いた。中からは「どうぞ」と魔女の気負わぬ声。簡単に入室を許されるのだけど、怒られると分かっていれば扉は重く。


 まずはそぉ~と開いた隙間から、顔色を伺うべく覗き込んだ。赤髪の少女は「なにをしてるんだい」とそんな俺の姿を見ながら苦笑している。


 今は晩酌の最中か。長椅子にどかりと座り、葡萄酒の入ったグラスを回していた。見慣れた姿ではあるが、相変わらず16歳には思えぬ貫禄だ。服はピンクのパジャマだけどね。


「あー実はイグニスに……」


「し~」


 謝らないといけない事があるんだ。そう話を切り出そうとすれば、イグニスは口を窄めて指を立てる。チロリと動いた視線を追えば、ベッドの上ではもう狼少女が気持ち良さそうに寝息を溢していた。


「仕事で疲れたのだろうね。夕食後に寝そべったと思ったら、そのままぐっすりさ」


「リュカも頑張ってるんだ」


 狼少女の寝顔を眺めてほっこりしていると、イグニスはまぁ座りなさいよとばかりに自分の隣を叩く。俺はその誘いを断って対面の席に腰を下ろした。


 真面目な話をしたいという意思表示のつもりだったのだけど、魔女は赤い瞳を楽し気に歪め。耳触りの良い声でこう囁いて来る。


「どの件で謝りに来たんだい?」


 俺は目を大きく剥きながら下唇を噛んだ。まさか全部バレているというのか。いや、そんなはずはとブラフを疑うも、机の下では膝がガクガクと震えた。無いとは言い切れないのがこの女の怖い所だ。


「ま、まぁ謝りに来たのは確かなんだけど」


「わざわざ私に酒が入る時間を見計らってな」


(カカカ。行動が完全に把握されちょるの)


 事実である。俺は少しでもお叱りを避けようと晩酌の時間を狙った。酒を進めるべくおつまみセットまで持参している。降参ですと土産を差し出しつつ、素直にごめんなさいと頭を下げた。


「どこで気付いたの?」


「帰って来た君が実績証をしていないのは一目で気付いた。そしてちぐはぐな服で、宿の鍵まで無くしたと。そこに露出狂の話を聞けば、もう答え合わせだね」


 本当に全部ご存知であったか。貴族街まで駆け回ったあの苦労はなんだったんだ。両手で顔を覆うや、羞恥でホロリと涙が出てくる。


 魔女は俺の持って来たチーズを早速に口へ運びながら、追い打ちを掛けるように事情の説明を求めてきた。


「当然聞く権利はあるよな、おい?」


「ぐぬぬぅ」


 あるのだけどこの悔しさはなんだろう。イグニスが知りながら泳がせていたのは、まさにこの状況を作るため。俺の不幸を酒の肴にするつもりだったのだ。


 吐いて楽になりなよ。聖職者が懺悔を進めるような台詞だが、言う者によってはまるで悪魔の誘いで。固い口を解すべく、差し出されたグラスに赤い液体が注がれていく。


 敵わないなぁ。ワインで喉を湿らせながら、長くなるよと今日の出来事を1から物語った。一応ズタさんの事はなるべく隠して。


「……君は毎回予想を超えて来るね」


(カカカ。自主規制は天才的な閃きじゃった)


 イグニスは眠るリュカに配慮して大声では笑わない。けれども震える腹を必死に手で抑え込んでいる。当然、液体を口に含める状況では無く。やがてピークを越えたか、はぁ~と長い溜息を吐き出していた。


「そんな経緯でさ、預かっていた家紋を取られちゃったんだ。本当にごめんなさい」


「はい、良く言えました。まぁ大事に扱ってるのは知ってるからね。奪われたというのなら強くは責めないよ」


 以後気を付けるように。意外やイグニスのお叱りはそれだけで終わってしまった。もっと烈火の如く怒ると思っていたので、こちらとしても拍子抜けである。


「……怒らないんだ?」


「一番気に食わないのは君が色仕掛けに引っ掛かった事だ」


「面目無い」


 だがそれでは収まらないのが俺である。勿論、反省の意味での謝罪ではあったのだけど、状況を詳しく話したのは、この魔女の知恵を借りる為だった。


 どうしたら実績証を取り戻せるかなと相談をすれば、イグニスは脚を組み直して顎に手を当てる。


「そうだねぇ。仮にさ、男を魅了出来るなら、金に困ると思うかい?」


「んん?」


 言われて考える。確かに相手の心を掴めるならば、金持ち達に幾らでも貢がせる事も可能かも知れない。けれど俺がパンツまで剥がれた事実。あの女はお金に苦しんでいるとしか思えなかった。


「んふふ。矛盾するね。なら正解は、魅了の力は微弱。そうだな、若干に興奮を促す程度なんだと思うよ」


「いや、けど」


 使い物にならない能力だと言われるが、実害にあった身からすれば肯定しづらい意見だ。なにより被害者は少なくとも二人いるので、十分に実用的なのではないだろうか。反論をすればイグニスは唾でも吐き掛けそうな顔で言ってきた。


「それは君達の性欲が強すぎたんだ」


(カカカのカー!)


 目を覆いたくなる無慈悲な言葉だった。ふざけるな。俺の身に宿るパトスは少し背を押されただけで暴走するほどの化け物だと言うのか。


「それだと俺が性獣みたいじゃないか。認めない。認めないぞ」


「うるさいケダモノ。要は案外魅了の力は弱いということだよ。だからこそ、冒険者なんてやっているんだろうさ」


 他の町でもトラブルを起こして居られなくなった。あるいは似た行為を繰り返して放浪している。しかし町に入れる以上は指名手配されるほどの大きな事もしていない。


 イグニスは相変わらずの洞察力で、僅かな情報から犯人の経歴や思想を読み取っていき。ならばと次の一手を予想した。


「自信はあっても小心者。残念だが町から逃げ出す可能性が高い。君達の騒ぎで警備も厳しくなったしね」


「そんなぁ」


 はじき出された結論に大きく落胆した。考えうる最悪の行動だったからだ。街中でさえ広くて探せないのに、捜索範囲が国となれば、もはや回収は絶望的だろう。


 だが、このままだとねと言葉尻に付け足されて。俺がガバリと顔を上げれば、魔女はニチャリとなんとも歪な笑みを浮かべていた。



 そして翌日。今日も元気に……いや、重い足取りで冒険者ギルドに通うリュカを見送って。さてとと洗濯から帰ってきた皴一つ無い礼服に袖を通す。


 俺が全裸で町を疾走している間、イグニスは手紙を書いてこの町の貴族にアポを取っていた。まずは礼儀として町長である伯爵の元へ挨拶に向かうそうだ。


 やはり準備は男の方が早く終わるもので、予約した馬車の前でお嬢様を待ち。やがて宿から出てくる白いドレスの姿に首を捻りながら馬車までエスコートする。


「なんか気合が入ってる恰好だね。行くのはパーティーじゃないんでしょ?」


「うん。ただ気になる話を聞いてさ。なんでも浮遊島の件で大公子が滞在しているのだとか」


 この国には王が居ない。代わりに治めるのは公爵なのだ。故にクリアム公国。

 差別化の為にその公爵は大公と呼ばれているそうで。つまり大公子というのは、他の国で言う王子に該当するのだろう。


 どうやらイグニスは、町の尋常ではない混み具合を最初から疑っていたらしい。なので空いた時間で調べたそうだ。蓋を開ければ、市民は王族を一目見ようと盛り上がっていたとの事である。


「客となれば、迎えるのは町長の可能性が高い。もし館に滞在しているならば、出くわす事も考えないとね」


 ははぁ。念には念を入れて正装でも格の高い服を選んだのか。確かに空ぶっても文句は言われないだろうしね。


 馬車に乗りながらイグニスからそんな事情を聞くのだけど。俺は窓の外を眺めながら、少し別の事を考える。昨日通った道だなぁと。けれど高級住宅街に向かうならこういう偶然もあるのだろうか。


「おいおい……」


「どうしたんだい?」


 やがて着いた先は、見たことのある屋敷であった。というか、まさに忍び込んだ場所だった。トクンと心臓が高鳴るのを感じる。


 そして屋敷に案内されて見かけた、その人物。本当は伯爵への挨拶を優先すべきなのだが、俺は気付けば若菜のような黄緑の髪をした、真面目そうな風貌の男性に駆け寄っていた。相手も瞬時に理解をしてくれたようで、俺たちは同時に口を開く。


「「き、君の名は?」」



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前前前世から僕は 君を探し続けたよ〜♪
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