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384 混み合う田舎



「おおっデッカ……」


 馬車の荷台から空を眺めて息を呑む。遠目からでは浮かぶ小島程度の考えだった。けれどどうだろう。近づくにつれて印象は変わり、ほぼ真下に着く頃には意見を完全に改める。


 この浮遊島、すごく大きいです。


 細長い三角形をした島の形状は、端から端までの距離ならば幾つもの都市が収まりそうな程に長大で。数百メートルに及ぶ分厚い地層。まるで山脈がそのまま浮かんでいるかのような逞しさと重量感。


 そんな物体が頭上に浮かんでいるのは異常であり異様。まさに特異点であった。


「ん、なんだ?」


 同じように空を眺めていた狼少女は何を察したか、目を細めて山頂を凝視している。その視線の先は山と島が接触している部分だった。


 やがてビシリと下にまで届く大きな音がした。岩盤には大きなヒビが走りながら一部が崩れていく。


 だが破片は落ちて来るどころかプカプカと浮上してしまう。もはや冗談とも思える光景だ。きっと軽くなった分だけ島も高度を上げたのではないか。


「あー。島の重量を考えれば接地面には相応の負荷が掛かるだろうね。なるほど、道理で年々小さくなっていく訳だ」


 風船のように飛んでいく瓦礫を間抜け顔で見上げていると、それを尻目に赤髪の少女がうんうんと頷いていた。そうか、これでも切れ端なのだ。本体は一体どれほど大きかったのだろう。


「オレ達、本当にあそこに行くのか?」


「まぁその為にこの町に来たんだしね」


 俺たちは海に沿い南下する予定だった。けれども勇者との約束を放り投げて東に直進している。ラシアスという浮遊島に最寄りの町を目指したのだ。


 リュカが町の名前を聞いてくれただけあり、目標を定めた移動はスムーズだった。なので一応は到着しているのだけど。 

 

「肝心の入門はいつになることやら……」


 手綱を握る魔女が少し苛立ち気に呟いた。とにかく人が凄いのだ。

 来た時にはすでに門から長蛇の列が出来ていた。仕方なく最後尾に並ぶのだけど、いつの間にやら背後に列は続き、蛇の尻尾はまだまだ伸びていく。


「なぁツカサ。暇だし遊び行かねえ?」


(うむ。駄犬にしては名案よな)


 浮遊島にあまり興味の無いリュカは、飽きたのか早々に視線を地上に戻した。彼女の瞳が捉えるのは門の付近に展開する影市場だ。


 町の中で商売を出来ない人間が、ここぞとばかりに露店を出している。その賑わいは既にちょっとしたお祭り騒ぎ。心惹かれる誘いではあった。


「そんな事をしたら後で酷いぞ」


「大丈夫だよ。行かないって」


 頬をフグの様に膨らませる魔女に苦笑いしながら答えた。どうにも遊びへの信用は薄いようだ。流石に仲間を一人で列に並ばせるような真似はしない。


 よろしいと頷いた少女は、けれど行けないなら呼ぶかと。さながら「へいタクシー」と言わんばかりに手を掲げ、馬車の列を練り歩いている売り子に声を掛けた。


「イプミーヌ売ってるんですがお嬢さん達もいかがですー?」


 なるほど。すぐさまにタヌキの獣人が近寄ってくる。聞き慣れぬ名前にどれどれと首から下げた番重を覗くのだけど、やはり初めて見る食べ物だった。


 何だろう。大きな葉で魚の塩漬けをパフェの様に巻いている感じだ。俺は面白いねと、横から値段を聞いた。返事は銅貨5枚である。


「高けえな!」


 リュカも食べ物という事で興味があったのだろう。値段を聞いて吠えていた。まぁぼったくり価格だよね。これが市内ならばもっと具沢山の品が半値で買えると思う。


 しかし影市場ならこんなものか。まだ町に入れない人間の足元を見ているのだ。証拠にタヌキはエヘヘと愛想笑いを浮かべながら揉み手をする。


「しょうがない。三つ頂戴よ」


「へい毎度~!」


 ちょうど臨時収入があったばかりなので買ってあげた。だが支払いをと財布を探れば、先に魔女が小銀貨二枚を手渡していた。


「釣りは要らない。何故こんなに混んでいるのか、知っていたら教えてくれ」


 イグニスは軽食が目当てではなく、行列に業を煮やして情報収集を始めたらしい。

 そんなの浮遊島の見物客だろうと思うのだけど、タヌキは知らないで来たのと目を丸くして言う。


「あの浮遊島を視察に貴族様が大勢お越しなんですわ」


 話を纏めれば、このラシアスという町はぶっちゃけ田舎だそうだ。そこに浮遊島が流れて来たせいでお偉いさん達が集まって来た。


 町長は見栄もあり周辺の町から品質の良い物を買い漁るのだけど、それが噂になり人が集まっていると。貴族の経済効果は凄いな。


「ふぅん? まぁ冒険家は一旦この町に集まるだろうから理屈は分かるが……」


 タヌキを開放した魔女は、それでも腑に落ちないようで、買った軽食を齧りながら思考の海に沈む。


 俺も邪魔をしまいと荷台で寝転びながらイプミーヌなるものを食べた。

 塩漬けの魚は特筆すべき事は無いけれど、巻いてる葉が面白い。まるで板チョコのようにパキパキとした食感だった。



「いやぁ疲れたな」


「本当にね。入るだけで一苦労だった」


「お前らなんでそんな平然と……」


 だらりと椅子に座り寛いでいると、狼少女が困惑していた。具体的には、敷かれた綺麗な絨毯を踏む事が出来ずに入り口で立ち尽くしている。まぁ気持ちは察しよう。俺も初めての時は汚したらどうしようと考えたものだ。


 ここは貴族用の高級宿だった。

 そりゃこれだけ町に人が集まれば宿は埋まる。近隣の安宿含めて総当たりしたのだが、結果は惨敗だった。リュカは最悪野宿をすればいいと楽観的な事を言うが、諦めきれないのがお嬢様。ならばと意地で部屋を抑えた。


「いつまでも固まって無いで、こっちに来い。これからの話をする」


「……はい」


「あまり実感湧かないかも知れないけど、イグニスは貴族のお嬢様だよ」


 狼少女はこれが?と示すもので、俺はうんと肯定する。真顔で終わってるなと呟いたのでハハハと笑顔で濁した。ダンと机が叩かれた。


「この前も少し話したけれど、まずは後ろ盾を探す。私もこの国に深い伝手は無いから、とりあえずパーティーなりに顔を出して名前を売るんだ」


「ああ、そこからになるのか」


 タヌキが田舎というだけあり、ランデレシアやシュバールの大使館も無いらしい。

 つまりイグニスの立場は他所の国の貴族の娘。かろうじて勇者一行という名はあるが、肝心の勇者が居ないのだから添え物程度だと。


「うん。けれどもう冒険家候補が集まっているならば都合は良いね。町長に挨拶をした後で紹介して貰うさ」


 知り合いが居ないならば作るだけ。相変わらず行動的というか、目的まで一直線な考えだった。俺は実にらしさを感じつつ、自分の役割を把握する。一緒に貴族を回ればいいのだろう。


「オレは?」


「宿代は出してやるから、せいぜい稼いで来い」


「……はい」


 役立たずの烙印を押されたリュカはくぅーんと首を垂れた。貴族と付き合うなら礼服や作法は必須となる。彼女の出番は無いのだった。そんな狼少女をよしよしと慰めつつ、そうだと用事を思い出した。


「長期滞在になるなら、一度冒険者ギルドに顔を出したいんだけど」


(おお、転移者探しか)


「なら明日行って来たらいいよ。私も最初は手紙で伺いを立てなければならないし、買い出しもしたいから」


 では解散という流れなのだが、イグニスは礼服を今日中に宿の洗濯に出せと言ってくる。彼女も荷物からドレスやワンピースを取り出していた。確かに暫く着てなかったもんね。


 よし、やる事はいっぱいである。



 そして翌日、リュカを冒険者ギルドに送り届けて、予定の通り掲示板に張り紙を出す。

 冒険者が飽和状態だからか奇跡的に労働は免れた。ならば残りの時間はイグニスと買い出しにでも行こうかなと考えながら、宿に戻るべく歩き出し。


「ねぇ、そこの素敵なお兄さん~」


(お、お前さん?)


 路地裏から聞こえる甘い声。影から伸びる白い手がヒラヒラと振れて誘っている。

 俺は視線をチラリと向けただけなのに、気づけば足は吸い込まれる様に建物の間に向かってしまい。


「あっれ~!?」


 まるで狐に化かされた気分だ。寒空の下、全裸で打ち捨てられていた。



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