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382 君も今日から冒険者



 薄暗い部屋の中、俺はそいやと二人の少女をそれぞれのベッドに投げ捨てた。

 軋むスプリングなど無いもので、薄いマットはドシンと音を立て埃を立てて。それでもピクリともせぬ姿は、まるで死体遺棄でもしていると錯覚をさせる。


「はぁ……まだリュカに酒は早かったか」


(カカカ。とても15歳の台詞とは思えんな)


「まぁね」


 魔女の酒に付き合っていたら、いつの間にか自分も呑兵衛だ。しかしここは異世界。未成年に飲酒を禁じる法は無かった。


 だからこそ気にもしなかったのだけど、流石に配慮はすべきであったか。甘めの飲みやすいお酒だった事もあり、気付けばリュカは随分と酔っていた。それはもう、顔を真っ赤にしながらずっとニャーニャーと頬擦りをしてきた。


 おまけに肩を貸して店を出れば、うっぷと嫌な声と共に頬を膨らませて。ええ、景気よくぶちまけてけれましたとも。明日の朝に記憶があれば黒歴史になることは確定だろう。


「ふぅ俺も苦しいや」


(あれだけ食えばのう)


「いや、本当にジグに交代したかったくらいだよ」


 両手がやっと空いたので愚痴を溢しながらランタンに明り灯す。炎が照らすのは、人の気も知らずスピーと可愛らしい寝息を立てる少女たち。こちらも酔いが回っているので早く部屋に戻りたいのだけど、しょうがないもう一仕事だ。


 乱れる着衣と寝相を心なしか整え、足元から靴をずぽりと引き抜き。最後に身体へ優しく毛布を被せる。最近は冷えてきたからね。ついでだし寝覚めの水も用意しておこう。


 簡単に介抱を終えて、はぁと息を吐きながらイグニスの枕元に腰を下ろした。

 すっかり膨らんだ自分の腹を撫でる。苦しい。なのでコイツめと元凶である赤髪の少女の鼻を弾いた。不快そうに額に皺を寄せる姿に俺は思わず笑みが浮かび、僅かに留飲が下がる。


 メニューを示し「ここからここまで」なんて格好いい注文をした本人は小食だった。頼みの綱のリュカもご覧のあり様。机いっぱいに並べられた料理は、ほとんど俺一人で片づけたと言っていいだろう。頑張ったんだよ。

 

 更には気持ち良く寝落ちしてくれたお陰で飲食の代金まで立て替える羽目になって。まさに踏んだり蹴ったりというやつだ。


「まぁイグニスもそれだけ浮遊島を楽しみにしていたんだろうな」


 大森林の踏破と空島の発見が重なり、きっと楽しい酒だったのだろう。はしゃぎながら早いペースで酒が進み、瓶7本で落ちた。十分飲んでいるのだけど、ここまで無様を晒すのは、ナンデヤでフィーネちゃんの活躍を聞いた時以来である。


(しかし、お前さんが勇者との約束より冒険を優先するのは意外じゃった)


「ああ……」


 ジグは遅刻を承知で寄り道する事に違和感を覚えたらしい。確かに空に浮かぶ島は魅力的だけど、きっと自分だけならば合流を選んでいたと思う。俺は真面目だからね。


「一緒に怒られるくらいはしてあげるよ」


 ランタンの火を消す前に魔女の赤髪をくしゃりと撫でた。この子には、ありがとうという言葉では足りないくらいに感謝の気持ちがいっぱいだ。だから行きたいと言うならば空だろうと足を運ぶさ。


 もう俺達の旅だもんね。ランタンの火をふぅと吹き消し、真っ暗になった部屋におやすみと残した。さぁ、俺も寝よう。



 そして翌日。


「おっはよう!」


 朝の清々しい気分を表す様に爽やかに挨拶をしてみる。しかし返事は無い。ただの屍のようだ。昨晩は俺が戸締りをしたので鍵を持ちっぱなしで。なので扉を勝手に開くのだが、死体は蘇って居なかった。


「ぬぁああ。昨日のあれは違うんだ。違うんだー!」


「うる、さい。ぶち殺すぞ!!」


「ははは。これは酷い」


 片や布団に丸まり顔も見せない狼少女。片や額を抑え、この世の終わりでも来たかのような顔をする魔女。酒は用法用量を守らなければ破滅を招くという良い例である。教科書に載せたいね。


 俺はやれやれと肩を竦めて、とりあえず元気そうなリュカの布団を剥ぐ。とっくにアルコールは抜けただろうに少女の顔は変わらず赤く。普段は男とも取れる端正な顔が、どうしてちゃんと女の子に見えた。


「体調は大丈夫? 頭痛とかしない?」


「……大丈夫。気分は最悪だけどな」


(カカカ。であろうにゃー)


 リュカは無事。ならばイグニスちゃんはどうかなと瞳を向けるのだけど、聞くまでも無さそうか。身体強化をかけながら力無く横たわる姿は、まるでベルモアの檻に囚われている頃の俺そのもの。つまり駄目だ。


「宿の延長してくるから、今日はもうゆっくり休みなよ」


「すまない……午後には動けるようにするから……」


 無理に身体を起こそうとするイグニスを手で制した。ちょうど俺もやりたい事を閃いたたのである。


 思い出すではないか。ナンデヤでも魔女は二日酔いに苦しみ1日空いた。その時は虎男を連れて冒険者ギルドに行き、労働の尊さを叩き込んだものだ。


 俺は小遣いに苦しむリュカに笑顔を見せて言う。ちょっとお金稼ぎにいこうか、と。

何も知らない狼少女は首を捻りながらも曖昧に頷いた。


「おいツカサ、これ何処に向かってるんだ?」


「大丈夫だ。俺を信じて付いて来いって」


 経験上、冒険者ギルドは町の入り口付近にある事が多い。初めて来た町なので土地勘はないが、こっちにはそれを補う経験則があるのだ。


 門の付近で何処かな何処かなと看板を見上げなら歩き。ビンゴ。見つけましたよ、鳥さんマーク。少しデザインは違うが、この国にも存在するようで安心だ。


「ふーん。ここで仕事を貰えるのか」


「馬鹿垂れ、警戒を怠るな!」


 気負いなく扉を開こうとした少女を一喝する。ヒッと背筋を伸ばしたリュカに代わり、俺は扉をそぅっと開けて中を覗き込んだ。なるほど、なるほど。今回はこういうパターンね。


 飛び出してくる人攫いは居ない。しかし受付までの両脇にポージングをした男達が石像のように立ち並んでいた。さながらマッスルロードと言ったところか。眼が合えば即座に勧誘されそうな圧がある。


「良し、行こうか」


「何も良くねえじゃん!」


「逃がさん!」


 扉の奥の景色を見て少女は即座に逃げようとした。だが、俺は腕をガシリと掴み逃走を許さない。リュカはまだギルド登録をしていないから、いきなり襲われるような事は無いだろう。たぶん。


「ベルモアだと勝手に仕事が出来たんだろうけど、人間の町だとそう簡単に仕事は見つからないよ。最初はみんな、ここで貰うんだ」


 それが旅をする者の流儀である。俺だってそうして来たし、何気にイグニスすら登録だけはしていたりする。なにより、お金にあまり余裕は無いのだろうと諭した。


 ベルモア硬貨の価値が低いならば、相対的にリュカの所持金も少なくなるという事だ。遅かれ早かれ貯金が尽きるのだったら、早いうちに働き方を覚えておいて損は無い。頑張ろうぜとポンと背中を叩けば、リュカは覚悟を決めたか受付のお姉さんの元に進んだ。


 今日も何処でもニコニコ笑顔のお姉さん。正直、これだけが冒険者ギルドの救いだよね。俺もついでだし日本人の目撃情報を募集しようかと思ったのだけど、明日には町を発つので、またの機会にすることに。


「いらっしゃいましー」


「この子の登録をお願いします。他のギルド証は無いですけど、魔力使いです」


「ん。よろしく。今日出来る仕事が欲しいんだ」


 お姉さんはハイハイと手慣れた動作で準備を済ませた。まずは定番の魔力確認なのだが、リュカは無事に地属性の魔石を光らせる。ちゃんと魔力使いと認定され、ギルド証とおまけのクズ魔石が発行された。


 登録料というよりは板の代金なのだろうが、掛かる費用は銅貨5枚。狼少女は若干不貞腐れた様子で、これで足りるかと財布から銅貨を取り出す。


「……はい、ちょうどですね。では今日も一日頑張ってください」


 ベルモア硬貨に一瞬目を丸くしたお姉さん。けれどもウインクをしてそのまま受理してくれた。これにはリュカも気を良くしたようで、オウと元気に応答し。


「よーし。おいツカサ、この後はどうすればいいん、だっあぁ!?」


 出来立てのギルド証を見せびらかす様に振り返ったリュカは、こちらを見て固まった。

 そしてさながら犬の様に牙を見せて威嚇する。俺が既に筋肉野郎共に確保されているからだ。首に腕に腰に、逃がすものかと男達がしがみついていた。


「後は勝手に職場までさらっ……運んでくれるよ。ねっ簡単でしょ?」


「お前さては、騙したなー!?」


「フハハハ。頑張ろうなリュカー」


(なんて晴れ晴れとした笑顔よ)


 触るなと抵抗する少女だが、数に圧されて筋肉に屈した。俺はその様子を担がれながら見守る。肝心なのは諦めの心だぜと思いながら、犠牲者。いや仕事仲間が増えた事が喜ばしい。ウェルーカム。君も今日から冒険者だ。



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