380 行けば分かるさ
道の先に見える木漏れ日から、森の終わりが近い気配は感じていた。
だからこそ後もう少しだと体に鞭を打ち。ガタゴトガタゴトと辛抱強く馬車を進め。
その時は来た。
何処まで行っても延々と生えていた樹木の列が消え失せて、視界がパアと開ける。気付けばすっかり季節は移り、目前に広がる草原には薄茶に乾いた枯草がそよそよと揺れていた。
ああ、枝に邪魔されぬ青々とした冬空。地平線の山並みは遠く、空っ風がピュウと頬を撫で。全身がブルブルと震える。
(ピコリン。ツカサは大森林踏破の実績を得た)
「うわーん、やっと抜けたー!!」
俺は天に両手を掲げて大きくガッツポーズをした。疲れはしたが、この胸に満ちる達成感こそは冒険の醍醐味だ。荷台にも声が届いたかイグニスとリュカの二人がどれどれと顔を出した。
「おお本当だ。いやー広い森だったなぁ。10日以上掛かったぞ」
「それはシシアの里からだろ。実際はその倍だ」
久しぶりの拓けた風景を眺める二人の顔は、喜びよりも疲労のほうが大きそうか。やっと森から出れたというのは全員共通の感想らしい。特にイグニスはベルモアに行っていない。森から出たのは実に一か月ぶり以上だ。
大森林。名前に恥じぬ広大な土地だったぜ。
横断しようと言われた時は、アホかと思ったのだけど。獣の国に妖精パニックにと色濃い体験をして。過ぎてみれば、これも良い思い出になるのだろう。なるかな。
「確かこの先はクリアム公国だっけ。次の王子は一体どんな性癖なんだろうね」
(まだ見ぬ王子を当然のように変態扱い)
森を抜けたし一息入れようかとも思ったのだけど、遠目にはすでに町が見えた。どうせなら布団でゆっくり寝たいと、馬車をかぽかぽとゆっくり前進させる。日が暮れる前に着きたいものだ。
「と言ってもクリアム公国は通り過ぎるだけなんだけどね。暫くはずっと海に沿って南下だよ。そこにあるのがフィーネ達と合流予定のエルレウムという町。そして海峡を渡った先が君の目指すシェンロウ聖国だ」
イグニス好みの話題だったか、興味あるかいと御者台に身を乗り出して来た。シュバールでの勉強の成果だろう。名物や特産は調べてきたので任せろと言い張っている。相変わらずの頼もしさに苦笑いが漏れた。
「へー。海か。オレ見たこと無いんだよなー」
「そういえば、結局付いてきちゃったなお前。ここから先はどんどんベルモアから離れるだけだぞ?」
「んなこと分かってるよ。里でツカサとも話した」
「ふぅん。そうかい。なら私は何も言うまいよ」
リュカも暇なのかイグニスと同じく荷台から身を乗り出して来た。俺を挟んで会話するものだから左右から声が聞こえ若干うざい。というか暇ならどっちか手綱持つの代わってよ。気を紛らわせるべく会話に加わる。
「大森林を出てからじゃ遅いと思ったから、里を出る前に意見は聞いたんだ」
「まぁここまで来て放り出す訳にも行かないからな」
シシアさんの隠れ里は精霊を始め人木という魔族まで匿っていた。ならば人狼のリュカが身を潜めるには、実はうってつけだったのである。妖精事件で危険に巻き込んだだけに、俺はここに残ってもいいのではないかと選択肢を提示した。
そしたら灰褐色の髪の少女は、端正な顔をニイと力強い笑みに歪めて言った。
「もっと強くなる為に、外の世界に行くんだってさ」
酷い理由にさしもの魔女も、なんだいそれはと呆れてみせた。
世界への挑戦。リュカは勇者一行の冒険譚に憧れたのではなく、人面樹や赤鬼などの強敵との死闘に魅入られていたのだった。
戦闘狂のような言い分ではあるが、彼女が勇気を振り絞るのは父親に認められる為だと知っているから。外の世界は強敵だらけだよと太鼓判を押してしまった。
「それに、オレはセレシエの姉ちゃんからお前らの面倒をしっかり見ろよって言われてるしな」
「えっ?」
素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまう。どう考えても伝える人選を間違えていると思ったからだ。水臭いな俺に言ってくれれば良いのに。一丁前に問題児の魔女までもが疑問に思っているらしい。
「……ツカサは何か言われたか?」
「いや、俺はお元気にって言って普通に別れた」
ちなみにセレシエさんとは隠れ里の最寄の町で別れている。
そこまで同行してくれたのは、里の復興に向けて人や物資を借りる為だ。実はこの馬車もその町で戴いた物だった。シシアさんがくれると約束していた馬車は樹波で壊れたからね。
牽くのは商人達が使う馬車よりは随分と小型で、長さは2メートルほど。ちょうどベッドを引っ張っているくらいに近いか。三人で使うには手狭だが、野営でも屋根のある場所で寝れるのは嬉しかった。
「お前らさ……本当に心当たりは無いのか?」
「と、言われてもな」
セレシエさんがリュカに俺たちの面倒を託した件だろう。剣呑な声色なので、はて何かしたかと記憶を探る。
火番をしている時に松茸似の茸を見つけて、つい炙ってみたら毒ガス騒ぎを起こした事か。それとも、誤って作動させた食獣植物に蜂の巣があり、命からがら逃げ出した事か。はたまた四つ顎のクワガタムシを採ったら、脱走してリュカの鼻を挟んだ事か。
大森林は変な植物が多いので、割とトラブルは茶飯事だった。おや、意外と思い当たる節があるぞ。俺は目を細めながら、そっちはどうと魔女に心当たりを聞いてみる。
「私は特に無い。セレシエに怒られた事は、魔法の練習で草原をボヤ騒ぎを起こしたのと、魔草を密採しているのがバレた事くらいだ」
「それは十分だと思うな」
まぁいつも通りだねと笑いあっていたら、狼少女は使命感を帯びた顔つきで「オレがちゃんとしなきゃ」と呟いていた。
◆
「ああ、地理の話に戻るんだけどさ。クリアム公国を、このまま東に直進するとノーキンという場所に着く。その北側はもう魔大陸への入口だよ」
「へえ、もうそんな所まで来てたんだ」
暫くしてイグニスにボコの手綱を代わって貰った。けれど折角新しい国に来たのだし、御者台に残って魔女の話相手をしていた。
そんな時に話題に上がるノーキンという土地。名前を聞いて思い出したが、シエルさんに御使いを頼まれている場所だ。行けば分かると言われて肝心の内容も知らないので、すっかり忘れていた。
けど大事なのは、もう魔大陸の話が出るくらいに近づいて来た事か。ならばこのクリアム公国にはもう一度訪れる事になるのだろう。
「次はフィーネちゃん達と一緒に来れるかな」
「ふふ。そうなればいいね。今の魔大陸に二人……いや三人で行くのは少々心細い」
そうだねと頷く。シシアさんからは、最強の魔王を落とすべく魔族達が活発になっていると聞く。どうなっている事やら。
話のついでにイグニスにどっちの方向なのと聞くと、彼女は陽で方角を確認して「あっちだね」と指で示した。俺はへーそうなんだと相槌を口にしたまま、あんぐりと顎を開く。。
「イ、イグニス。俺の目がおかしくなった訳じゃないよね」
「げへへ。ああ、大丈夫だ。私にもしっかり見えているよ」
最初は山の出っ張りだと思っていたのだけど、馬車が進んで見る角度が変わった。すると、その出っ張りには下を支える土台が無い事に気づく。
それはさながら、木の枝に引っ掛かる風船だった。空に浮かぶ大きな島が、風に流されたか山に引っ掛かっているのである。
高度はおよそ1000メートル程か。山より低い位置にあると天空の島と呼ぶのは躊躇いがあるが、巨大な陸地が宙に浮かぶのは十分に異様で。
俺は思いを馳せた。あそこに文明はあるのか。あの場所から見る景色は一体どんな光景なのかと。魔女は疑問に答えるべく言う。
「行けば分かるさ!」
かんそう




