38 買い物に行こう
一週間開けてすみませんでした。急遽出張が入ってしまいまして……
広い食堂にカチャカチャと食器の音だけが響く。
10人は座れる長机に座るのは俺とアトミスさんの二人だけ。ついでに音を立てているのは俺だけだ。
紫髪の妖女はこれぞ手本とばかりに音を立てる事も無く黙々と朝食を進めている。
詰襟の白い軍服姿が何とも様になる人だ。姿勢と行儀が良いのだろう。正装を見事に着こなすだけの風格というものがある。
そんな人と二人きりの席というのは非常に気まずい。会話が無いのはまあいい。それを除いても余りに場違いなのだ。
服装規定のある高級レストランにTシャツとジーパンで何故か入れてしまったような、そんな息苦しさがある。
イグニースどこ行ったー!!
「少年」
「はひっ!」
しまった。声が裏返ってしまった。
俺がモタモタしている間にもアトミスさんは食事を終えたようで、今は食後の一服のようだ。気にせず食べてくれと言うが気にしないのは無理だろう。
「君はイグニスの恩人らしいね。感謝するよ」
はて。俺はイグニスに何かしただろうか。考え込んでいると城で悪魔と戦った時の事だと教えてくれる。
あれは助けたうちに入るのだろうか?どちらかと言うと命を救って貰ったのは俺だ。嫌な記憶を思い出し、左手は自然とお腹を擦っていた。
「だいたいの話は昨日聞いた。いやあの従妹を手懐けるとは大したものだ」
手懐ける?俺がイグニスを?今度こそ俺は本気で頭を悩ませた。
昨日劇を観に行っている間に二人は会談していた様だが、何かとんでもない誤解。或いは差異的な情報を流されているのではないか。
「そんな君だから告白しておこう。今のイグニスの立場は私のせいなんだ」
アトミスさんの話では貴族というのはどうやら世襲制らしい。親の爵位を子に譲るという形だ。イグニスも兄が領主を継ぐだろうと言っていたので何となく分かる。
「では、他に兄弟が居た場合、継げなかった方はどうなると思う?」
どうって、あれ?どうなるのだろう。爵位がないのでは貴族の生まれでも貴族ではないのだろうか。するとイグニスは平民という事になるわけだが、あんな態度の大きい平民が居ていいのだろうか。
「はは。いや、そうさ。まだフランが後を継いでいないから、今でこそ領主候補であるが、イグニスの将来は平民と言う事になる」
思えば貴族の出と思わしきガリラさんも普通にハンターの仕事をしていた。なるほどと納得すると、アトミスさんはこの館の使用人は全員が貴族の家の出だと言う。跡継ぎ以外はそもそも最初から誰かに仕える教育をされるのも珍しくないようだ。
「では、何故私は家長の椅子でふんぞり返っていると思う?」
真っ当に考えれば一人っ子だから継ぐべくして継いだ、だろう。
しかし、この誰かさんに似た赤い瞳。人を弄んで悦に浸る性悪な眼はよく知っている。
「奪ったんですか?」
答えは返ってこない。しかし吊り上がる口元が正解を示す。
ああ、色々と見えてきた。イグニスはいじらしく兄を立てているのに父親が警戒する理由。貴族は面倒だと不自由に嘆く少女の慟哭。
近親に前例が居たのだ。イグニスからの信頼を見るに手段は正当な物なのだろうが、それは有能な少女の認識を危険人物へと変える程度には大事件だったのではないか。
「……軽蔑するかな?」
自責の念か、むしろ罵倒を望む様に挑発をしてくるアトミスさん。しかし俺は特に返答に悩む事はなかった。
「イグニスを舐めすぎです。アイツは壁があれば壊せる人間です」
そう。俺の様にウジウジと部屋に籠る性質ではない。悲劇の令嬢なんて似合わないし、俺が同情していいほど弱くはない。
イグニスが魔法で壁に穴を開けた時の事を思い出す。
痛快だった。自分には絶対に真似出来ないと思った。恰好良かった。
「現に今、立派な家出娘でしょう?」
俺と出会わなければあるいは勇者一行として旅をしている未来もあったのだろうか。
どうあれ、これだけは確実に言える。
あの炎の魔女をその程度の事で閉じ込める事は出来ないのだ。
「はは。あはははは! なるほど確かに、確かになぁ!」
一頻り笑うに笑った妖女は、さてと、と腰を上げ席を立つ。
「楽しい時間だった。お礼というほどではないが、イグニスと一緒に騎士団に遊びに来なさい。君も戦士ならば良い刺激になるだろう」
そう満足気に微笑む顔の赤い瞳はどこか優しく、そして悲哀を含んでいた。
俺は思う。きっとアトミスさんは家督を奪う時にイグニスがどうなるか理解していたのではないか。
ならば聡く優しい人がどうして。疑問はあるが、きっと貴族は面倒。その一言に集約されるのだろう。
アトミスさんが去った食堂では俺一人がポツンと食卓に取り残された。
会話で食が進まなかった訳だが、無表情なメイドが早く食えよとばかりにジトーと視線で圧を掛けてくる。
いよいよ気まずくなった俺は残りのパンを口に頬張りスープで無理やり嚥下して早々に席を立つのであった。ごめんなさいごめんなさい。愚図でごめんなさい。
◆
食後は時間を持て余したのでイグニスの部屋を訪ねてみた。
王都を回ろうと思えば幾らでも回れるのだけれど、騎士団はコネでも無いと見学出来ない気がしたのだ。魔力使いの訓練が見れるならば何かしら得るものはあるのではないかと思う。
そうしてイグニスの部屋をノックしているが反応が無い。食事にも居なかったし、もしかして出かけているのだろうか。
(いや、寝ちょるわ。叩き起こせい)
ジグの必殺壁抜けが発動する。本当にプライバシーが無い。でも部屋に居るのならば遠慮はいるまい。
「イグニスー! 朝だよー?」
声を上げながら扉をガンガンと叩いていると、やがてノブがガチャリと回った。
ドアの僅かな隙間から覗いたイグニスは暴れる髪を気にもしないで虚ろな目をしている。如何にも徹夜明けという態で、もしかしなくても先ほど寝付いたばかりなのではないか。
「なんだよ?」
声から伝わる不機嫌さと見て取れる睡眠の不足に、遊びの誘いをするべきか思索したが、そうする間にも赤い眼の温度はどんどん下がっていく。
「あ、後で一緒に騎士団に行かない?」
「嫌だ」
言うが早いか扉は閉められた。
駄目か。そう思い背を向けると、再びガチャリと音が聞こえて。そこには顔だけを扉から出している赤髪の少女の姿が。
「それは午後からでもいいのかい?」
「お、おう」
「当然私の用事にも付き合ってくれるよな?」
「お、おう?」
「じゃあ午後まで私は寝るから起こさない様に。あ、目覚めにはプリンが欲しいな」
「……」
ニヘヘと笑いながら言いたい事を言って引っ込んでしまった。なんて横柄な平民だ。
(カカカ! あやつまだ根に持っておったか!)
「まぁあれはジグが悪い。暇だし作ってやるか」
昨日屋敷に帰ってから俺は早速プリンを試作したのだ。厨房を借りて料理長に相談しながら何回かの失敗を経てプリンは完成した。手伝ってくれた料理人や使用人の人達にも味見をして貰ってその完成度は折り紙付きだ。
当然イグニスの分もあったのだけど、ジグルべインに替わったのが運の尽き。ジグってば俺の分とイグニスの分の三つも平らげてしまったのである。
その程度なら拗ねもしないと思うが、止めにアトミスさんが食べれぬ魔女の前で食レポをかました。
「んーこのお菓子は良いな。見た目も良いしなんて滑らかな食感だ。卵の濃厚な味と牛乳の風味がまた旨い!はっはーそしてこのソースよ。このほろ苦さが甘いプリンと絡まると各段に甘さを引き立てる!」みたいな感じでグルメ漫画みたく誇張しまくったのだ。
さすがにぐぬぬと唇を噛む少女。
未知のお菓子プリン。その存在は今イグニスの中で膨れ上がっているのではないか。食べないほうがいいかもね。
◆
「はぁん。なるほど、それで騎士団なわけか」
約束通りに拵えたプリンとついでに作ったフレンチトーストを頬張りご満悦な少女。
意外にも騎士団に顔出すことに反対は無かった。やはり先ほどのはタイミングが悪かったのだろう。
「イグニスは夜更かしして何してたの?」
「ああ、魔法を開発してたら止まらなくてね。今度面白いのを見せてあげるよ」
フフフと魔女が笑う。聞かなければ良かった。直感が告げている。これは絶対にろくでもない奴である。
「しかしアト姉の許可があるとは言え白百合は城内だからなぁ。登城するとなればそれなりの装いが必要だが……」
チロリと赤い瞳が向く。ないないと手を振る。高価な服であればジグのローブを持っているがあれは羽織るものだ。
「なら今日は買い物だね。どうせなら一着くらいは良い服を待っておくといいよ」
「ちなみに幾らくらいするのさ」
「んー質によるが、安物なら金貨二枚もあれば一揃えできるさ」
軽く言ってくれるが金貨二枚は10万である。今着ている服はルギニアで買った古着で3千円のものだ。
一着はゴブリンの血で駄目になったし、もう一着も生地が薄いのか俺が酷使しているのか、もうボロボロだ。どうせ買い換えるならばお金のある今のうちだろうか。
「分かった。まずは服を買いに行こうか」
「うんうん。それなら私が見繕ってあげよう。格好よくしてあげるぞ」
そう言うイグニスだが、当人の恰好と来れば大体がワンピースの上から外套と帽子を纏った魔女スタイルだ。
それも黒い外套に黒い帽子。最初は魔法使いの服装なのかと思ったが、コイツ以外はフランさんにしろプロクスさんにしろそんな分かりやすい姿をしていない。
つまり趣味なのだろう。何というかセンスの知れる話である。任せたら黒づくめにされてしまうのではないだろうか。
「おい、何でそんなに悲しい眼をしているんだよ!言いたい事があるなら言えよ!」
「イグニスは美人だから何でも似合うなと思ってさ」
そうだ。イグニスは素材が良いから野暮ったい外套から真っ赤なドレスまで着こなすが、コイツにコーデされたら俺は中二病の痛い姿にされてしまうのではないか。
「ちなみに俺ってどんな恰好が似合うと思う?」
「うーん。やはり黒だな。下半身を細く決めれば長いコートも絵になるだろう」
向けられる真っ赤な目はそれは真剣で。珍しく含みのない純粋な目だった。だからこそ逃げ出したかった。




