377 閑話 アリファン諸島1
ギラギラと眩しい太陽。高く白い雲。澄んだ青い空に、沸き立つ赤い海。
漂う空気は鍋で煮られているかの様な異常な気温で。風が肌を撫でれば焼ける程の熱風でした。
なるほど。これが常夏の島ってやつなんですね。
我々勇者一行は、いよいよサラマンダーの住まう土地、アリファン諸島の入口に到着しました。それを祝福するように今日も山がチュドンと煙を吹き出し噴火します。
「おー。またどっかで火を噴いたのか」
「みたいなのだわ。これからその中心に向かうと思うとウンザリするわね」
ヴァンとティアは、空に昇る灰色の煙を眺めていました。
反応が薄いですね。二人も最初こそ驚いていたのですが、もう慣れてしまったのでしょう。道中では海底火山の噴火にも巻き込まれましたから。
対しカノンは。青く長い髪を結った女は、至極真面目な表情です。
流石は年長者。新しい島に到着し浮かれる私達とは違い、気が引き締まっているようでした。
「げへへ。見てよフィーネ、男の子がすっぽんぽんだわ。丸出しよ」
「阿保か、聖職者オラァ!」
真面目に裸を鑑賞していた女を蹴飛ばします。
確かに街中は男性も女性も薄着が多いようでした。これも気温のせいなのでしょう。水場で遊ぶ子供達は、もう服すら着ていません。
「ほらほら、気合入れてよね!」
私は注目と手を打ち、みんなの視線を集めます。
正直なところ、今回はあまり時間が無いのです。シュバールの船団に運んで貰っている都合、私達が行動中は大勢を待たせてしまうのですよね。
ナハル宰相は気にするなと言ってくれるのですが、それはそれ。お世話になっていて、寄り道までさせています。最短で済ませるのが筋でしょう。
「ティア、行動指針を!」
「ええ。まずはヴェルグ火山の入山許可を取らなければね」
「だね。本来はエスターテ国の王様に挨拶するべきなんだけど、まだ遠いから。せめて領主様には挨拶しないと」
方針は船での移動中に話し合ったので、ティアは淀みなく答えてくれました。なるほどと頷くヴァンとカノンは本当に聞いていたのかな。
という訳で早速移動を開始します。馬は船に積んだままなので、道端で馬車を捕まえました。こういう時に思うのはシュバール硬貨の信用の強さですね。広く貿易をしている為か、寄る港なら確実に使う事が出来ました。
「うわっ見てみて。面白そうなものがいっぱいあるわよ」
馬車に乗るやカノンが興奮した様子で市場を示します。また子供のおちんちんでも見つけたのかと思いましたが、単純に市場の違いに驚いているようですね。
私達は既にいくつもの港に寄っているので、外国の品もそれなり見てきました。それでもここは生態系が独自なのか、売られている食品などはガラリと色を変えています。
私の目にふと入ったのは一凛の花でした。なんと花びらが燃えていて、まるで火が花弁を作っているかのようなのです。
「へぇー確かに珍しい物がいっぱいだね。あの花はなんて名前なんだろう」
「あれは火炎草ね。火の魔力があると燃え続けるの。葉や茎は香辛料としても有名よ」
すかさず答えてくれるティア。シュバールでもエルフが育てているから、食べた事があるはずだと。私はそうなんだと軽く返事をするのですが、この女は最悪の記憶を呼び覚ましました。
「ええ、ほらあの激辛料理とかに……」
「その話は止めろー!!」
ティアはあの悲劇に見舞われていないから簡単に言えるのです。証拠に忘れかけていた記憶を掘り起こされ、ヴァンもカノンも悲痛な顔でお尻を抑えていました。
うんうん。そうだよね。アレは辛かったね。
私なんて廊下でふと催し、お腹に手を当てていたら、ツカサ君に出会ってしまい。その瞬間の彼の。「あっ」と何もかもを察したというあの表情。もう殺してくれと思いました。
「にしても、こんな場所なのに結構活発な街だよな。港も混んでたしよ」
窓に張り付いて街の様子を眺めるヴァンが言います。
船でしか移動出来ない孤島ではあるのですが、それが信じられないくらいに人が入り賑わっているからでした。
実のところ、アリファン諸島にはこの町しか存在しないので人口が過密するんですよね。他の島は海底から吹き出した溶岩が積み重なった火山島で、まだ何も無いのです。これにはティアも苦笑いを浮かべていました。その話も説明あったもんね。
「なんか金剛石が取れるらしいわよ?」
意外や少年の疑問に答えたのはカノンでした。ちゃんと聞いてたんだ。
まぁそういう事なのです。星の真芯から噴き出すというヴェルグ火山は金剛石を地表に運びます。そもそも溶岩の噴火というのは多くの地下資源を運んでくれているのだそうで、金剛石以外にも様々な宝石が採れるそうでした。
「そんな理由だから不法採掘とか絶対駄目だよ」
「不法で思い出したのだけど、エルツィオーネはちゃんと入山許可を取ってるのかしら?」
ティアの言葉を聞き、私はピシリと固まります。そういえば、こんな辺境に何度も訪れている迷惑な一族が居ましたね。
他人ならば勝手に捕まり殺されてしまえと思うのですが、何の因果か、賢者の子孫は再び勇者一行に名を連ねているのでした。領主に挨拶する時にそれとなく聞いてみようかな。
◆
「「あひゃひゃひゃ!!」」
「笑わないで、これ下手したら国際問題だよ!」
館を出ると同時、笑い転げるヴァンとカノンに、私は声を荒げてしまいます。
勇者一行は領主の元に赴き、無事に入山許可を取れました。ですがその時、領主はこの土地の伝説を教えてくれました。
「頭が痛くなるわね。なによ、赤い人伝説って」
スティーリアは眩暈を抑えるように額に手を当てていました。そう、私はその反応が欲しかったの。共感してくれるのは一人だけでした。
曰く、この島には20~30年置きに海外から赤い人が訪れるそうです。性別や年齢がバラバラでも、必ず赤髪で赤眼の人間なのだとか。
その人物の姿が目撃されると、数日後に火竜の住まう場所、ヴェルグ火山が大噴火をするそうでした。あろうことか災害を伝える為に現れる火竜の化身として信じられているのです。
領主は先代の時にも町に現れたので、自分の前にもそろそろ現れるだろうと興奮した口調で語っていました。犯人そいつだよ。
「というか、名乗って無いのは絶対問題になるの分かってるからだよね」
私は、この島がもはや特異点に近いほどに異常活性している理由を察しました。
恐らく最初は、火の精が住まう程度にただ火の魔力が豊富な場所だったのではないでしょうか。
けれどその後、定期的に火竜を刺激しに訪れる馬鹿共が居たせいで、ドンドンと土地の魔力が濃くなり、高まり、こんな環境を作り上げてしまったのです。宝石が採れて賑わっているから、まだいいものの。なんて業が深い一族なのでしょう。
「ひぃーお腹痛いわ。先代の赤い人って、つまりプロクスさんでしょ。なにやってんのよもー」
「だな。真面目な顔しても所詮はイグニスの父親だったってわけだ!」
「ここではエルツィオーネの名前は禁句にしよう。いいね?」
いつまでも笑い続ける二人を引っ張り、買い出しに向かいました。
やはり現地人の話は聞くものですね。この猛暑なので薄着で居たくなりますが、ヴェルグ火山はほぼ岩場。足場の石が焼かれたように高温になっているから絶対に薄着ではいけないとの事でした。
ついでに領主さんは私船を貸してくださるそうです。
私達が乗ってきた大型船では海底が浅いので移動出来ないのだとか。
なにせアリファン諸島は、溶岩が積み重なり出来た土地。まだ噴火が続くならば、将来には一つの島になるだろうと仰ってました。エルツィオーネが滅びない限りそうなるでしょうね。
「まあ次にイグニスと会ったらお説教は確実として。まだ気合が入らないなら置いていくよ?」
「はっ、冗談だろう。ツカサと違って、気の引き締めどころくらい知ってるてんだ」
借りた船に積み込みを終え、さあ出発。そんな時に私は皆に声を掛けました。
長い間のんびりとしていたので、少々弛んでいるのではないかと思ったのです。けれど少年の眼を見て不安は消えます。
常在戦場、とでも申しましょうか。海から唐突に魔獣が襲ってくる船旅は、緩みながらでも常に警戒を怠らない技能を与えました。
根が真面目なティアはともかく。ヴァンもカノンも、街中ではふざけた態度をしながら、実は完全には無警戒では無かったのですね。私は宜しいと頷くや、カノンに船の錨を上げさせました。
「さて。ここまでは順調だけど、どうなるかな」




