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362 上位互換



 さあ問題です。上は大火事、下は洪水。これな~んだ? 正解は、上級妖精の操る千手蜘蛛でしたー。


「なんて言ってる場合じゃ無いな、これは!」


(おお、とうとうセルフノリ突っ込みまで習得しおったか)


 魔王は芸に磨きが掛かっていると褒めてくれた。ありがとう。でも、ふざけるのは時と場所を考えて欲しいものだ。


 俺とイグニスは「少し時間を稼いでくる」と格好よく怪物の前に姿を晒し。秒でこれは無理だと戦線を放棄していた。シシアさんの家から離れるように来た道を逆走している。


「はぁはぁ。なあツカサ、私スカートなんだけどさぁ」


「だからなにさ」


 脇目も振らぬ、とはこの事なのだろう。反撃は考えず、走り辛いなぁとチラチラ眺めてくる魔女も無視をして、まずは距離を取る事だけを優先した。


「――BAHHH!!」


(ふーむ。にしてもこの姿はまるで……)


 なにせ相手は到底植物だと認知したくない動きをするのだ。根を蜘蛛の足じみた動きでワサワサと迫る様子は、さながら大洪水。奴は触手という波に乗るサーファーの様に俺たちに接近して来る。


 その足元はどうだ。鋭い根が高速に地面を叩くものだから、足場の植物ごと土が派手に舞っている。まるで耕運機にでも追われている気分だ。あんなのに巻き込まれたら耕されてしまうことだろう。


「ぬあっ!?」


 だが、そんな矢先にイグニスが転びかけた。周囲は薄暗く、足元は草木が茂ってる。走る環境としても確かに劣悪なのだが、彼女の場合は服装と日々の運動不足が加算されていた。


「ああ、もう。仕方ないな」


 俺は地面に倒れる前に赤髪の少女を拾い上げ、しがみついていろと背に乗せた。そこに反省の色は無く、待っていましたとばかり即座に腕と脚が絡められる。


「ふへへ。君なら必ず助けてくれると信じてたよ。ほらほら、攻撃来てるぞ。きりきり走りなさい」


「うふふ。そんな事だろうと思った。せいぜい太ももで力強く挟んでくれよ」


(お前さん達、さては余裕あるな?)


 あればいいんだけどね。何より問題なのが敵のリーチだ。千手観音像の様に伸びる無数の腕は伊達じゃない。一度動けば、それこそ炸裂した花火の様に襲って来た。


 一本でさえ丸太が高速で飛んで来たかの様な質量攻撃。それが弾切れの無いマシンガンの如く放たれるのである。


「ぎゃーイグニス、何とかしてー!!」


「やってるよ。くそっ、硬い。私の火炎槍でも止められるのは腕一本か……」


 密林が爆撃にでも巻き込まれたかの様に崩壊していく。妖精とは自然の化身のはずなのに、奴の存在が一番の環境破壊なのではないか。


「ジグ、まだ距離は開かないの?」


(むむむ。いや、速度はお前さんが上なのだがな)


 俺はイグニスを背負ってからというもの剛活性で全力で走った。魔力防御にものを言わせ、多少の枝などの障害は強行突破したのだ。それでも止まない攻撃に疑問を抱く。もしや距離が稼げていないのかと。


(奴もリーチを伸ばして来ておるのだ……)


「うそん……」


 思わず振り返ってしまった。するとそこには、最初より幾分腕を伸ばした千手蜘蛛の姿が。なるほど、やはり相手は植物。伸びる分には幾らでも調整が効くという事か。


「ん?」


 そんな時、数本の手が俺の頭上を通り抜けて見当違いな場所に攻撃をした。

 腕が長すぎて精度が落ちた。そんな理由ならば良いのだけど、人面樹と戦った経験値があるので行動の意図をすぐに理解する。


「鬼ごっこは嫌いらしいね」


「そのようだね。さて、どうしたものか」


 道の封鎖。俺の行く手に先んじて杭のように刺さった腕は、爆発的な勢いで成長してあっという間に堅牢な壁になってしまった。


 ただの木ならばともかくイグニスの魔法に耐える強度だ。少しでも破壊に手間取れば瞬く間に残りの腕で袋叩きに合うだろう。


「イグニス、何か分かった?」


「……少しは見えて来たけれど、攻略法まではな」


 それでも魔女は見えて来たものもあると。じゃあもう少し情報を集めようか。俺は剛活性に闘気を重ね、応戦の準備を整えて。


「AHHHHーー!!」


 来た来た来た。さながら部屋の隅に追い詰めたゴキブリを叩き潰すが如く、全面包囲の連打が襲って来る。


「ちっ。これならどうだ!」


 嵐の様な攻撃に抗うべくイグニスの手から魔法が飛んだ。爆炎槍。火炎槍の上位互換技は、迫る10本ばかりの腕を破壊して僅かな空間を生む。瞬間、その様子を見た俺は相手の意外な隙を発見することになる。


「なるほど」


 やはり試して見ないと分からない事もあるものだ。俺は蹴りで殴りで雨の様な攻撃を払いながら、タイミングを見て伸びる腕の一本に飛びついた。


 抱え込み、全力で引っ張れば根本からブチンと千切れる木製の腕。それはもはや、長大なバットに等しく。


「うんにゃー!!」


 渾身の力で振り回してやった。するとどうだ、多すぎる腕は少し軌道がズレただけで互いに接触しあい、玉突き事故を起こす。逸れていく攻撃を見て、俺は内心やったぜとほくそ笑んだ。


(カカカ。なかなか豪快な発想じゃな)


 自爆のダメージは大きかったようだ。一撃で腕の3割近くが損傷したらしい。雑な顔文字な頭部も心なしか悲痛な表情をしている。……気がする。


「まず一つ。あの姿は木人形と同じだ。つまり、中の上級妖精を倒さない限りコチラの攻撃は通っていないと考えていい」


「へっ?」


 まるで当たりと言わんばかりに壊れた部分が復元をした。いや、相手は反省も出来る様だ。蔦を絡める様に腕を束ねていく。本数は減るのだけど、その分、一本辺りが太くなりより攻撃力が増しれいた。俺は悲しい表情をした。


「あー。聞きたくないんだけどさ、後は何が分かったの?」


「そうだね。人面樹は聖剣から魔力を得ていたが、アレはどうかな。自前か、あるいは土地の力を使っているのだろう。フィーネのように回復上限を探ってみるのもありだけど……」


 奴が上級妖精ならば森の木の本数ぐらいは生えてくるのではないかと。更に、森は森でもこの大森林の化身だとしたら、途方も無い回数になる。魔女は乾いた声でそう告げた。


 俺は元気満タンになった千手蜘蛛を見てウンザリする。つまりは勇者一行全員で倒した人面樹の完全上位互換。倒すのであれば、それこそ一撃で森を破壊する火力が必要であると。


「ジグ達はあんなのとどう戦ってたの!?」


(そりゃ、森を吹き飛ばすくらいの攻撃で)


「聞いた俺が馬鹿だった」


 魔王クラスではスケールが違い過ぎて話にならなかった。質量を増した剛腕を掻い潜りながら、どうするどうすると、現状を打破すべく必死に脳みそを働かせる。闘気ならばまだ攻撃を弾けるし、回転数が落ちたぶんで、なんとか凌げるだろうか。


「いや、そうでもないな」


 太い腕の背後に再びニョキリと多数の腕が生えてくる。木人形でも感じた事だが、妖精自体は戦闘経験が少ない。いまも体の性能を含め試し試しで戦っているのだろう。


 これはヤバいと額を冷や汗が伝う。実の所、勝負になっているのは人面樹との戦闘経験が本当に大きい。本来は動かない木という相手の行動が読めるからだ。


 その中で、俺はやって欲しくない事があった。先ほど壁を作った様に、縦だけでなく横にも伸びて空間を制圧してくる事である。これをやられたら最後、いずれ身動きが取れなくなり物量で圧殺されるだろう。


「え、嘘。アイツなにしてるの?」


「馬鹿な。多重にもほどがある。いや、下級妖精に思考を分割すれば可能なのか?」


(ほーまるでネズミの国のエレクトリカ●パレードじゃな)


「いいかジグ、そのネタは二度と口にするな」


 千手蜘蛛は俺の想定した最悪の更に上を行った。無数の腕を、孔雀の羽の様に広げたのだ。そして腕の一本一本が、如何にもこれから魔法を行使しますよと魔力の輝きを放っている。


 薄暗い密林で茶色、青、緑と光る姿は電飾を施したようではあるが、まあ綺麗と感心する事など出来はしない。


「これは、本当に無理だな……」


 実際は千本の腕というのは盛り過ぎなのだが、百本以上の腕で魔法を行使するのは間違いない。躱すことは不可能と判断した俺は、腕で頭部を守り、全力で魔力防御を施した。


「いや。ツカサ、後3歩退がれ!」


「!!」


 千手蜘蛛の放った魔法の光で視界がチカリと一瞬眩んだ直後の事だった。イグニスは何を考えるか、足元に向けて火炎槍を打ち込む。


 疑問を感じる前に身体を襲う浮遊感。落ちている。そう理解した時には、ぼちゃりと水に包まれた感覚がした。そうか、川が樹波で埋もれていたのである。突然のことで鼻から水が入って痛い。呼吸も辛い。だけど水から顔を出す気にはならなかった。


 頭上ではピカピカと魔力が迸る。もはや地表を薙ぎ払う勢いか。水中に居ながらも衝撃と炸裂音が体を揺らした。危ない、あんなの受けていたら死んでたな。


「~~~!!」


 けれど生きている。これは一度接敵しておいて正解だったのだろう。時間も稼いだし、情報も得たし、このままトンズラしよっと。



出張までに予約投稿出来ました!

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