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360 まだ見ぬ脅威



「セレシエ。里の外に知らせは出しているのか?」


「すまない。出していないはずだ。確かに一人くらいは走らせるべきだったな」


「いや、責めているわけじゃなんだ。援軍の可能性を考えていただけだよ」


 狼少女の嗅覚を頼りにシシアさんの自宅を目指している最中。俺が枝を払って道を作っていると、背後からはそんな会話が聞こえた。


「まぁ無理だろうな。人木(トレント)は移動に向かないし、エルフでも戦える奴は限られてる。セレシエ達をこっちに送ってくれただけでも感謝すべきだ」


「むぅ。そうか。考えてみれば馬も無いもんな」


 外から追加の戦力が来る事を期待するイグニス。声色から駄目元でという感じだが、希望はばっさりと刈り取られていた。


 考えてみれば、この花園密林は陸の孤島のようなものだ。本来が隠れ家という扱いもあり大森林の奥深くに位置している。相応にエルフ達の町とも距離があるので、異常を察して応援が来るまでにはかなりの時間を要するだろう。


 加えて内部戦力。それももう一杯一杯である。村人達を守る戦力は必須だし、外に拠点を作るのであれば、やはり男手は欲しいところ。余裕があれば里の奪還に協力はしてくれるはずだが、あまり期待はしない方がいいと思う。


 つまり、妖精との決着はここに居る5人でなんとかしなければならない。分かっていた事だが、うちの魔王が原因という事もあり重圧で胃が痛んだ。それよりもだ。


「もしかして、イグニスはなんか嫌な予感がしてる?」


「まぁ少しばかりね」


 中級妖精の操る木人形という驚異が現れた。それでも皆で協力し、なんとかこの密林も半分を超えた所だ。順調と言えば順調な今に戦力を求めるということは、魔女は良からぬ未来を想定しているのだろう。


 俺がそう言うと、隣で道案内をしてくれるリュカがゴクリと唾を飲む。まるで、これ以上何があるんだよと言わんばかりの表情だった。


「まだ確信じゃないんだ。たださ、中級妖精が来た時期が気になった。そんな戦力があるのならば、最初からガンガン投入してきたと思わないかい」


 背後から聞こえるイグニスの声に静かに頷く。妖精女王の怨念は凄まじいものだ。躊躇なく里を巻き込むだけでも、それは伺えた。だからこそ魔女は、しなかったのではなく出来なかったのだと読む。


「つまり、なんだ。出来るようになったというならば、事態は刻一刻と悪化をしているんじゃないかと?」


 振り返りイグニスの顔を見た。灯り役として手に火球を維持する少女は、真面目な顔でその可能性もあると言う。


 この緑が過密し、進み辛い密林も。罠の様に潜み襲い来る食獣植物も。最初から時間稼ぎの為の囮だとするならば。


「妖精の女王ってのは食獣植物みたい性格してるな」


(カカカ。違いない)


 まるでイグニスの様だ、と頭に過ったのだけど言葉にしていないからセーフ。だが不意に「オイ」と本人に声を掛けられて肩が飛び跳ねた。務めて挙動不審にならないように、どうしたのと返す。


「今何か聞こえなかったか?」


「え、そう?」


「聞こえた。あっちだな」


 聞き逃した俺に代わりリュカが答える。狼少女は頭上の犬耳をピクピクと動かしながら、闇に手を伸ばした。嗅覚の凄さにばかり注目していたが、同様に聴覚も優れているのだろう。その方角を確認したシシアさんは、里の中央の方だなと呟く。


「まるで獣の咆哮の様に聞こえた。何か心当たりは?」


「待て待て。突然言われてもな。中央か……」


 少しばかり考えこんだ老エルフは、思い当たる節があったか「やばい」と渋い顔をする。

 なんでもこの里では地脈の力を扱う様に、世界樹の魔力を少しばかり拝借し生活していたようだ。中央にはその為の魔法陣の起点があると。


「なんでそんな大事なことを先に言わないんだ!」


「しょうがないだろ! すでに花が寄生しているなら、世界樹の本体を狙うと思うじゃねーか!」


 イグニスとシシアさんが歯を剥き出しながら互いを威嚇している。さながら獣同士の喧嘩を見ている気分だ。俺は人間に戻れと魔女を抱え込み、それがどんな意味を持つのかと尋ねる。


「そうだな。私も人の事は言えないが、肝心な事を見落としていたようだ」


 ピンと人差し指を立てた赤髪の少女は語る。妖精の目的が女王の開放とする場合、奴らは里に疑似的な妖精界を作り出す必要があると。


 限りなく本物と同質な空間を作り、更にヴァニタスを鍵とする事で、牢屋を開く。

 言ってしまえば、無理やり扉を用意して虚無への出入り口にしようとしている。そこまでは先程聞いた話だ。


「だが、大規模な魔法だ。ならば魔力だけでは足りない。魔法陣なりの用意がいるのだろう」


「そういう事だな。奴らは手っ取り早く、今あるものを流用してるんだよ」


 シシアさんはイグニスに相槌を打ちながら、苛立ち気にゲシゲシと木の根を踏んずけていた。なんだかんだ植物を愛するエルフ族。らしくない行動を見て、俺はそういう事かと納得した。


「もしかして、この密林自体が魔法陣なの?」


「「そうなる」」


(わ、儂も知ってたわー)


 知恵者二人の声が被った。神酒で力を得た妖精が、真っ先に樹波で里を飲み込んだ理由こそ魔法陣の乗っ取りだったのだ。この密林自体に意味があると言われ、修復作用を持つ意味も納得出来た。そりゃ壊されたくないよね。


「仮にこの密林が、妖精界に近しい存在だとしよう。ならば、それはどんな意味を持つか。考えてごらん」


 相も変わらず遠回りな言い方をするイグニス。リュカは早速に分からんと思考を放棄するが、俺は言葉の通りに考えてみた。


 言わばここは、アクセスポイント。近隣の妖精達が虚無を通じて出現出来る、仮初の楽園だとしたら。


「とりあえず。なんで妖精がいっぱい居るのかは分かった」


「そうだね。妖精で溢れかえるんだ。密度が高まる毎に上位が現れ、いづれ中級どころか上級が現れるだろう。そしたら私達だけで勝てるかどうか……」


「――BBBAHHHH!!」


 と、イグニスが不安を口にしている時に密林が揺れた。今度は俺もはっきり聞こえる。まるで強風で葉が擦れ鳴るような、自然の叫び声とも思える強烈な咆哮だった。


「「…………」」


「イグニスが嫌な事を言うから……」


「私は可能性を口にしただけだろう!」


 とりあえず上位存在の召喚を止めるのは手遅れのようだ。鳥の鳴き声一つしない静かな密林だったのだが、一転し猛獣でも解き放たれたかの様な緊張感が走る。


(上級妖精か。手に余るようなら、すぐに儂に代わるのだぞ)


「そ、そんなにヤバいの?」


(うむ。妖精には明確に格が存在するのだ。上級は最低でも森単位だな)


 イメージをするならば下級は木、中級は林、上級は森なのだとか。木人形は複数の食獣植物を纏めて操る程度であの実力。ならば森の規模を操る妖精の実力やいかに。


「む、無理だ。上級妖精なんて、本来敬う存在で戦う相手ですらないぞ」


「カッカ。若いなセレシエ。俺たち混沌軍はそれこそ女王とも抗争したもんよ」


「流石ですね、シシア様! ならば上級妖精にも勝算が!?」


「こんな時、母ちゃんが居てくれりゃあなぁ……仲良くしとくんだったぜ」


 いい年してマザコンとも思える発言だが、それほどにシエルさんは強かったという事なのだろう。けれど居ない。ここに魔王軍幹部の【黒妖】は居ないのだ。


 誰も勝てるイメージが沸かなかった。なので気まずい無言が訪れた。桁違いの存在の参入に、どうするんだこれと皆で肩を落とす。


 だが、それも少しの間。遠くでバキバキと木の倒壊する音が響く。それは心なしか先程の咆哮より近く感じて。あ、こっちに来てるんだ。理解をした瞬間に皆で一斉に叫んだ。


「逃げろ~!」



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ノーブレスオブルージュ害伝~深紅の悪役令嬢~

を投稿しました。楽しんで貰えたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 上級が森で女王が星なら、その間に樹海とか大陸とかありそう(小並感
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