353 食獣植物の罠
「痛ってて。無茶しやがってよ、もう」
「でも速かったでしょ?」
狼少女はプリプリと文句を言うが、魔力で身を固めた俺がクッションになったので大きな怪我はしていないはずだった。一番の怪我人は俺の服だろう。背中を随分と木の枝に打たれてボロボロになってしまった。
まぁ時間を惜しんでの突入なので、このくらいの被害なら無いも同じだ。それよりも問題なのは現状がどうなっているかである。
真っ暗で何も見えないのだ。世界樹の下にあるせいで日中でも少し薄暗い里だったけれど、密集する植物で更に日を閉ざされていた。
「ちょっと待ってなさい」
隣で女性の声が響く。セレシエさんが魔法の詠唱をしていて、やがて闇の中にボワリと赤い炎が浮かび上がった。揺らめくオレンジ色の光に照らされた光景は、思わず、うわぁと辟易する様なものだ。
その世界は360°が植物に囲まれていた。まるで鉄格子のように木が立ち並び、枝が蜘蛛の巣ように伸び張られている。更には無造作に生え散らかる蔦が足枷の如く身動きを封じた。さながら植物の檻に投獄された気分だ。
天井は思ったよりも高いか。枝がへし折れていて俺達の落ちてきた痕跡が見える。あの樹波から、この短時間でよく成長したものだ。俺の背もこの勢いで伸びないかな。
(そういえば少し大きくなったような気もするが)
「本当!? 170センチ超えたかな!」
ジグが隣に並ぶので俺はめいっぱいにつま先立をして。はっと思考が逸れた事を反省する。しかし現実に戻ろうと、下は腰が埋まるくらいにまで花や草がぼうぼうで、これを掻き分けて進むのかと考えたら気が滅入るばかりだった。
「止まっていてもしょうがないか。それじゃあまずは、シシアさんの家の方角を目指しますね」
「そうだね、頼むよ」
セレシエさんには俺が光球の魔法を扱える事を知らせてある。それでも彼女が照度の落ちる灯りを使うのはズバリ武器が理由だった。食事会の最中に慌てて避難した為に、ほとんどの人が手荷物すら持っていなかったのだ。
彼女も例によってシシアさんの家に愛用の弓も置き去りだ。今俺達の手元にある刃物と言えば、虚無から取り出せる黒剣と、リュカが持ちぱっなしだった、山菜採りで使った鉈くらいのものだった。
「うん? リュカといえば、いやに静かだ、ナっ!?」
そろそろ進もう。そう狼少女へ振り返ると、目の前には緑色の三角コーンを頭から被ったオバケが居た。コイツは何をふざけているんだ。驚きと同時に笑いが込み上げて来て。
「違うツカサ。あれはネペンテ、食獣植物だ!」
「っ!?」
首元にある手は被り物をしているのではなく、必死に外そうとしていた。リュカは助けを求めようにも顔を塞がれて声も出せなかったのである。エルフの声で一拍置き理解した俺は、慌てて駆け寄りべリリと力任せに植物を剥ぎ取った。
「ケッホ、一体何が……。突然顔がべちゃりとしたと思ったら、息が出来なくて」
「ごめん、苦しかったな。私がもっと早く気付くべきだった」
「俺もふざけているのだとばかり……」
何とリュカは灯りが点く前に襲われたらしい。ずっと真っ暗闇でさぞ怖かったのだろう、俺とセレシエさんを見て半べそをかいていた。そんな少女を慰めるように、桜色髪のお姉さんは、よしよしと頭を撫でている。
「しかし里に食獣植物は生えていない。すると不味いな。妖精の奴ら、近場から持ち込んだんだ」
「持ち込んだって……」
「世界樹の根は広域に張っているから。それを利用されたか」
俺はイグニスではないので、どんな原理かは今一つ理解が出来ない。けれども分かる事もある。この緑広がる大パノラマに、あの生きる罠の様な植物が混ざっている。最悪だった。
「こんなのもうダンジョンじゃん……」
(本気で殺しに来てるのう)
とはいえ俺たちに退路は無い。
おっかなびっくり黒剣を突き出して、地雷除去でもするかの如く微速前進をした。
灯りの魔法が照らす範囲はそう広くないので、セレシエさんを中心に三人で固まっての行動だ。どこかタルグルント湖での遭難を思い出すのだけど、まったく懐かしくは無かった。あっちも酷かったなぁ。
「待った。なんだこの匂い」
「何か嗅ぎ覚えのある匂いした? イグニスの靴下嗅ぐ?」
「いらねぇよ!」
先ほど襲われたネペンテという植物は甘い匂いで獲物を引き寄せるそうだ。その粘液をモロに顔に塗りたくられ、しばらく鼻が鈍感だったリュカ。しかし調子が戻って来たのか、スンスンと鼻を鳴らしながら、香りの漂う方向を嗅ぎ分けようとしている。
「一体どうした。そっちは逆方向だろう」
セレシエさんが困惑するのも無理は無い。リュカが反応を示したのはシシアさんの家とは真逆の方角だった。それも本人がうーんと首を捻り懐疑的である。
「イグニス達の匂い?」
「いや、違う。果物の匂いだと思うんだけど、妙に香りが強いんだ。ここは花に囲まれているのにプンプン匂う」
リュカは本物の狼や獣人ほどは嗅覚が優れていないので、それでも香るという事は本当に匂いが強いのだろう。俺は以前に、とんでもなく臭い果実に出会った事があるので、やや遠い目をする。
トゥリアーニはやばかったなぁ。香水の臭いがキツイ会場でも、汁を浴びた人が特定出来るほどだった。そんな事を考えていると唐突に記憶と現状が結びつく。
「リュカ、その匂いどっちだ。案内してくれ」
「ツカサは心当たりでも?」
「はい。きっとイグニスの残した目印です。となると二人とも魔法を使えないくらい消耗してそうですね」
リュカが嗅ぎつけた匂いの元は香水だろう。大森林に入ってからは虫を呼ぶと使っていないけれど、イグニスは淑女の嗜みとしていつも所持している。
恐らく、樹波に押し出されたか、上手く逃げたかで、俺たちが想定するだろう位置から大幅に移動したのだ。ならばあの魔女は何かしら手掛かりを残してもおかしくはない。というかやる。
「なるほど。探す価値はありそうだ。けど、それは捜索隊にリュカが含まれている前提の行動だな」
「イグニスですからね。俺が動くのは当然として、ならリュカが付いてくるとまで読むのは不思議じゃないです」
ウムウムと同意するジグ。セレシエさんも思い当たる節があるのか、成程と納得していた。近場なら先にそっちを回ろうと許可も降りて。今行くからねと、草を薙ぐ手にも力が籠る。
「ぶっぎゃ!」
ぐにゅりと分厚いものを踏んだかと思ったら、トラバサミの様に勢いよく閉じて来た植物に挟まれる。意外とその力は強く、小型の魔獣ならばそのまま食い殺されていたかも知れない。剛活性が出来て本当に良かった。
「ツカサ、逸る気持ちは分かるけど慎重にだ」
「はぁい」
◆
なんというか、密林の薄暗さに引っ張られるように俺の心も暗くなってきた。食獣植物が、罠が多すぎた。少し歩いただけでもう植物の粘液まみれである。
「す、すまないなツカサ」
「いえいえ……」
剣を持つ俺は一番先頭で道を拓く。なので罠に嵌る確率が一番高いのだった。
蔦を切ると体を絡めとろうとして来る木。葉に触れると弾丸のように硬質な実を飛ばしてくる木。側面が刃のように鋭い草。時間経過で破裂するイガイガがくっ付く植物。毒の花粉を振りまく花。
それがどれも周囲の緑に溶け込み、獲物が掛かるのを待ち構えている。やめてくれ。自然は比較的好きな俺でも、今ばかりは嫌いになりそうだ。
「けど、進んだ甲斐はあったな」
狼少女でなくてもハッキリと香水の匂いが分かる様になってきた。果物の香りと言っていたように、レモンの濃厚な匂いが立ち込めている。
この付近にイグニス達が居るはずだ。ならば何処にと周囲を見渡すと、自然の中で不自然な形の三角錐の空間があった。まるでテントの表面を植物が覆ってしまった様な外見だ。
「当たりだ。あれはシシア様の防御結界!」
「おお、流石リュカ。頼りになる鼻だな」
「へへ、そうか?」
俺はさっそく救助に来た事を知らせようと結界を取り巻く植物を剥がそうとした。そこにヒラリヒラリと飛んでくる妖精達。だが、彼らはまるで植物に吸い込まれる様に姿を隠した。
「え、今そこに妖精が……」
(来るぞ、構えろ!)
次の瞬間に、植物の蔦が触手の様にニュルニュルと蠢き始めた。暗闇に踊る無数の影にどういうこっちゃと驚きを隠せない。
食獣植物も植物らしからぬ動きはするが、イグニス曰く、そこに意思は無い。根や葉をセンサーにあくまで機械的に捕食動作を行うだけだと聞いている。
「シシアさん達と合流したら、ちゃんと説明してもらうからなジグ」
襲い来る触手を黒剣で両断。これは明確に俺たちを狙っていた。意思がある。少し違うか。妖精が操っていると考えるのが妥当だろう。まぁ普通の植物が動こうと、高さ200メートル越えの人面樹に比べたら可愛らしいものだ。
邪魔をするなら丸禿になるまで伐採してやるさ!
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