352 花園密林
とにもかくにも、と言う奴だ。
俺は地面に膝を付き、誠にすみませんでしたと頭を下げた。桜色の髪をしたエルフが慌てて止めに来るけれど、これだけはケジメとして言っておくべきだろう。
「なんでツカサが謝るんだ?」
「俺の不注意で妖精を刺激してしまいました。原因は俺にあります」
一緒にシシアさんの話を聞いていたので、セレシエさんも薄っすら事情を察するようだ。それは……と口籠る。言い訳は出来ない。俺はジグルベインと妖精の確執を知っていた。それでも食事で交代したのは、因縁の深さを見誤ったとしか言いようが無い。
(別にお前さんが謝る事ではなかろうや。文句言う奴が居たらぶち殺してやるわ)
「おだまり」
ウチの魔王が本当に魔王で申し訳ない。
「ツカサ、頭を上げなさい」
「けど……」
俺の前には沢山の避難者の方が居るのだ。突如に家を奪われ今日寝る所にさえ困っていた。人々の抱える不安、不満、怒り。それを妖精だけに向けるのは卑怯であろう。だから俺は罵倒を覚悟で地面に額を擦りつける。
「お前のせいか……!」「でも息子を助けて貰った……」「理由はどうあれ、妖精はやりすぎだろう」
頭上を様々な意見が通りすぎる。セレシエさんは皆の興奮が収まるのを待ったか、幾らか周囲の声が引いた間を見計らい、パンパンと注目を集める様に手を打った。
「若輩が纏める様ですまないが、この者達はシシア様の客人なんだ。私刑などを行えば、あのお方の顔に泥を塗る。しかし、本人が気を病んでいるのも事実。そこでどうだろう、彼にはシシア様の救出を手伝って貰い、それで許そうではないか」
「精一杯頑張らせて頂きます!」
鶴の一声とは行かない。ザワザワと波紋が広がり、長が不在の為に一致しない意見に一同で困惑して。痺れを切らしたように手上げて発言したのは、体格の良いオジサンエルフである。
「やはりシシア様が居ないと話が纏まらないな。ここは暫定に私が指揮を取ろう。補佐はセレシエ、お前に頼む。異論はあるだろうか」
こうして、話の進行役として仮のリーダーが決められる。俺は見ている事しか出来ないのだが、意外やそこからの話は早かった。
「大事なのは今後の話だ。方針を決めよう。まずはシシア様の救出、これが最優先。そして里の奪還が最終目的だな。だが、あの規模の侵略。中がどうなっているかは分からない。掛かる時間が想定出来ない以上、拠点作りも必要になるだろう」
オジサンは混沌とする意見をテキパキと整理してみせる。大した手腕だと考えていたら、セレシエさんが引退した元町長だと教えてくれた。なるほど、指揮に慣れた人だったらしい。
そうして班分けが決まり、シシアさん救出作戦のメンバーが発表される。ツカサ、セレシエさん、リュカの3人だ。セレシエさんの提案した方向で俺が妖精を刺激した件は許してくれるらしい。オジサンはもじゃもじゃの髭を撫でながら理由を教えてくれる。
「すまないな。この里の多くは農作業などの人手として集まっているから戦闘は得意では無いんだ」
戦える者も何人かは居るようだが避難者の中には女性や子供も多い。この森に魔獣が少ないとはいえ、完全に無防備には出来ないのである。セレシエさんはそれを分かっていたからこそ俺を推薦したのだろう。
「頑張ります」
「ん、終わった?」
責任重大だと頬を叩いて気合を入れる。狼少女は脇で欠伸をしていた。そうか、コイツも長い話は苦手な輩か。
◆
「うわーなんじゃこりゃー」
「凄まじいな。まさか短時間でこれだけの変貌をしているとは……」
「ガクガクブルブル」
俺とセレシエさんは高台の上から、すっかり植物に飲み込まれた里の様子を眺めていた。リュカは死んでいた。
俯瞰した印象で言うならば、それは密林だろうか。もはや原型が分からないくらい多種多様な植物がひしめき合い絡み合っている。まるでアマゾンに住まう獣の鳴き声が聞こえて来そうなほどに緑の濃度が高い。
それでいて花園の様でもある。色とりどりの花が咲き乱れ、働き蜂の様に妖精が飛び交って。まるで妖精のお花畑に迷い込んだかの様だ。
「花といえば、アレも関係あるんでしょうか」
「そうだな。あの世界樹を巻く花が、この植物達の栄養源と考えていいだろう」
セレシエさんは端麗な顔を嫌悪に歪めながらギリリと歯を食いしばった。世界樹をグルグルと巻く蔦からはラフレシアの様な赤い大きな花が一凛咲いている。自然を愛し、大森林を作り上げたエルフ族ではあるが、流石に侵略者までは愛せないようだった。
「さて、どうしましょうか?」
「ううむ。シシア様とイグニスはどの辺りに居るのか。何か手掛かりがあれば嬉しいのだがな」
派手に炎でも上げてくれれば目立つのだけど、残念ながら二人が魔法を使っている様子は見当たらない。
俺はさて困ったぞと唇を尖らせる。セレシエさんはとりあえず現状の報告をと、見た景色の様子を葉に記して崖から落としていた。
まぁ中の様子も知れたし、セレシエさんの報告書を見て、ぼちぼち下の人達も通路の植物の撤去を始めることだろう。
「探すならやはり館の近くが濃厚だろうか。里の様子を上から見れたのは大きいな」
「ですね。頑張った甲斐がありました」
遅くなったが、ここは里を隠していた壁の上だ。どうしてそんな場所に居るのかと言えば、里へ入るルートが壁越えしか無かったのである。
何せ、唯一の通路が植物で完全に埋まってしまっているのだ。手作業で取り除くには時間が掛かりすぎるし、魔法で吹き飛ばせば崩落の可能性があるので難しい所だった。
けれども崖に見えるのは世界樹の根なのだそうだ。大きくて目立つので土で埋めて偽装をしているらしい。つまり登ってしまえば上からは普通に入れるとの事。
「だからって何でまたオレを飛ばすんだ!」
(カカカ。すっかりトラウマになっておるな)
「悪かったって」
崖越えと聞いて俺は閃いた。そしてロープを持ったリュカは「ひぁあ~~~」と景気の良い悲鳴上げて空を舞った。それだけだ。ベルモアでの経験が生きたね。ちなみロープは蔦を繋ぎ合わせて代用したよ。
「そうだ、リュカ。君なら匂いであの二人を追えないか?」
セレシエさんはトレントの子供を匂いで探したのだろうと提案をした。しかし狼少女は煮え切らぬ顔で返答を悩む。
「うーん。近づけば分かると思う。けど花の匂いが強くて追跡はどうかな……」
そもそもイグニス達の匂いなんてあまり気にしていなかったと。俺はフフフと笑い、胸ポケットに手を伸ばす。そして取り出しますは一組の白い布。こんな事もあろうかと用意して置きました。イグニスちゃんの靴下です。
(待て待て! なんでそんな物が胸元から出てくる!?)
「おかしいよなぁ!?」
「見損なったぞツカサ!」
「いや、山菜取りの後さ、料理するから着替えたんだよ。そして洗濯する前にこんな騒ぎになっただけ」
まるで俺を下着泥棒の様に責めてくる二人を、まぁまぁと宥めながら事情を詳しく説明した。山に入るとどうしても汚れるではないか。俺なんてキノコでトランポリンしたしね。不潔な恰好のまま料理は出来ないので、着替えるのは当然とも言えた。
(いや、それは胸ポケットに靴下が入る理由にはならんのでは)
俺は魔王を無視して、これならイグニスを探せるなと確認を取る。リュカはそれを嗅ぐのかと、もの凄く嫌そうな顔をした。けれど可能だと首を縦に振る。よし、少しだけ光明が見えた気分だ。
「とりあえず、この靴下は私が預かっておこう」
「ええっ、そんな!?」
魔女の靴下を再びポケットに仕舞おうとしたらセレシエさんに取り上げられてしまう。偶然なのだろうと冷たい目で言われたらハイとしか言えず、俺は泣く泣く手放した。
「ところで、この崖どう降りるんだ?」
「そりゃ決まってるだろ」
崖と言っても高さは20メートルも無い。身体強化をして狼少女とエルフの腰に手を回す。タンっと軽く地面を蹴った。リュカの泣き叫ぶ声を聴きながら、俺たちは妖精の作り出した花園密林へと突入する。




