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343 言う事あるよな?



 俺はただいまを告げる前に、赤髪の少女が謝罪を要求する前に、率先して誠に申し訳ございませんでしたと床に頭を擦り付けた。


 手紙には5日で帰る旨を書き残している。しかし実際には色々な事に巻き込まれ15日を過ぎてしまっていた。これでも帰り道は馬車で国境まで送って貰ったし、そこでエルフと合流出来たので、迷いの森も最短で抜けられたはずだった。


 俺は出来る限りを尽くした。だが遅れたのは事実である。こちらは誠意を見せ、怒りは受け入れよう。頭上ではスゥーと大きく息を吸い込む音が聞こえた。さぁイグニスよ、どう出るのだと身構える。


「聞きたい事は沢山あるのだけど……」


「はい。何なりと」


「君はベルモアまで何をしに行ったんだ?」


 質問の意図が理解出来ずに顔を上げる。ここはセレシエさんの自宅の居間である。家の主たる桜色の髪をしたエルフと赤髪の少女は、今まさに食事の途中だったようで、食器を皿に置き、手を止めてこちらに視線を向けていた。


「そりゃあ猫ちゃんと……」


(お前さんイカン。それは本音だ!)


 しまった。こちらでは無かった。建前はそう、迷子の狼少女を家に送り届けるものというはずだ。俺はちゃんと送ったよなと、図々しく自分だけ席に着こうとしたので床に座らせたリュカに確認を取り。はっとする。なんで居るんだろうね。


「あれぇ!?」


「そういえばそんな流れだったな」


 うんうんと頷く、灰褐色の髪のイケメン少女。ちなみに満月の夜に人狼へと変身をした彼女だが、もうその頭上に犬耳は存在しなかった。朝日が昇る頃には自然と元の姿に戻っていたのである。


 話せば長くなると思ったので、魔女の質問には、えへと卑屈な笑みを浮かべてやり過ごす事にした。


「ようし、焼かれたいらしいな貴様等」


「まぁまぁイグニス。二人共こうして無事に帰って来たのだから喜ばしい事じゃないか」


「セレシエさん、しゅき!」


 赤い瞳に殺意を滾らせる魔女を、ドウドウと暴れ馬でも躾ける様にエルフが宥めてくれた。本来ならばとても止まることの無い性格をしているイグニスだけど、セレシエさんの言葉にはそれだけの力があったのである。


「イグニスも心配をしていただろう。リュカを見つけた地点と地図を見比べて町を特定し、正確な帰還の時間を割り出していたし。寝る前には今日も帰って来なかったと、玄関を無駄にうろつくし。何なら迎えに行く為の旅の用意すら万全じゃないか」


 羞恥に震える魔女は言葉を失う。同時にやや怒りが薄れる気配を感じ取り、俺は今だと動いた。お土産でございます、どうぞお納めください。けしてイグニスの事を忘れていた訳じゃないのだよと、猫村の地酒マタタビ酒を差し出してアピールする。


「それオレ達で一緒に選んだんだぜ。ったくツカサったら目を離すとすぐどっかに消えやがってよー」


「黙れリュカ」


 俺は慌てて隣の少女の口を塞いだ。それではまるで俺が観光して遊び回っていたようではないか。実際は怪我の治療で猫の町に寄っただけだ。どうでもいいけど、猫の獣人にはマタタビの効果は薄いらしい。まぁそんな物を使わなくても子猫ちゃんと戯れられたから良しとしよう。


「なぁツカサ、ちょっと二人きりで話をしようじゃないか。ええ?」


「……嫌だ」


「来い」


「はい」


 俺は悪くないと思わないかジグルベイン。しかし、ウムと同意をくれる魔王の弁護は誰にも届かない。助けも無くイグニスの借部屋に連行されて、さぁ吐けよと尋問にも似た事情聴取が始まった。


 魔女はベッドにドカリと座り込んで、腕と足を組みながら見下ろして来た。床に正座をする俺はガクブルと恐怖に震えて子犬の様に縮こまる。


「一体どうしたら許してくれるんだよ。足でも舐めろっていうなら出せよ、舐めるから」


「やめろ、靴を脱がせそうとするな。それは君が喜ぶだけだろう、この変態野郎が!」


 恭順を示したかっただけなのだが謗りを受けた。抵抗するイグニスは、足に抱き着こうとした俺を足裏で止めようとして。だが少女の小さな靴は当たったはずの脇腹をすり抜けてしまう。


「……オイ」


 今度は逆に魔女が飛び掛かってきた。俺の身体を床に押し倒し、真実を暴くべくペロンと上着を捲るのだ。その時のとても悲しそうな少女の顔に罪悪感が胸に募る。


 脇腹はまるで大型の獣に食い千切られたかの様に消失していた。回復薬を使ったりしたのだが、欠損までは治らなかったのだ。でも、これ程の大怪我なので、正直生きているだけでも運が良いと思っている。


「獣の歯形じゃないな。君はまた何かと戦ったのか」


「うん。今回ばかりは反省をしているよ」


 リュカは最後まで力に訴えなかった。けれど俺は、どうしても我慢が出来なかった。きっと負けて良かったのだと思う。彼女は自分の父親が倒れる姿なんて見たくないだろうし。何より、暴力では壊すことは出来ても治すことは出来ないではないか。


 負かして無理やり頭を下げさせようと、そこに一体なんの意味があるだろう。馬鹿な喧嘩をしたものだと、傷を見ながら自嘲した。


「そうか。ならば猛省すべし」


 俺の額をペシリと叩いたイグニスは傷口を青白い炎で包み込む。今ならばまだ治るそうだ。例によって熱さを感じる回復魔法なのだけど、これも罰かと文句を言わずに焼かれる事にする。


「なるほど。人狼に始獣か。同情は無いが、厄介なものに巻き込まれたようだね」


「してよー。同情してよー」


 一通りの説明を終えて、最初に会ったのが親分の愛娘で無ければ計画通りに帰って来れたのだ。そう言い訳をすると、俺の腹に座る女は、そもそも童女に手を出すなと軽蔑の眼差しを向けてきた。


 これ以上無い正論にうぐっと口を噤む。やれやれと呆れ顔のイグニスは、しかし思案に耽るようで、赤い瞳を細めている。


「騎士団に大きな借りが出来たな。今ならば大使館への手紙も届くだろうから礼状を出さなければ。それはそれとして、アト姉はどう動くことやら」


 妖女ことアトミス・シャルール。イグニスの従姉にして騎士団の副団長を務める女傑であった。彼女の名前を口に出すという事は、気にしているのは黒豹さんの報告だろうと当たりが付く。


「やっぱり不味かった?」


「まぁ国を出ている以上、余計な干渉は無いだろうけど、アイツ鋭いからなぁ」


 ツカサと獣殿の関係性には気付くかもとボソリと言われた。同時に脳裏に過ぎるのは、かの剣鬼がニコニコの笑顔で迫ってくる図である。金玉がヒュンと縮み上がった。俺の周囲はどこもかしこも怖い人ばかりである。


「じゃあ、今度はこっちの状況を少し話そうか」


 命の危険があるので対処法を一緒に考えて貰いたいのだけど、イグニスは俺の居なかった間の話をすると振ってきた。毒の治療の為にここに残した彼女だが、その口ぶりではこちらも何かあったのだろう。やや現実逃避気味に、どうしたのかと続きを促す。


「セレシエに頼み込んでね、実は先にシシアと接触をした」


「え、シエルさんの息子さんだよね。会えたんだ」


「ああ。君が帰って来たらもう一度会う約束をしているから、明日でも早速訪ねてみようか」


 魔女は、いや大変だったのだぞと溢した。セレシエさんの好感度を上げつつ、事前の準備に苦労したそうだ。準備?と首を捻れば、バレない様に町に爆弾を仕掛けて回ったとの事。俺は聞き間違いかなと思い、オウム返しに聞いた。


「爆弾?」


「うん」


「うん、じゃないよね!?」


(こいつは積極的に火種を作るから質が悪いな)


 この女に俺を叱る資格があるのだろうか。そう顔をしかめると、悪気も見えない様子で仕方なかったのだと言い訳を始めた。自分はエルツィオーネ家だからねと。


 イグニスは賢者の血を引く家系だ。先祖が勇者一行として活動した期間は、ちょうど混沌の魔王の時代と被り。そしてシシアさんは魔王軍だった。


 魔王軍幹部であったシエルさんはエルツィオーネ死すべしと、赤髪赤眼の人間を無差別に襲い、過去にイグニスもその凶腕に貫かれた事がある。故の担保。悪辣魔女は対話を成立させる為に、自分の身に何かあれば町を吹き飛ばすぞと、お世話になった人達を人質に取ったのだ。


 きっとシシアさんは俺と同じようにドン引きし、一層にエルツィオーネという家系の事が嫌いになった事であろう。


 そして怪我の治療を終え、まぁそんな事があり話は進んでいるから今日くらいはゆっくり休みなさいと優しい言葉を掛けられる。少しハスキーで耳触りの良い声は、どこか照れを含んでいて。


「休む前に、君は私に言うことがあるはずだな?」


「ありがとう……ごめん?」


「違うだろう」


「ああ──ただいま」


「よろしい。おかえりなさい」


 気の置けない少女との緩んだやり取りに、俺はようやく日常に戻ってきたのだと強く実感した。



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[一言] 「エルツィオーネ死すべし」
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