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340 さらば獣の国



 俺とリュカは戦々恐々としながら足場が下に降りるのを待った。空中の舞台だけに逃げ場が無く、隣には渦中の人狼。さながら猛獣の群れに吊るされる餌にでもなった気分だ。


「言っとくけど、俺はもう動けないから」


「見りゃ分からぁ。ここまで来たらオレだって死ぬまで戦うさ」


 最悪は置いて逃げてくれという意味だったのだけど、肩を支えてくれる力は逆に強まった。今でこそ狼少女が追われる事態になってしまったが、リュカは元々俺を救いに来てくれたのである。逃げるなら一緒にと説かれては、こちらも腹を括るしかあるまい。


「そっか、じゃあコレ持ってな」


「気にはなってたんだけど何処から出してるんだ、この剣?」


「企業秘密」


 というか俺も知らない。リュカにお守り替わりの黒剣を握らせた。足場はもうすぐ地上が近いのか、人の声と松明の明かりが近づいてくる。この感じは周りを囲まれていそうだ。喧嘩の行方を見届けると待機していた親分と黒豹さんは無事なのだろうか。


「おう、気合入っとったのう小僧。見事な戦いじゃった」


「「へ?」」


 二人して素っ頓狂な声が出てしまった。処刑場に到着をすると、予想の通りに屈強な男達に囲まれはしたのだ。しかしそこに敵意は無く。むしろ称賛の声すらも聞こえてくる。


 何よりも困惑したのは、不機嫌そうに地面に胡坐をかくブルドッグの姿だ。縛られたりはしていないものの明らかに自由は無い。あろう事かすっかり立場が逆転してしまっているのだった。


「これは……どういう?」


「ヴォルフガングの仕業よ。奴は英雄。獣闘士の中でならば、その影響力は王より強い」


 バスガスの手下である兵士は猫派の攻撃を受けて数を減らしていた。だからこそ奴は先陣を切り獣闘士を味方に引き入れたのだ。だが、この場の大多数を占めるその戦力に反乱を食らったらしい。


 狼男の言い分はこうだそうだ。引き分けは俺の負け。あれは俺の獲物だから人間も人狼見逃せと。闘犬は猛反対をするが、相手は最強の男と熱に浮かされた戦士達である。如何に王といえど我儘を通す事は出来なかったようだ。


「ヴォルフガングよ、勝負はどう見てもお前の勝ちだ。それに人狼の件は別だろう。ようやく見つけた落とし種。消すならば今しかない!」


「もういいだろうバスガス。しょせんはお伽噺だったんだよ。復讐に来る怖い狼なんていやしない」


 最強の狼はどこか寂しそうに言った。言葉を受けてブルドッグはリュカを睨み。いずれ成長されたらと、自分に言い聞かせる様に弁明をする。現在進行形で恨まれている自覚があるのではないか。


「それは望む所だ。俺も獣闘士も弱くない。負けないさ」


 狼は強敵歓迎だと言い、なぁと周囲に同意を求めれば、当然とばかりに戦士達は吠えた。そういえば人狼を怖がっている獣闘士は一人も居なかったな。


 もう俺たちのベルモアなのだ。過去に縛られずに自由になろう。ヴォルフガングは意外と思える程に饒舌に語った。自分の血も人狼族に由来すると認知した男から、前を見ていいのだと言われブルドッグはやっと額から少し皺を減らしたように見えた。


「だが、ここを無事に出たところでどうなる。既に人狼の出現が民衆に漏れた以上は手遅れだ。一度根付いた感情は簡単に薄れるものではない」


 もうこの国にリュカの居場所は無いだろうとバスガスは明言する。確かに王と言えど感情ばかりは支配出来まい。現に俺が処刑場に運ばれて来たのも人狼への恐れが原因だった。


「んな事はこっちで何とかするわい。坊主とリュカを抑えたのだからトンズラじゃ」


 親分は娘に手出しはさせないとリュカを抱きしめた。自分も傷だらけなのに、よく生き残ったの頬擦りをしていて。やめろと足掻く少女を見て思わず笑みが零れる。俺の方は黒豹さんが運んでくれる様で、少女の支えが無くなった所をヒョイと担がれてしまった。


「いやーご迷惑お掛けします」


「本当にな。だが、あのヴォルフガングを相手によく戦った。久しぶりに胸が熱くなったよ」


 苦笑交じりに健闘を讃えられた。理由はどうあれ、それだけ無茶な相手と戦っていたという事なのだろう。


 もうこの場に用は無し。すたこら逃げ出す俺たちの背に、オイと声を掛けられた。声の主は狼男であり、俺とリュカはほぼ同時に背後へ顔を向ける。


「俺を倒せるくらいになって、出直して来い」


 果たしてその言葉はどちらに掛けられたのか。俺は馬鹿言うなとあかんべえしてやるのだけど、狼少女はとても複雑な表情をしながら目を細めていた。


 その後、獣闘士達が市民の壁を押し分けてくれた事で、無事に処刑場の外へと足を運べた。脱出用の馬車も先に撤収していた猫子分が用意済みである。


 俺の喧嘩に付き合ってくれた親分待ちだったのだ。申し訳ない気持ちで一杯になった。そして馬車に乗り込む時、ちょうど耳を劈く金切り声が街に響き渡った。


「別れの挨拶かな」


(なんて前向きな意見じゃ)


 壁の向こうでジャバウォックがまた甦ったのだ。今頃は人狼に代わり、また狼男が戦っているのか。いや、きっと何十、何百年と先まで始獣と獣闘士達は戦い続けるのだろう。


 その為の獣闘士。その為の格闘術(ウテリア)。一人の戦士に依存しない様に、牙は技術として継承されていく。さようなら、獣の国ベルモア。自由を求めて抗う戦士達よ。


「そう言えばリュカ、馬と鹿はどうしたの?」


「ああ、あいつ等ならとっくに逃げたぜ」


 なんとリュカと一緒では会場の外に出られないと悟るや無関係を装い逃亡したらしい。それでも仲間かと嘆くと少女は違うと首を横に振った。あくまで利害の一致だったそうだ。鹿の野郎は俺の試合に財産を全部賭けていたから、負けて欲しくないと回復薬まで出したのである。


「聞くんじゃ無かった」


(カカカ。そんなもんじゃろ。時には友情より信用出来るわ)


 リュカとそんな話をしているとポイと胸元に何かが降って来る。荷台で寝転がっていたので慌てて受け止めてみれば、投獄の時に取り上げられた俺の荷物であった。おかえり魔道具ちゃん。


「確かに渡したぞ。とりあえず俺の役目は此処までだな」


「何から何までありがとうございました」


 俺は痛む体を起こし、姿勢を正して黒豹さんに頭を下げる。余計な事件に巻き込まれても、挫けずに居られたのはこの人のお陰であった。俺を助ける為に一体どれほどの金と時間を使ってくれたやら。


「黒豹さんは、この後どうするんですか?」


「顔と素性が割れた以上もう潜伏は出来ないからな。ランレデシアに帰って、暫く休暇でも取るさ」


 俺は床に更に頭をめり込ませた。そう、密偵という仕事柄、公になれば活動は出来ないのである。この人は立場まで投げ捨て救助してくれたのであった。本当に感謝しかない。


「まぁ、今後は潜入も厳しくなるだろうから同僚には迷惑かけるが。それでも今回の事は利だったと思っている」


「はぁ」


 勇者一行の一人を助けられた事もそうだが、肝心なのは始獣の存在だと言う。アリスの肉によるスライムの進化。魔力の鎧や光線と恐ろしい成長の可能性。十分得るものはあったと語られた。


「そもそも、現状のベルモアはアリスによって守られている一面もあるんだ。あれは生物兵器として扱えば恐ろしい性能だからな」


 数年の戦争でベルモアの国力は低下しているそうだ。それでも諸外国に潰されないのは、始獣を飼っているからなのだとか。つまり黒豹さんの任務はジャバウォックの管理体制の見張りということなのだろう。


 ちゃんと国に伝えなければと責任感ある大人の顔をする黒豹さん。同時に俺は思った。この人が報告するのはヴァンの親父かアトミスさんだろう。俺の失態は兎も角として、変身を伝えられるのは不味いなと。


「あのぅ、言い辛いんですけど。俺が銀髪になった事はどうかご内密に……」


「出来るか! 今更なんだとは聞かないが、そもそも君が人狼に間違われたのが発端だろう。ちゃんと全てを報告する」


「そんな~」


 泣きべそをかいていると親分がガハハと笑いながら会話に加わってきた。けれどそのお陰で一つの伝説が終わったと。


「狼族や毛並みの白い犬族は忌避されてきたからの。過去に縛られ、疑い合うくらいならば、伝説なんて無かった方が良かったんじゃい」


「でも……」


 それについては本当に解決したのかすら怪しい。なにせ、人狼の血は本当に生きていたのだ。証明されたのはベルモアを滅ぼすような力を持ってはいない事だけ。


 ならば当人のリュカは今後どの様な視線を浴びせられるのか。少し頭は残念だが、明るい良い奴だ。せめて平穏に過ごして欲しいと願うばかりだった。


「それに関してはさ、オレも考えている事があるんだ」


 国を出るよ。少女がそう漏らすと途端に巨猫は床を叩いた。バキリと大穴が開いて、下には車輪がガタゴト回っているのが見える。黒豹さんが暴れるなとすぐさま抑えつけていた。


「お前がそんな心配をする必要はにゃー! ワシの町で差別などさせん!」


「ううん。オレが見てみたいんだよ。騒ぎが落ち着いた頃にはちゃんと帰ってくるからさ、お願い……父さん」


 照れくさそうに笑う少女。それに対し、親分の表情をなんと表現しよう。怒りに上がる眉、悲しみに濡れる瞳、喜びに緩む口元。様々な感情が湧き立ち、とても一つの顔では表せないようだった。


「ダメかな、ツカサ」


「やっぱりそういう事だよね」


 付いていきたい。温泉でも言っていた事だ。命の危険が付き纏うだけに気軽な返答は避けてきたのだけど、追われる一因を作ったのは俺も関係していて。うーんと散々悩んで答える。


「自己責任でお願いね」


「……ああ!」


「うぉおん。リュカ~行かないでくれいー」


 迷子で無く、家出でも無い。ちゃんと胸を張っていってきますと言えるなら俺に文句は言えない。


 親猫に抱きしめられて気恥ずかしそうに、けれども抵抗をしない子狼。国の動向なんて大きな事は知らないが、笑いあえる親子の顔を見れて良かったと心底思えて。


「しまった……」


(なんじゃ?)


 さて、やっと俺も帰れるなと。暫く会っていない魔女の顔を思い出して、気付く。

 手紙には5日で帰ると書いたのだけど、今何日経ったのだろう。後何日掛かるのだろう。もしかしなくてもイグニスの機嫌は噴火直前の火山よりも危険な事になっているのではないか。或いはもう噴火しているかも知れない。


「お土産買ってなかったー」


(カカカ。それは火に油注ぐだけよな)




完走!

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[一言] お土産ほど大事なものは存在しない(真顔)
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