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339 リュカ・リオン



「二人共もう止めろよ!」


 これでお終いだ。残りの体力と気力を込めた全霊の握り拳は、しかし少女に阻まれヴォルフガングに届く事は無かった。


「あ……」


 空振りし途端に切れる集中力。闘争の興奮から醒めてしまえば、蓄積されていた痛みと疲労が訪れた。意思に反し、体はまるで糸の切れた操り人形の様に自由を失う。精も魂も燃え尽きたのだ。辛うじて灯していた蝋燭が最後の燃え上がりを見せた後に、ふと掻き消える用に。


 倒れこむ俺を見た狼の顔は傑作であった。大事な玩具が壊れた子供の様に、悲哀の感情を隠そうともしていない。


「この愚か者が! 命を賭けた真剣勝負に割って入るとは何事だ!!」


「ひっ……」


 勝負に水を差された事に腹を立てる狼男は、握っていた拳を怒りに任せてリュカにぶつけようとしていた。動かない体ではもう睨むくらいしか出来なくて。少女に支えられた情けない姿のまま、視線だけで訴えた。止めろ、と。


「お願いだよ」


「ぐぬぬぅ」


 気持ちを汲んでくれたか、目が合ったヴォルフガングは感情の矛先を失って空気を殴る。すっかり打たれると思っていた少女はそれでも逃げず、むしろ攻撃から庇う様に俺を抱きしめてくれていた。


「クソ。興醒めだ、ふざけやがって」


 狼男はトンっと軽い足取りで舞台から飛び降りてしまう。戦いでは一歩も退かなかった男であったが、俺にはその背中がリュカの視線から逃げている様にも見えた。


 受け入れろとは言わない。せめて会話くらい出来ないものか。そう思うのだけど、暴力に頼った俺にそれを言う権利は無く、やるせない気持ちで見送る事しか出来なかった。


「はぁ~怖かった」


(相変わらずの駄犬ぶりじゃぁ)


 狼男が消えた事で少女はズルズルと崩れ落ちてしゃがみ込んだ。そして同じ目線の高さになると、酷い顔だなと笑みを浮かべて血を拭ってくれる。


「そりゃ怖いだろ。リュカは、どうしてそう考えなしに行動をするんだ」


「お前に言われたくねえよ。二人が殴り合っててびっくりしたわ!」


 俺はヴォルフガングの邪魔をされたという気持ちも理解出来た。お互いに、もし最後の攻撃が届いていたらと考えるのは仕方ない。だからこそ結果を奪われしこりが残る。


 震える手で拳を掲げた。剛活性。再びに踏み込めた一歩先の領域。前兆はあったのだ。以前は闘気の出力で壊れていたが今回は痛みで済んでいた。


 きっと到達した瞬間は胸に直撃を受けた時なのだろう。あの威力は素で食らえば絶命していたはずで。込めた魔力が無意識に防御膜になったのだと思う。


 ベルモアに来てからの強敵達の連戦。傷さえも肉体活性で癒していた劣悪な環境は、僅かに俺を強くしていたらしい。実感があるからこそ言わなければなるまい。


「ありがとう。生きているのはリュカのおかげだよ」 


 敗北を認めよう。俺ではあの王者に届かなかったのだと理解が出来る。少女が罵倒を覚悟で捻り出した勇気こそ、両者の生存という未来を作ったのだ。


「いや、お礼を言うのはオレだろ。ツカサがあの人と戦う理由なんて一つしか無いもんな」


 こっちこそありがとうなと言われた。清々したなんて強がる狼少女だが、今にも泣き出しそうな程に無理矢理に作った、くしゃくしゃな笑顔だった。


「だからもう、いいんだ。もう終わったんだよ」


「……」


 そう言い、リュカは俺の拳に手を添えた。ずっと強く握りしめていたせいで、力の入らない今でも固く閉じた握りこぶし。指を一本一本優しく伸ばされ、解される。


 オレは思った。終わってしまったのは戦いだろうか。それともリュカとヴォルフガングの親子関係だろうか。どうにも自分が決定的な楔を打ち込んだ気がしてならなかった。


「そんな顔すんなって。あ、そうだ。耳触るか? お前猫の耳触りたかったんだろ?」


「てめえは犬だろ。二度と一緒にするな」


(お前さん、そんな冷たい眼が出来たのだな。ブリザードだぞ)


 狼だしとしょぼくれるリュカ。なんて事だ。折角励ましてくれたのに、つい反射で拒絶をしてしまった。ええとと掛ける言葉を迷っていると、そもそもどうしてコイツが居るのだと疑問が浮かぶ。


「そうだよ。会場から脱出したんじゃなかったの?」


「今更だな。一応あの後、オレは外にまで出てんだけどさ。とても走って逃げられるような状況じゃなかったんだ」


 今、処刑場の外には多くの住民が集まっているそうだ。一夜で様々な事がありすぎて、情報が錯乱しているのだとか。


 始まりはスライム山椒魚の出現。そして進化した蛇馬魚鬼まで大暴れをした。その時に逃げ出した観客達により、何かが起きている事が漏れ出した。加え、猫族のカチコミと人狼の存在まで噂に混じり、収集が付かない事態になっているのである。


 確かにそんな場所に一目で人狼と分かる少女が居たら大変だ。理由や弁明などは大多数の声に埋まり、人々の恐怖という感情により嬲り殺されるだろう。そう。ちょっと子猫ちゃんと戯れようと思ったら、誘拐犯にされ街中に追われた俺の様に。


「一緒にすんな」


(カカカ。驚くほど反省してない)


 だから仕方なく戻って来て、俺と狼の喧嘩を目撃してしまったそうだ。舞台へはワイヤーに飛び移って来たそうだが、それはどうでもよくて。


「じゃあ、人狼の話も知っちゃったのか」


「ああ。なんでオレが狙われるかはボガ達から聞いたよ。悪い魔族の血らしいな」


 夜空に煌々とする満月を、目を細めて眺める月光色の少女。その存在は眩しく、けれど儚げだった。リュカは親分に計らいにより人狼の血を継ぐ事を伏せられている。だから突然の魔力の目覚めや変身は、彼女自身が一番困惑しているのかも知れない。


「ツカサは何か知っているのか?」


「事情に詳しい人に会ってね。リュカのお母さんの血らしいよ」


「そっか。母さんの……」


 じゃあ決まりだなと、リュカは自分を納得させる様に深く頷いた。何かしらの決意をしたようで、少しばかり晴れ晴れしい表情を浮かべている。どうにも空回りが多い奴なのでどうしたのかと聞いた。


「母さんには駄目って言われてたんだけど、母方の姓を継ぐ事にした。今日からオレは、リュカ・リオンだ」


 リオン。それは人狼族の長の姓であり、この国では禁句に等しい忌み名であった。でも、それが母の名前だからと誇らしげに胸を張られて、何故俺に否定が出来るだろう。


「良い名前だね。リュカ・リオン」


「だろう?」


 父親との決別の宣言である。

 リュカにとって会った事の無い父親はもはや偶像だった。母親の遺言に従い、立派な戦士になれば認めてくれるのだろうと。魔力を分け与え、優しく接して貰えるはずだと。


 少女は現実と向き合い、幻想を破り捨てた。子供という膜を出て、独り立ちをする覚悟を固めたのだった。


 俺は素直にその勇気を喝采し、同時に反省をする。

 日本の両親の元に帰ると意固地になっている身だが、その両親像には多大な思い出補正が掛かっている事を否定は出来ない。


 所詮はゲーマーの父親にアニオタの母親なのだ。奴らは大人の財力に物を言わせて課金三昧だったし、人には勉強しろといいながら徹夜で趣味を楽しむ人間であった。認めよう。俺が家に帰っても、対戦で接待プレイする父は居なければ、限定品を分けてくれる母も居ないのだ。


(何故泣く?)


「リュカの勇気に感動したんだ」


 それでも俺は家に帰るがね。リュカが向き合った様に、俺も向き合わなければならないのだ。夢の様な素敵な家族で無くてもいい。ちょっと駄目な、けれども愛する人達の顔が見たいのである。


「おっ動き始めたな」


「うん。下はどうなっている事やら」


 稼働床がガクガクと降下を始めた。上で散々暴れたので重心の座りが悪く、動きはグラグラだった。狼少女が落ちない様にと肩を貸してくれて、二人でゴクリと唾を飲みながら到着を待つ。何せ降りた先は敵陣のど真ん中、逃げ場は何処にも無いからだ。



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