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333話 親の一分、子の言い分



 正直な所、あれだけ派手に爆散した生物が蘇るというのは半信半疑であった。加え、ジグルベインの魔力に反応してくれるかどうかなんて、もはや賭けと言って差し支えが無くて。


 だが俺は賭けに勝つ。ベルモア国民が人狼を畏れる様に、始獣は混沌の魔王へ向けて、ただならぬ想いを抱いていたらしい。


「aaaaAAAAA!!!」


 それはもはや叫びというよりも高周波だった。まだ発声器官が再生出来ていない獣は、しかし感情を発露させるように空気を揺らす。その声に混戦の中にある処刑場は幽霊でも見たかの様に恐慌に陥る。


 人々は戦いの手を止め、月明かりに照らされながら出現する怪物を凝視する事しか出来なかった。


「馬鹿な早過ぎる。アリスがもう蘇ろうとしているのか!?」


 あれだけ殺意に溢れていたバスガスもこの通りだ。リュカの事すら思考から消え去り、蛇に睨まれた蛙の様に目の前の敵に圧倒されていた。


 かく言う俺もジャバくんから目を離せない。魂から復元すると事前情報はあったけれど、それでもやはり、爆散した生物が再び動き出す光景というのは異様なのである。


 まるで時間が逆行していくかの様に生き返っていく始獣。そこに魂があるというのか、仄かに発光する魔力の塊が徐々に骨格を形成し、血が通い、生気を帯びて。まさに不死という言葉が相応しい究極の生命力であった。


「あれ?」


 俺はふと、その既視感に気付いた。こんな出鱈目で理不尽な再生劇だと言うのに見え覚えがあるのだ。どこだっけと頭を捻っていると内臓を剥き出しに動くアリスの姿が廃城で出会った骨竜と確かに被った。


(合っている。古き魔王【軍勢】が求めたのは、あの不死の怪物に抗う為の不死の軍団である)


「そういう……」


 原初の敵。不死身で進化し続ける怪物は、太古の時より世界と戦って来たのであろう。それこそ、魔王と呼ばれる連中とまで。


 俺は少しばかり彼に同情をした。君はこの世界に居場所が無かったんだね。脅威以外の何者にも成れず。挙句地獄に閉じ込められて、殺され続け。その唇もまた吐息をしなかったのだ。


「よーし。一緒に暴れるか、ジャバ君!」


 異世界出身者同士で仲良くしようぜ。手を振りながら近づくと、怪物の口の奥がチカリと光った。瞬間、肩が抉れて肉片が飛ぶ。血は出ない。どうやら熱で焼き切られたようで、傷は激しい痛みと熱さを訴えてくる。


「ぎゃーアイツ、俺の魔銃を真似しやがったー!?」


(まぁあれも簡単じゃしな)


 俺の魔銃は光に質量を加算するが、こちらは単純に光熱で焼き切るタイプ。一度口から光の筋が伸びれば、膨張した空気が炸裂する。周囲は阿鼻叫喚だった。まだデロデロな、生き物と言うよりは生ものに近い物体がそんなビームを乱射しやがるのだ。


 これが味方ならば隣に立って「薙ぎ払え!」と号令を掛けるのだけど。残念、敵の敵は敵らしい。無差別に発射される光線は観客席にまで至り、悲鳴が恐怖を増長させて。


 たった一匹の魔獣が状況をひっくり返す。いや、舞台をごちゃ混ぜる。強者は被害を広げまいとアリスに挑み、心の弱い兵は武器を捨て逃げ出す者まで居た。そりゃ人狼と始獣の二つの伝説を相手にしたくはないだろう。


「フハハハハ。け、計画通り!」


(そういう事にしといてやろう)


 もう滅茶苦茶であるが、それがいい。少しでもジャバ君に手間取って人手を割いてくれるならば作戦は成功だった。今だリュカ。逃げるぞ。呆ける狼少女の手を取ろうとした瞬間、彼女は苦痛に顔を歪めた。


「バスガス!」


「ふん。アリスなんて放っておけばいい。それもこれも全部。きっとコイツが悪い!」


「ぐげっ……ごぎょぉお!?」


 ブルドッグは少女の華奢な首を掴んで力任せに握りしめて居た。リュカは解こうと藻掻くも力の差は瞭然だ。みるみるうちに顔色は青くなり、全身の痙攣が始まる。


 その執念はまさしく狂気。この男は自分の命や周りの被害すらも鑑みず、ただ一心に人狼の殺害に動いている。バスガスを倒した所で騒ぎは収まらないのだろう。それでもコイツだけは倒さなければならないのだと確信をし、剣を振りかぶる。


 だが、俺を追い越す影が有った。闘犬の巨体に負けぬ恵体が肩からぶつかり、バスガスの手から少女を救い出す。


「げほっ。ゴルべの旦那、あり……」


「阿呆。礼なんかいい。早く安全な所に逃げんしゃい」


 猫親分であった。狼男との闘いは激しかったのか全身が傷だらけである。それでも娘を助けるのなんて当然と、大きな掌でリュカの頭を撫でる。大猫は人狼の姿になっても変わらぬ慈しみを持っていた。


「無事か、ツカサ・サガミ。なんの偶然か知らんが助かった。今のうちに逃げるぞ!」


「黒豹さん。ヴォルフガングは?」 


「アリスに向かった。奴はそれが役目だ」


 ああ。それでこの二人が解放されたのか。納得をしていると、やはりというかブルドックは起き上がって来た。皺くちゃな顔に更に皺を寄せ、怒りを形にする様に言葉を捻り出す。


「ゴ~ル~ベ~!! 何故人狼を庇う! お前はいつもそうだ。人の気も知らず、自由に振る舞いやがって!」


「バスガスよ。目ん玉腐ってるお前に教えてやろう。この子の名前はリュカ。人狼である前にワシん娘じゃボケがー!!」


「ブルァア!」


「ゴロニャオーン!」


 リュカを頼む。親分は俺にそう告げて、襲い来る闘犬とぶつかった。犬と猫の食い合いが始まり、狼少女は加勢しようと地面に落ちている槍を拾うが。駄目だよと静かに首を横に振る。


「なんでだよ! 親分はもうあんなに傷だらけなんだぞ!」


「だからだ。気持ちを汲むならちゃんと逃げなきゃ」


 親分は本来俺を助けに来たはずだった。面子だ。自分の縄張りで客に手を出された。それだけを理由に大都まで乗り込んで来ている。そんな人が俺に助けを乞うた。


「親分はお前に生きろって言ってるんだよ!」


 もう余力が無いのは明白だ。だがリュカの為に一人でも多く足止めするという決意があった。俺にだって大切な人の為に頑張る気持ちくらいは理解が出来て。分からず屋の少女を抱え上げて前へと駆け出す。背後からニャーと猫の声が聞こえた気がした。


「やだ、馬鹿。下せ。オレだって戦士なんだ、戦うよ!」


「悔しいのは分かる。でも俺たちはまだ弱いんだ!」


 闘気による暴力で、戦場と化した会場を押し通る。平時なら手強い戦士達もアリスの出現で迷っていた。人狼と始獣、どちらと戦えばいいのかと悩む思考の隙を付いて蹴散らしていく。


 背後からは黒豹さんの援護もあった。獣闘士と違い魔剣技を使い熟す彼の存在は10人力である。地属性の魔力を固めて散弾銃の様に飛ばすのだ。面による広域制圧。敵が密集している状況ではなんとも使い勝手が良く、改めて魔法の重要さを理解する。


 リュカは押し黙り、俺も無心になって一直線に駆け抜けた。思ったより時間は掛かったが、なんとか俺たちは出口の扉の近くまで来る事が出来たのだ。あと一息で処刑場から出られるぞ。


 そう思った時だ。大扉に人型の黒い染みが浮き上がった。いや、違う。俺の隣に居た黒豹さんが、吹き飛ばされて無残にも非常口のピクトグラムの様に変えられてしまったのだった。


「貴様……アリスに向かったはずでは……」


「もう終わったから来たんだ。俺をあまり舐めるなよ」


 心底詰まらなそうに狼男は言った。気づけばレーザーが止んでいたが、そうかジャバ君はまた死んでしまったのか。不死身の怪物とはいえ、利用し無駄に命を消費させた事に良心がチクリと傷んだ。


「おい、お前もリュカを殺そうってのか。父親なんだろう」


「仮に父親だったとして。俺はやはり殺すだろうな。人狼の血を継ぎながら、この体たらくだ。自覚無く、才能無く、決意も無い。弱い狼は死ね」


「……」


 牙を向く狼男の姿に、狼少女は言葉を失った。その表情はまさに親に叱られる子供そのものである。しかし死ねとまで言われては眼に力を込めて不服を訴えていた。


「何か言いたそうだな」


「……母さんは、言っていたんだ。オレは父さんに似ているから強くなるって。戦士になって魔力を貰えば、ちゃんと認めてくれるって。なんだよふざけんな。オレには機会すらくれないじゃないか」


「ルーは随分甘やかしたようだな。お前が猫族の元でどんな暮らしをしていたかは知らんが、狼族は人狼伝説のせいで多くが迫害された。人に縋ろうとしている時点でお前は弱いんだよ」


 俺は二人のやりとりを無言で聞く。親子の会話だから交じり辛いだけだが。なるほど。人狼が忌避される中で、この男がヒーローの様に扱われるのは違和感があった。


 それでもヴォルフガングは、力が正義と呼ばれる場所に乗り込み、最強の座を勝ち取っている。腕力で噂を黙らせて栄光を握って見せたのだ。彼からすれば、血に振り回されるリュカは弱く儚い存在なのだろう。


「さっきも言ったが、俺はお前なんて要らない。母親の面影を感じる綺麗な顔だな。その眼からは餓えた獣の様な貪欲さを感じない」


 親の一分(いちぶん)。育てる側には当然、理想の子供像がある。子を育てるのには、金も時間も相応に掛かるものだ。だから立派に育って欲しいという期待は、親ならば誰しも持つに違いない。


 その上での要らないという発言に、傷口をナイフで裂かれた様な心地になった。リュカの苦しそうな顔に自信を投影し、まるで俺まで捨てられた気分になる。


「それでもオレは……ただ愛して欲しかった!」


 父親に憧れていた少女は身を切るような叫びをみせた。戦士になった。魔獣を狩った。母親の言葉に従い、この男に認めて貰う為の努力をした。


「頑張ったんだから褒めてくれよ!」


「はぁ。くだらん」


 そんな子供じみた発言を狼男は心底興味無さそうに、溜息交じりに切り捨てた。だから俺が代わりにリュカの頭を撫でてあげる。頑張ったな、ではない。良くぞ言ってくれたと。


「くだらなくなんて無い。俺達子供は、いつだってその為に頑張るのさ」


 そりゃあ期待に応えられない事だってあるけれど。甘えてしまう事もあるけれど。特別な貴方に認めて貰えるのが嬉しいから、褒めておくれと頑張れる。俺もまさしくリュカと同じ動機だった。


「悪いがリュカは殺させない。そもそも、この場所に到着した時点で俺の勝ちだぜ」




333話じゃー!

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[一言] CCCXXXIII話おめでとうございます(ローマ数字)
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