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332 バスガス爆発



「ははは。はぁ」


 もはや乾いた笑いしか出てこない。それほどに王自らの出陣というのは戦士の士気を上げる行動だった。人狼死すべし。ベルモアの兵士は勿論、味方に付いてくれていた獣闘士までもが、たった一人の少女に殺意を向ける。


 俺の腕の中には、突然の血の目覚めに未だ戸惑うリュカが居た。状況も分からないようで、自らの獣耳を引っ張り端整な顔を驚愕に歪めている。きっと親分の庇護の下で人狼の事など何一つ知らずに育ったのだろうと想像が出来た。


 だからこそ。俺は黒剣を握りしめ。襲い来る兵士を問答無用で叩き斬る。馬鹿野郎。ふざけんな、こんちくしょう。


「手前ら、それでも戦士か。リュカが何をした。こんな女の子の一人がそんなに怖いのかよ!」 


「怖いのだよ。我らは自由の為に偉大なる狼を殺めた。その力を知っている。その憎悪を認めている。故、滅ぼす。ここは獣国ベルモアだ、人間の理を語るで無いわ!」


 バスガスはゆっくりと歩を進め始める。その威圧感は、まるで一歩毎にズシンズシンと地面が揺れていると幻視する程だ。そして兵士は王の手を汚させるなと、我先にと動き出す。


 こりゃ不味い。俺はチラリと脇目を振り周囲を見る。コチラの最大戦力である猫親分と黒豹さんは狼男を止めるので精一杯だ。手下の猫族は逆転した兵力差によりとても身動きが取れそうにない。


 つまり、加勢は期待できないか。上等だ。俺はもはや意地でもリュカを守ってやると刃を構える。


「もしかしてオレが狙われてるのか?」


 ならオレも戦うぜ。そう言い、リュカは俺の腕からするりと抜けると、向かう獣闘士の一人を蹴り飛ばした。その動きを見てわぉと呆気に取られる。羨ましいくらいの戦闘センスであった。


 身体強化は魔法使いのイグニスだって使える魔力操作の基礎だ。しかし魔女では使えるだけで使いこなす事は出来ない。慣れなければ出力と体を動かす感覚が一致しないのである。


 その点、リュカはどうだ。魚が水を得た様に。いや、本能が血に戦い方を刻んでいるが如く、月光色の狼少女は闇夜を踊る。どうやら守られっぱなしのお姫様という気質では無いようだった。


(進化か。確かに数段実力は上がっておるが……)


「が。なんだよ」


(しょせん駄犬じゃな)


 ジグは薄ら笑いを浮かべ、俺は苦笑いを浮かべる。今のリュカは世界の色が変わって見えている事だろう。それほどに魔族の血と魔力は彼女に力をもたらした。本人もオレって無敵なんじゃねと調子に乗っている。


 けれど扱えるのはせいぜいが活性だ。ちょっと強めの相手に当たれば、容易く捻じ伏せられてしまう事だろう。


「それは俺がカバーするよ。戦力になるだけマシさ。オラァくたばれ蜥蜴野郎がぁ!」


 俺はリュカの背後に近づく蜥蜴男を吹き飛ばす。肘を鎌の様に曲げて、首を刈り取ってやった。プロレス技では確かアックスボンバーと言ったか。


「ぐぼぉ、俺はみかた……」


「あら、御免あそばせ」


(カカカ。憎悪に満ちたアックスボンバーじゃったな)


 わざとじゃないんだ。本当だよ。獣闘士は厄介なのであった。兵士は鎧を着ているので分かる。親分の手下も武装しているので判別がつく。だが彼等は敵と味方の区別がつきやしないのだ。


「おいツカサ。こいつ等強いしキリが無ねぞ!」


「分かってるよ。隙見て強行突破するぞ」 


 リュカがこの場に居ては親分達は不利だと分かっていようと退けないのであった。でも、脳裏に何処までと思考が巡る。


 俺が無理に脱獄しなかったのは黒豹さんに獣人の追跡能力を教えられたからだ。当初は猫族の縄張りに逃げ込む予定であったのだろうが、もうそれも許されまい。


 少女は一体、何処まで逃げればいい。会場を出て、町を出て。或いは国すれも出なければならないのだろか。


「力に目覚めてすぐにこの強さか。やはり今の内に殺すしかない!」


「させねぇって言ってんだよブルドッグ。お座りでもしてろ!」


 俺は武器を持っている事もあり、リュカと共に近づく兵士をバッタバッタとなぎ倒した。バスガスは戦局を眺める様に、或いは人狼を見定める様に、一定の距離を保っていて。


 いよいよ危険と判断したか、闘犬はもう俺になんて目もくれずにリュカに飛び掛かる。させるかと黒剣を振るえば、刃はズズリと脇腹を通り抜けて。血糊が弧を描きながらに飛んでいく。


 しかし止まらない。深手に掛からわらず、己の命より人狼の血を途絶えさせる事が優先とばかりに突き進み、狂気の形相でリュカに丸太の様な腕を振り落とした。少女はどうやらギリギリに気付き、間一髪で躱したようだ。地面を抉る威力の拳に青褪めていた。


「あばばば」


「お前たち犬族にとって人狼はそこまでの存在なのか?」


「代々アリスと共に受け継いできた、この国の業だ。歴史の生んだ落とし種。赤子を逃した事で我々はずっと恐怖をしている。今、その手に届く場所に居るならば、摘まずにどうするか」


 ブルドックが語るのは要するに歴史認識の差だった。俺がハイエナの爺さんから聞いた話は、守護神として君臨していた人狼の一族を卑怯な手で陥落させたという部分だけ。それも事実ではあるのだろう。


「人狼は我らを魔族に売った。肥えた土地と世界樹を森人に奪われ。始獣の住まう、この荒廃した地を押し付けられた。再び奴らの手にこの国を渡してなるものか!」


「…………」


 俺は、勝手に人狼を可哀そうと思い感情移入していたが、果たして人狼は聖人であったのだろうか。


 バスガスの話を聞けば、心当たりはあった。エルツィオーネ領で今も鉱山を掘る獣人達。元は魔大陸から連れて来られたと聞いた覚えがある。大森林の一部が彼らの物だったという主張も、住まうのが魔王軍だったエルフと考えれば奪われたという辻褄も合う。


「ジグ、この話を聞いてどう思いますか」


(獣人ってさぁ。従順だし、五感鋭いし、体力あるし。まるで奴隷にする為に生まれてきた種族だよね)


「…………」


(ってシエルが言っておったわー)


 よしこの糞魔王。しばらく禁酒な。獣の王が人狼を忌避する理由が。恐怖と畏敬が言葉に乗りヒシヒシと伝わって来た。だが、終わらせるから退けと牙を剥かれても、足は一歩も動かない。


 むしろ、ああそうかいと唾吐き捨てて。これが答えだとばかりに、黒剣を突き付ける。


「過去の事を愚痴愚痴と女々しいぜバスガス。俺はさっきから、この子に罪は無いって言っているんだ」


「それこそ戯けた話。私が死ねと言っているんだ。王命に逆らうならば、貴様共々、国家反逆罪だろうがー!!」


「そういや、そういう奴だったなお前!」


 下手に使命などを語られて善人ぶられるよりは余程戦い易いというものだ。頭カチ割ってやるぜアホ犬が。そんな気持ちで剣を振れば、目には驚きの光景が飛び込んで来た。


「なっ……」


 肉盾。一人の兵士が王を守るため、太刀筋に身を晒した。背中をバックリと切り裂かれようと、その表情は誇らしげであり。俺は思考と感情が追い付かずに大きく硬直をする。次の瞬間、頭を割られたのは俺だった。


「ツカサ!? てめぇ、よくも!」


「ぐぉぉ何が?」


(頭上からエルボー食らったな)


 俺を攻撃してきた相手を蹴り飛ばすリュカだが、俺はブルドックの拳からリュカを庇う。1対1をさせて貰えない。これが乱戦の怖さであり人数的不利なのであった。


 不味い不味い不味い。そもそもにバスガスに勝てるか怪しいのに、こんな状況で勝負になるはずが無かった。雰囲気に飲まれ決闘をしそうになった頭を冷やす。


「目的は勝つ事じゃなくて、リュカを逃がす事じゃないか」


 まぁその手段が無くて困っているんですけどね。なんとかリュカだけでも逃がせないかと思い視線を投げる。犬耳を生やした少女は庇った際に尻もちをついたのか、何か踏んだとズボンを叩いていて。


「そうか。その手があったか」


 どこぞの魔女の様なニチャリとした笑みが漏れる。リュカの尻に付着したのは、魔王の浣腸により爆散したジャバくんの肉片だった。


 そもそも今日のお祭りというのは、満月に一番力を発揮する人狼が始獣を殺し続けた日にちなんで風習化されたものである。今は月夜祭と言い、人狼の後を最強の獣闘士がお役目として引き継いでいるが、どうでもいいね。


「ほぅらジャバくん。お前の大好きな魔王様の魔力だぞー」


(カカカのカ。そう来たか)


 大事なのは、あの不死身の怪物だ。汚い花火となってなお蘇るという、ベルモアの抱えさせられた爆弾。それに火を着ける。


「―――aaAAAA!!!」



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