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326 カカカのクソ力



 俺は拳を握りしめ、一蹴りで間合いを踏みつぶした。だと言うのに象さんは垂れ下がる長い鼻をゆらりと持ち上げる。自ら腹部を曝け出す行為は、殴ってみろという挑発行為でしか無くて。


「うらぁあ!」


 ならば味わってみやがれ。打撃は魔力という牙を帯びて、ズドンと太鼓の様に出っ張った腹部に突き刺さる。その手応えに、これは駄目だなと悟った。


 コンクリートでも殴った様な感触はとても有効打を入れたとは思えない。むしろ魔力負けをし自分の手首の方が壊れてしまいそうだ。熊さんを悶絶させた一撃だけにノーダメージというのは結構ショックな話である。


「なるほど。よく練られた魔闘技ですね。現役の闘士二人を退けた理由がよくわかりました」


「でもほとんど効いて無いでしょう」


 象は肯定も否定もせずに無言で拳を振るった。さながらこれが本当の打撃だと言わんばかりに、大きな拳骨で俺の脇腹を抉る。魔力で防御をしているのにミシリとアバラ骨が軋み、衝撃に弾き飛ばされ何度も地面の上を転がった。


「かぁ、剛活性強いなぁ」


(けどまぁ、こんなものか。お前さんなら勝てるぞ)


「簡単に言ってくれるねジグ」


 大活性の上位互換である剛活性が強いのは当然だった。相手は常に俺以上の密度で魔力を纏っているのだ。堅牢(かたい)俊敏(はやい)強靭(つよい)。同じ魔力使いとして、よくそこまで鍛えたと相手を称賛したい。


「だからこそ俺も覚えたかったんだけどなぁ」


 右足を庇いながらよっこらせと起き上がると象は既に視界に居なかった。背後に回り込み、鼻を使って俺を拘束してくる。両腕を使い外そうとするが、こちらもかなりの筋肉があるのかピクリとも動かなかった。


「くそぉ、その太くて長いもので俺をどうする気だ!」


「人の鼻に卑猥な言い方をしないで頂きたい!」


 ジタバタと藻掻いているとフワリと両足が地面から離れる。瞬間、何を企んでいるのかがまざまざと伝わって来た。バックドロップ。この像は仰け反り後ろに倒れる事で、俺の脳天を地面に埋め込もうというのだろう。


「悪いけど、投げ技はもう勘弁だよ」


「なっ、急に力が増した!?」


 本当に痛いんだから。投げられている最中。ちょうど頂点くらいの時に、腕力で強引に鼻の拘束を解いてやった。闘気ならば剛活性にも力負けしないのはヴァンで実証済みなのさ。


 今度はこちらが投げてやると、技が不発に終わり体勢を崩している相手にしがみつく。抱え込むのは、やはり掴みやすい鼻である。思い切り引っ張ってやれば、ピンと張って、次第に散歩を嫌がる犬の様に、ずりずりと地面を滑り出し。


「ぬぅおおお~~~!?」


(カカカ。出た~定番中の定番、ジャイアントスイング!)


 痛めていない左脚を軸にグルグルと回る。回転数が増すごとに慣性で勢いも増し、象さんの驚愕に満ちた声が耳に心地良い。処刑場はだだ広いので、そのまま手を放してもむざむざと解放するだけだろう。最後は地面に向かい、思い切り叩きつける様に投げ飛ばしてやった。


「驚いた。これ程の力をまだ隠していたのですね」


 平然と立ち上がる象の言葉に今度はコチラが言葉を失う。先の2戦は手抜きをしていたみたいな言い方に、チクリと良心が痛んだのである。


「こっちも次の場所に立つ為に必死なんだよ」


 闘気法は限界突破の技。魔王に仕込まれてから幾度と俺を救ってくれたのだが、悲しきかな人間向きではない。現状は、闘気も活性も両方の進化が施錠されてしまっている気分だ。


 俺はまだ闘気を生かし切れていないのである。ジグは何処までも出力は上がると嘯くが、か弱い人の身では肉体の方が先に崩壊してしまうのだった。


「だからさぁ、強者は歓迎だよ。食べ応えがある」


「ふふ。なら小さき獣よ、私を乗り越えてみるといい」


 ズドンと地が爆ぜる。ゴム毬の様な体型の巨躯が猛烈な勢いで眼前に迫り来た。足が不自由な今、俺に出来る選択というのも少なく。迎撃。闘気の一撃を食らっても無表情で居られるかよと、渾身の左スマッシュで象を討つ。


「ぶぎぃ!!」


「ぼんごぉ!!」


 象は苦悶の表情を浮かべつつも、歯を食いしばり左腕を被せて来た。これがクロスカウンターの形になり、俺たちは同時に明後日の方向に首を曲げる。


 これは相打ちか。いや、全然負けだ。なにせ闘気を使っていては魔力防御が出来ないのである。既に意識を飛ばしそうな俺とは違い、象はギョロリと顔を戻し、第二打の準備に取り掛かり。


「ぽう!」


 掌打が無防備な俺の顔面に炸裂する。目の前が真っ白になった。ほんの一瞬だが完全に意識も飛んだと思う。気付けになったのは折れた右脚だ。倒れる体を自然と支えようとしたのだろう。 


「ぬぁああ!!」


 激痛で目を覚まし、同時にこの試合をリュカが見ている事も思い出す。右脚でそのまま踏ん張りながら、象の顎を打ち抜いてやった。


「なんていう威力でしょう。意識が飛びかけましたよ」


 象はパオンと歓喜の雄たけびを上げ、四股を踏む様にドスンと深々と腰を下ろした。相手は不思議な目をしていた。円らな大きな瞳は闘志に燃えていて、それでいて酷く冷静だ。

まるで、お前に覚悟はあるのかと問う様な視線であった。


 象さんは殴り合いをご所望なのだ。俺の膝がまた壊れた事を知り、自分と正面からやりあう覚悟はあるのかと決断を求めていたのだ。問われるまでもない。


「気遣い悪いね。俺はこんな状況慣れっこだよ!」


「好き戦士!」


 その意気やよしと、スルリと鼻が伸ばされ体に巻かれた。なるほど、チェーンデスマッチならぬ、象鼻デスマッチ。次に倒れた方が負けという事か。


「獣闘士ってのは、もっと派手に戦うものなんでしょう。こんな地味な事やってていいの?」


「構いませんとも。だって私は今、貴方だけを見つめているのです」


 外野の事など知るか。目を逸らしたら自分は負ける。そう言い切られて、改めてこの戦士の強さを実感した。油断なく、慢心なく、しかして公正に俺に勝つという意思が伝わって来た。


「ならこちらも最強フォームで迎え討つまで。ジグ!」


(よっしゃ、額にカと書いとけ)


 嫌だよ。しかしてこれがカカカのクソ力。真っ黒に塗りつぶされる闘気は、魔王の魔力そのものであり、強い闇属性を持つ。質量を司る属性故に、一度纏えば攻撃力も防御力も大幅な向上を見せるのだった。


 動いたのはほぼ同時。先に象の拳が腹にめり込んだ。向こうも魔力を全力で込めているのだろう、体を芯から揺るがす様な衝撃が伝わって来る。


「妙な手応えですね。魔力防御を叩いた時とは違う、純粋に硬く重い物を殴ったようです」


「そうかい。じゃあ歯を食いしばりな、ここからは暴力だ」


 突き出した拳はドズンと、相手の魔力防御も腹筋もぶち破り刺さった。攻撃に耐えるのだと意思さえも砕き、頭上からは大量の涎が降って来る。


「なん……のぉ!」


 振り落とされる拳が脳天に直撃した。足が地面に埋まるのではと思うほど強烈な一撃である。頭上に星がクルクルと回る錯覚に陥りながら、膝を叩いて転倒だけは阻止をした。


「んん!!」


 俺はまた腹。今度はフック気味に、脇腹へと抉りこむ様に打ち付ける。象は太くて短い脚を、ガクガクと揺らしながらも倒れなかった。俺は一撃で決まってもおかしくないと思っていたのだが、大したものである。


 けれど。象さんの鼻はシュルリと解けた。もう鼻を持ち上げるだけの体力も無いのだろう。


「どうした、お終いか! 打って来いよ!」


 意識が半分飛んでいるのだろうか。痛みで行動が出来ないのだろうか。それでも右手はプルプルと持ち上がり、最後に俺の鼻を優しく叩く。ナイスガッツ。俺は彼が倒れない様に、肩を貸して体を支える。


「約束を守ってはくれないのですね」


「だって、貴方が俺の足の怪我を狙えば勝てなかったし」


 そんなに情けを掛けられて無情になど成れようものか。試合には勝たせて貰うけど、勝負は引き分けといこうじゃないか。それに曰く。


「敗者は負け方も選べないそうですよ」


「それは参りましたね」


(カカカ。その通りであるわな)


 どうせまたブーイングでも飛んでくるのだろうと野次を覚悟していたら、意外にも拍手や喝采がチラホラと聞こえてきた。一体どういう心変わりだろうかと眺めていると象さんは言う。


「私はこれでも上位の闘士です。それを破ったのだから、君の強さはもはや疑いようが無いでしょう。さぁ手でも振りなさい」

 

「うおっと」


 象さんは鼻を使い、俺を肩に乗せてくれた。肩車の上で悠々と手を振りながら、勝利を味わい……また投獄される。もう解放してくれたっていいじゃん。



 栄光の瞬間なんて一瞬であった。牢屋に戻った俺は、例によりダメージに苦しみ、床の上を転げ回っていた。ぶん殴り合いは正直きつかった。


 そして何よりもキツイのが闇式の副作用。交代にしてもそうだが、ジグの魔力を大量に取り込むと、暫く自分の魔力が扱い辛いのだ。なので大活性で自己治癒も出来ずに、まるでゾンビの様にアーアーと喚いていた。


「おみゃー、とうとう上位を破ったか」


「え?」


 いつも通りのお爺さんの声なのだけど、今日は壁越しから聞こえるものでは無かった。牢の前に立ち、柵越しに俺を見下ろしていた。一体何故外に居るのかと疑問に思うも、次の瞬間にもっと驚きの行動に出る。


 なんと鍵を開けて普通に入って来たのだ。そして俺の上で壺を傾けるや、ドバドバと中の液体を掛けて来る。


「まだ死なれては困るんでね」


「……それは一体どういう立場からの発言なの?」


 回復薬であった。リュカが使ってくれた様な粗悪品ではなく、一瞬で骨も接げる本物だった。おかげでジュウジュウと煙を立てながら怪我が治っていくのが分かる。


(これは迂闊だったな。爺の部屋など覗こうとも思わんかったが……)


 隣の部屋に居るので、勝手に同じ様に拘束されているのだと思っていた。だが実際は本当に囚人なのかと訝しむ程に自由な振る舞いではないか。このお爺さん何者なんだ。




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