321 意義あり!
蛇馬魚鬼を倒したら舞台は徐々に上昇をして行った。処刑者が居なくなったので、これ以上は無意味という事だろう。
しかし手巻きのクレーンで50メートル程も降ろされたので、俺たちが地上に戻るのには時間が掛かる。その余暇にジグルベインを問い質した。
「魔獣はともかく、魔族の親ってどういう事?」
(わりとそのままだ。お前さん、魔獣と魔族の共通点分かるかや?)
進化でしょと答える。どちらも強い負荷が掛かった時に、困難を破るべく壁を超える性質があるのだ。ジグはピンポーンとクイズ番組の様な擬音を告げて。その進化こそが原初の敵と呼ばれた、あの獣由来の力であると教えてくれる。
(まぁ太古の話だから儂も正確な事は知らんが、先祖はアレを食っていたらしいぞ)
「……そういう」
灰にしても蘇る永遠の存在。考え方を変えれば、無限の食糧とも言えるわけで。太古から生きるジャバくんは、これまであらゆる生物に食べられて来たという事なのだろう。そしてその細胞は根付き、今も生きている。少しばかり悍ましい話だった。
「その例だと、魔獣を食べると間接的に食べた事にならない?」
(カカカ。流石に直でなければ大丈夫だろ。魔獣を食って進化した人間は知らんなぁ)
ジグの言葉に静かに胸を撫で下ろす。知らぬ間に人間を辞めているなんて御免である。まぁ魔獣を食べてはいけないのなら、この世界に人間なんて居なくなるのだが。
そんな話をしていると足場はいよいよ地上に戻ってきたか。まるで夜が明けたかのように日が差し込んだ。暗闇に慣れていたので白む視界に目を細めていると、何故か歓声までもがワーキャーと降り注いで来る。一応処刑のはずだったよね。
「当然だ。ここ最近始獣を倒した罪人なんておらん。本当にありがとうがね」
「自分の為にやっただけだよ。後の事までは知らん」
お礼を言ってくる犬のお爺さん。お互いに生き残れればいいねと笑い合う。地獄の蓋と呼ばれていたドーナツの穴の様な隙間も、降ろしていた足場が戻って来た事で閉じようとしていた。
上がりきる間際、地の底からガラスを引っ掻く様な鳴き声が反響する。どうやら本当に蘇ったらしい。真っ二つにしたんだけどな。
「んーむ。よもや5人全員が生還するとは。これでは刑罰に成らんなぁ」
「バスガスよ。刑は刑だ。地獄より生還した者は祝福すべきである。特にあの人間はアパムゥを見せた」
「分かっとるよ。あーオイ、こいつらの罪状は何だ?」
偉そうなブルドックは椅子にふんぞり返ったままに部下から紙束を受け取っていた。恐らくは罪人のリストなのだろうが、眠そうな顔で眺められると怒りが湧いてくる。だってそうだろう。死刑を執行してから罪を確認する馬鹿が何処にいるのか。
「意義あーり! 弁護士を呼べ、弁護士を。この国の司法はどうなってやがるんだ!」
「はん、生憎だな人間。私が法だ!!」
「あの野郎言い切りやがった!?」
(うーむ。昔ながらの完璧な論理武装よなぁ)
暴力の時代があるわけだ。早く時代に追い付けよ犬っころ。今は枷も無いので逃げ出したい気持ちに駆られるのだが、それをさせないのが一対の瞳。デブルドックの傍に佇む狼の獣人は逃げるなら逃げてみろと言わんばかりに獲物を狙う目をしていた。
身動きが取れないのは他の罪人も同じなのだろう。体力の無そうな爺は置いておいても、ジャバウォックの前では生き汚さを見せた猿までもが足を竦ませている。一体何者なのか。もしやリュカと何か関わりがあるのではないかと思いながら、視線を交わす。
「ほう、あの猫野郎の娘に手を。いや……人狼の疑いあり?」
またその単語であった。クワリと目を見開いた犬は立ち上がり、柵から身を乗り出しそうな勢いで、何の目的で入国したのかと吠え立てる。そこに気付いたか。狼少女を送り届けた事情を知らなければ、人間の俺は獣の国では異分子だ。
「よく見て、どう見ても俺は人間でしょ!」
「んー。よく見たら、その銀色の前髪は魔族っぽいな!」
「藪蛇! 畜生、忘れてたー」
鏡を見た時くらいしか意識しないが、キト戦以降、俺の前髪は一部が銀色なのだった。説明面倒だなと考えていると、ふと視界に入った犬爺は驚きの顔をしていて。いや、見れば会場中がドヨドヨと不安の芽を宿している様に見えた。
「騒ぐな! このヴォルフガングが居る以上、人狼の伝説など恐れるに足らず!」
そんな雰囲気を一変するように狼男が動く。「とう!」とさながらスーパーヒーローの様に舞台へと降りて来たのだ。
目的は察する。不安要素の排除。要するに俺を制圧しに来たに決まっていた。躊躇う事なくアクセルを即ベタ踏み。霊脈を瞬時に大活性させ臨戦態勢へと移行して。
「ガハッ!」
「ほう、この手応えは魔力を纏ったか。やはり良い戦士だ」
「て、てめぇ……」
「安心しろ、死刑には俺がさせない。明日より獣闘士として舞台に上がるがいい」
速すぎた。強すぎた。重い拳が腹を叩き、たったの一撃で行動不能にさせられる。
キトやアルスさんの様な超人とは比べないが、英雄と呼ばれるだけの実力を。この男は勇者と同じ領域に立っているのだと肌で感じた。
(ふぅむ?)
◆
「おみゃー大丈夫きゃー」
「いてて。とりあえずは生きてるよ」
壁を挟み犬爺の声が聞こえた。俺は冷たい石の床に寝そべりながら返事をする。この部屋にベッドは無い。今日は固い床で眠る事になりそうだ。
あの後、牢屋に放り込まれたのである。物一つ無ければ窓も無い、人を閉じ込めるだけの雑な空間。こんな狭くて暗い場所に居たら気分まで陰気になりそうだった。なので壁越しのお爺さんに向けて声を張り上げる。
「ねえ、この国の人はなんで人狼って言うのをそんなに恐れているの?」
「そうか、そりゃあ知らんよな。国というか犬族が特別恐れとるんだわ」
聞けば、このベルモアという国はある一族の元に集い出来たそうだ。あの始獣を封じ込めつつ、一帯を縄張りとして管理していた強者らしい。その一族こそが人狼なのである。
時勢が変わるのは混沌の魔王の侵略によってだとか。四天王の一角と互角の健闘をするも、魔王の参戦により国は魔王軍の手に堕ちたのだ。
「まったく、酷いジグルベインが居たものだな!」
(おう、一体どこの偉大な王様じゃろうな。カカカ)
そして混沌の死後に事件は起こる。獣人は自分たちの国を、獣の王国を取り戻そうと蜂起して。しかし人狼だけは負けたのだからとジグルベインに忠を置こうとしたそうだ。俺にはこの段階で結末は見える。なにせ今は元通りの獣人の国なのだから。
「恨まれてるかもってことか」
「ははは。勝てたならば誇れもしたろうにな」
爺は続けた。武力で反逆しようにも人狼は混沌軍の幹部に匹敵する強大さだった。ではどう勝ったと思うと、壁越しに聞こえる声は、とても卑屈な響きをしていた。
「当主が女の時を狙ったのだ。女は孕んでいる時に大きな魔力を使うと、子を死なしてしまうからな」
「……おいおい」
(まぁ没落する時はそんなもんよ)
反乱を主導した犬族は身重な女当主を人質に一族を殺した。だが、人狼は命を懸けて赤ちゃんを産み。国を挙げて大捜索をするも子供だけは見つからなかった。奴らはいつか復讐しに来るのではと、伝説を今でも恐れているのである。
俺はなんだか、とてもやりきれない気持ちになり、牢屋の壁を八つ当たりに蹴飛ばした。
このまま目を瞑って不貞寝してやろうと考えるも、手足を分厚い鉄で拘束されていては眠気が訪れるはずもなく。ただぼんやりと暗い天井を見つめる。
「イグニス元気かなぁ」
既にエルフの町を出て7日。約束の期間は過ぎてしまっていた。けれどそれは、毒に侵された彼女が回復した事を意味する。忘れる事なんて無い、赤髪の魔女の顔。声。仕草。懐かしむように思い出しながら、早くイグニスに会いたいと願った。
名古屋弁は翻訳サイトを利用してるのですが、怪しいですね。ごめんなさい。




