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314 走れツカサ



「うぉおお~!」


 俺は全力で走っていた。森の中は草が茂り、枝が阻み、木の根が罠の様に足を絡め取る。何度転びそうになったか分からないが、それでも不屈の意思で駆け続ける。


 既に足が鉛の様に重かった。額からは玉の汗が零れて目に染みる。いや、それを言えば全身が汗だくだ。体に溜まる熱と酸素を求めて喘ぐ肺が、もう休ませてくれと悲鳴を上げ続けていた。それでも進むしかないのだ。足を止めてはならぬのだ。


「おいツカサ~。ちょっと休憩しようぜ。どれだけ走ったと思ってるんだよー」


「バカやろー! もう3日経つのにまだ大森林を超えられてないんだぞ。この進み具合だと町に着くまで何日掛かるか分からないじゃないか」


 ついに弱音を吐きだすリュカ。彼女は獣人として少女とは思えない体力を有している。それでも大活性の速力に付いてこさせるのは少し酷だったか。足を止めぬまでも、やや速度を落とす。


「だいたい、なんでそんなに急いでんだ」


「手紙に5日で帰ってくるって書いちゃったんだよぅ。このままじゃ俺はイグニスに殺される」


「知らねーよそんな事!」


(カカカ。ご愁傷様じゃな)


 いや、笑いごとでは無い。約束の日数を過ぎたならば、後は刻一刻と魔女の機嫌は悪化していくだろう。これではリュカを無事に送り届けた所で俺を待っているのは火炙りの刑だ。


 具体的には炎の回復魔法で燃やされ続ける事になるだろう。蘇る恐怖体験から本能が全力で回避せよと訴えてくる。なので俺は親友を救うメロスの如く必死で駆ける必要があった。


(それただの自業自得と言わんか?)


「不慮の事故だ。待ってろよ、セリヌンティウス(俺の未来)!」


 誤算だったのは、やはり迷いの森の存在だろう。エルフの町に着く為にも苦労したものだが、ベルモアの国境に向かうとなると同じ様に森の経路は複雑さを増した。


 北に向かって進んでいたはずなのに気付けばとんでもない方向に進んでいるなんてしょっちゅうだ。地図と睨めっこしながら微速前進をしていたが、このままでは埒あかず。一つの結論を出したのは今朝の事。


「羅針盤なんて渋滞のもとー!!」


 エルフが作った道を通るから迷うのだ。俺は方位磁石の示す北だけを信じて森の中を突き進む事にした。道から外れたら途端に植えられた食獣植物が牙を剥き始めたが、知るか。黒剣を片手に強行突破し始めて。


「オレこの森嫌いだ!」


「奇遇だな、俺もだよ!」


 吊るし木なんてまだ可愛い方だ。蔦に触れるとスプリンクラーの様に酸を撒く木や、やたらと食欲を誘う匂いを放つ食獣花。踏みつけると爆発する地雷の様な茸まであった。


 俺の中で森は人里の喧騒に疲れた時に癒しすら感じる場所であったのだけど、ここはあまりに悪意が高すぎる。そこに大繁殖している昆虫まで加わると、もうウンザリという言葉しか出てこない。


 それでも前進。ひたすら進み愚直に駆ける。偶に休憩を挟みつつ、精も根も尽き果てるまで迷いの森を爆走した。


「はぁ……はぁ……やっと抜けた……のか?」 


「みたい……だな」


 どこまでも続くと思えた緑が終えた。河原ではなく崖になり大地が途切れている。足元を流れる川のせせらぎを聞きながら、二人して地面に尻を着き、小さな達成感を噛み締める。


 一息ついているとリュカが喉が乾いた限界だとぼやくので魔道具の水差しに水を満たした。徒歩での移動が前提だったので手荷物は最低限だけど、相変わらずお釣りが来る程の高性能だ。


「この川を越えたら、一応ベルモアなのかな」


「さぁー。境とか詳しい事はオレにはなんとも」


 住民なんだから気にしとけや。俺も軽く喉を潤し、余った水は頭からぶっかけた。火照る体に気持ち良く、酸欠気味だった脳みそは思考力を取り戻した様に思えた。


 適当に走って来たので現在地は不明。都合よく橋の様な物も見当たらない。それはまぁ仕方ないとして。気になるのは水の流れる方向。恐らくこの川はリュカを拾った場所の下流なのではないか。


 ならば一つの道標になる。俺は上流に視線を向けながら、へばる少女に向けて、オイと言葉を投げた。


「これ以上は闇雲に進んでも無駄だし、取り合えず川沿いに進もう。リュカが落ちた崖は町から近いの?」


「獲物探して彷徨ってたから何とも言えないけど2日掛かった」


「遅刻が確定した!」


 狼少女は町からあまり出なかったので川の存在すら知らなかったのだと言う。狩りの獲物を探してつい山の深くに入り込み、あの獅子犬と遭遇したようだ。きっと大森林の近くなのでスタンピードの影響が少なからずあったのではないかと予想した。


「川沿いに行くのはオレも賛成だ。ひょっとしたら見たことある景色を思い出すかもな」


 問題はどうやって渡るかだなと、リュカは近くの岩場に上り、渡れる様な場所はないか周囲を見渡す。川の流れを追う分にはこちら側からでも構わないのだけど、大森林がよほど嫌いになったとみえる。


「まぁ折角だしベルモア側を歩いてみるのもいいか」


「だからその方法を探してるんだろう」


 馬鹿な奴だ。そんな事を言いたげな視線を浴びるが、馬鹿はお前だ。崖の高さは10メートル、向こう岸までは20メートル程か。確かに一般人では結構な障害だが、魔力使いを舐めたらいかんよ。


 リュカを担ぎ上げれば、何をするんだと抵抗をした。行くぞーと声を掛けると、次の行動を理解しもっと暴れた。


「しっかり捕まってろ。落ちても知らないぞ」


「ばっか、お前!?」


 助走を取る為に崖際から少し後退。ギアは大活性の纏で十分だろう。足に溜まる魔力がバリバリと音を立てて。一歩目の加速の時点で悲鳴が上がる。だが二歩目で声は掻き消え、三歩目、踏み込みと共に爆発するエネルギー。


 ヴァンくんお得意の迅足だ。風切る速度で跳躍し、宙に長く滞空すれば、まるで鳥にでもなった気分だった。けれどそれは出来ると確信を持つ俺だから。リュカは無理矢理に絶叫マシーンへ乗せられた様に、んぎゃーと気持ちの良い叫びを響かせた。


「余裕余裕。さぁ行こう」


(お前さん、だんだん野生に帰りつつあるな)


 「いつか覚えてろ」そんな覚えていたくない恨み言を聞きながら、俺はいよいよベルモア国へと足を踏み入れる。川沿いに行こうと話したばかりだが、折角の入国。どれどれどんな景色かなと魂が抜けた様に横たわる少女を置いて進んだ。


 正直、期待はしていなかった。こんな森の中なので、どうせ山しか見えないのだろうと。しかし歩いた先で視界の開けた光景を見て、俺はあんぐりと口を開いた。


「なぁジグ。もしかしてこの国にも特異点があるの?」


(いや。儂の知る限りでは無いぞ)


 例えるならば、小道を曲がった先が、月の裏側だった様な。はたまた大戦争の跡にタイムスリップしてしまったかの様な。とにかく、この土地で一体何があったのかと理解を失う程に凄惨な光景だった。


 山という山が巨人にでも蹴飛ばされたみたいに抉れている。いや、山だけではない。至る所で地面が大小に陥没しては地肌の色を曝け出してしまっていた。


(犯人は魔王ではなく流星群という扱いになるのかのう。この世界には何か所か似たような場所があってな)


「流星群って」


 つまりは隕石に爆撃をされた跡なのだと。空から散弾銃を撃ち込まれたかのようにデコボコな大地を眺めていると、リュカが追いかけて来たようで。なんだ知らなかったのかと、さも当然の様に景色を肯定する。


「すげえだろ。この辺りは端だからマシなほうなんだ。都にはもっとでっけえ穴が有って、代々最強の戦士はそこでお役目をするそうだ」


 ラウトゥーラの森という隕石跡地を知っている為か、フーンと流しそうになるのだが。次に少女は何とも気になる事を言った。地獄の蓋を守っているのだと。


(おう。ベルモアには地獄がある)


 行きたくなくなる情報だ。俺は別に猫耳が居れば十分なんだけど。



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