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312 閑話 ラルキルド領経営日記4



「わー! 此処がラルキルド領なんだ!」


「こら、エーニイ。シャルラ様の前ですよ」


「うふふ。構わないよレクシー。訪問を楽しみにしてくれるのは嬉しい」


 馬車から降りて町を眺める女の子達。遠慮の無い視線でキョロキョロと見られると、まるで自分の体でも観察されている気分になり妙に気恥ずかしい。変な所が無ければいいのだけれど。


「あらー。本当に一鐘も立たずに着いちゃったのね。これは今後も是非お願いしたいわ」


「ハッハー。凄まじいですな、人馬の脚力と体力は。許されるなら騎士団でも正式採用したいくらいですよ」


「うーん。それは流石に嫌がりそうだ」


 ターニャ様とアトミス殿は人馬の機動性に興味を抱いている様である。この目の付け所が年の差なのだろうか。ともあれ、やっと開催されるお茶会。参加者の四人は嫌な顔も見せずに魔族の領地に踏み入れようとしていて。私はそれがとても嬉しかった。


「実際に走った感じはどうだローシャ。大丈夫そうならエルツィオーネ家への配達はこれからお前に任せるけど」


「まだ走り足りないくらいですわシャルラ様。やりますので報酬は人参でお願いします」


「自分で買いなさい。これなら100本以上は買えるはずだ」


 はい、と手に銀貨を握らせる。普段物静かな少女は興奮のあまりヒヒーンと嘶き、早速ちょび髭商会に行くと馬車を牽いたままで駆け出していった。その様子を呆れ顔で見送ると興味を抱いたのかエーニイが話しかけてくる。


「あの子は人参が好きなんですか?」


「というより人馬族が好むらしいんだ。商人が仕入れただけ売り切れると笑っていたよ」


「あらあら。じゃあ家に来た時には取って置きの人参を用意しておくわ」


 エルツィオーネ領にはタマサイという美味しい野菜で有名な町があるようだ。こういう会話が出来るのも交流が始まった長所だと思いたい。


 ラルキルド領とルギニアを結ぶ道は想定より早く開通した。まだ路面は整備してなかったりとお粗末なものだが、誰も通らぬ今だからこそ人馬を伝達役に抜擢出来るのだった。


 ルーランの仕入れてくる他領の品は住人にとても受け入れられている。人馬にとって人参との出会いは運命的だったようで。外からの刺激は確実に住人の心を動かしていた。


「婦人方、良くお越し下さいました。本日はこのハウロが案内役を務めさせて頂きます」


「いや、なんでだよ」


 それではと町門を潜れば、一人の男が待ち受けていた。礼服を着込み、私達に付いてくる気が満々だった。私は頼んでもいないので思わず突っ込んでしまう。


「テネドール伯爵、貴公は此処で何をしている?」


「これはシャルール候。私はこのラルキルド領の良さをお伝えすべく、観光大使を自称しております。予習は万全なのでご安心くだされ」


 アトミス殿はイグニス殿に似た赤い瞳を向けて来た。私はどう説明したものかと思いながらも、事実を告げる事にする。このハウロという男は視察という言い分で毎週遊びに来ているのだと。もはやレーグルで遊ぶ若い衆にはハウさんと呼ばれて親しまれているのだ。


「テネドール伯爵、貴方は妻帯者よね。そんな事していて奥さんは怒らないのかしら」


「うぐっ。いずれは妻も連れて来ようかと……」


 遊び回っている者に女性陣からの視線は限りなく冷たかった。目に見える程に肩を落としているもので、取り合えず一緒に屋敷に来いと声を掛ける。男はまるで花を咲かせる様に表情を明らめた。


 町を案内したい気持ちもあるが、まずは屋敷へ。さぁさぁこちらだと足を運べば、家の前には得意げな顔で扉に立ちふさがる女中が居る。何故だ。シエル様には内緒に事を運んでいたのに。


「シャルラのお友達なのだろう。一番良い茶を淹れてやるから座って待ってなさい」


「ぎゃー止めてくだされ、シエル様ー!!」


 段取りでは侍女のトルシェに頼んでいたはずなのに、黒髪のエルフが嬉々と客を出迎える。子供が初めて家に友達を連れて来たかのような慈愛の眼差しが痛い。


 隔離しておけと言っただろうと侍女を責めると、無理ですよぅと泣き事を言われてしまう。無理かぁ。まぁ無理だよな。私にも出来ないもん。


「ゆっくりしていくと良い。お菓子のお替りも沢山あるからな」


 恥ずかしい。思わず顔を両手で覆ってしまった。それ程にシエル様はご機嫌に接客をしてくれる。ともあれ客間にはお茶をお菓子が用意され、いよいよお茶会の始まりであった。


「シャルラ様、こちらを友愛の印としてお納めして下さい」


 私が主催者としての挨拶をすれば、レクシー嬢から贈り物があると言う。後ろに立つ執事が何やら大きな箱を運んで来てくれた。


「わぁ、これはお皿か。とても素敵な品だ。ありがとうレクシー」


「お気に召して嬉しいですわ。私の町では焼き物が盛んでして、逆にこんな物しかありませんけれど」


 箱に入っていたのは美しい大皿である。正直な所、ラルキルドでは皿など料理が載ればいいと言う価値観だ。焼き物も使いはするが、大半は木や葉を利用している。


 それでも貴族と交流すれば、流石に私も気付いた。美しい食器は一層に料理を引き立てるものだと。なので最近は少しずつ揃えていたりする。今日の茶器もお気に入りの品だ。


「ちなみシャルラ様。それは観賞用でございますよ」


「ええ、コレ使わないのか!?」


 侍女がボソリと耳打ちをしてきた。皿を飾って何になるというのだろう。料理を盛ろうよ。私は大皿を掲げ困惑をした。


「では私は先にこれを渡しておきましょう。本当はエレナ婦人が渡す予定だったのですが、都合が合わなくなってしまったので」


 今度はアトミス殿が鞄から封筒を取り出す。確かアルスと同じ騎士団の人だったので、もしやと思うが正解だったようだ。紫髪の女性はフワリと表情を緩め、ツカサ少年からだと手渡してくれる。


「はて。ただの手紙にしては随分と分厚いですね」


 さらりと紙束に目を通す。どうにも人に料理を教える過程で出来た手順書らしい。ラルキルド領の役に立てば嬉しいと同梱してくれたようだ。ツカサ殿ぉ。その心配りに涙が零れそうだった。今夜早速作って貰おう。


「私は実際に少年に会って来たのですが、まぁ詳しい話はターニャ様にお譲りしましょう」


「あんまり話たくないわぁ」


「ターニャ様、そんな事を言わずに聞かせてください」


 頬に手を当て憂鬱な顔をする婦人にお願いお願いと話しを強請る。勇者一行の話なのだが、ツカサ殿も関わっていると聞けばシエル様までもが耳を傾けていた。


「ほう、キトを退けたか」


「ハッハー。アルスと獣殿とやらの二人掛かりで、なんとか退けただけさ。シエル、お前なら勝てたのか?」


「どうかな。実力ならばまだ負けはしないが、現役というのは大きい。倒れてはならぬという自負がもう私には無い」


 シュバール国という隣国での騒動を聞き終わる頃にはシエル様も被りつきで話を聞いていた。それにしても魔王軍の幹部に単身で挑み、五日も目覚めなかったとは。ツカサ殿は相変わらず無茶な人生を送っているらしい。どうか健康で居て欲しいものだ。


 そしてターニャ様がツカサ殿の次の行き先を告げる。大森林を通過するようだと聞いて、エルフは珍しく目を大きく見開いた。父さまの話では、世界樹とやらが植えられエルフが管理している場所だったか。


「あの二人は大森林に向かったのか」


「ええ、そう聞いているわ。何か問題でも?」


「……いや、私にはもう関係が無い事だ」


 やや歯切れの悪い答えに全員で首を傾げた。ここで少し会話が途切れるのだけど、シエル様は邪魔をしたと身を引いて。代わりにエーニイがハイと手を挙げる。


「伯爵様。私は今日に備えて流行の詩を覚えて来たのです。お話はターニャ様と被るのですが、後で披露しても宜しいでしょうか」


「それは良い。なら町の者にも聞かせてあげて欲しいな」


「ええ町に……いえ、やります!」


 竪琴を片手に照れ臭そうに笑う少女。本来は文字が専門なのだけど、楽器の方も多少覚えがあるそうだ。ではそろそろ町を回ろうかと全員で腰を上げた。


「御覧下さい。此処こそはラルキルド領の誇りしチョビ髭商店街に御座います!」


「だからハウロ、なんでお前が先に言うんだー」


 流石に尻を蹴飛ばしてやった。でもへぇと驚き顔で見渡す令嬢の顔を見るのは悪くない。

 何せ看板こそ違う物を掲げるも、全ての店に同じ紋様が入っているのだ。他の町ではまず見られない光景だろう。


「あの蝙蝠の紋様はシャルラ殿の家紋でしたな。という事は、もしや全てシャルラ殿の店なのですか?」


「はい、実はそうなのです。組合を作るほど人材に余裕が無いので、後ろ盾になる事で活動しています」


 貴族が後ろに居る店は多いそうだが、町規模でやられたら商人が泣くだろうとルーランは言っていた。ある意味は文句を言うギルドが存在しないからこそ出来る、私達だけの体系か。


「最初は宿を中心に開発していたのですが、なら近くに湯屋が欲しい、料亭が欲しいと言っていたら一つの街になってしまいまして」


「いえ、この発想は素晴らしく御座います。レーグル終わりに皆で湯を浴び、飯を食らう。それが一つの通りで完結するとは、このハウロ感服しました」


「あら、パン屋の隣にある出店は何でしょう?」


 通りを見渡していたレクシー嬢が気付く。パン屋の経費は税金で賄える公的な物だ。だからこそ制約も多い。具体的には大きさと値段が決まっている。本当に焼いたパンを提供するだけのお店なのだ。


 ちょっと詰まらないよねとルーランの相談したところ、出来たのが惣菜屋だった。他の町ではギルドで売れる物が決まっているので、隣に相乗効果のある店を出すのは良くある事らしい。


「惣菜屋という割にはなんか面白い形をしてるわね」


「流石はターニャ様。そこに気づいてしまいましたか」


 パン屋の隣に置きたい店を募集した時、あまりに意見が噛み合わなかったのである。種族の幅が広いで好む物に差がありすぎたのだ。


 ならば全部置くから好きに選べという形を取った。これは日替わりや気分で選べると非常に好評である。貴族のオカズを選んで配膳してもらう手法を真似たんだよね。


「つまりお肉から、甘いソースまで付け合わせを選択出来るのですね」


「素敵だね。こういうお店増えないかなぁ」


「そう、選択肢の多さ。これは非常に学ぶべき事である。ラルキルド領では湯一つにしても、熱いものから冷たいもの。浅いものから深いもので多種多様でございますれば」


 種族が多いからね。シエル様には木に囲まれた露天風呂を作れと無茶を言われたし。

 だから一応露天もある。もはや宿の隣にある湯屋というより、泊まれる湯屋と呼んだ方が近いだろう。皆に満足して貰いたいので目安箱を設置し、実際の利用者の声を聴いていた。


「ちなみ私めも風呂上りに冷たいものが飲みたいと要望をお送りしました」


「あれお前か!?」


 本当に馴染んでいるな、この男。通りを一回りした所で、どうでしょうと各人に感想を求めてみた。物珍しさにキャッキャと喜ぶエーニイとレクシーとは違い、大人は鋭い眼で街を見ていたのが気になった。


「お二人は何か」


「ああ、いや。立派なもので感心をしていました」


「そうねぇ。領営のお店という発想には凄く驚きましたわ」


 ただし本番は多領の人間が入って来てからだろうと忠告を貰う。摩擦は必ず生まれるものなので、覚悟はしていると頷き。まずはお客様第一号として楽しんでくれと私は笑った。あ、第二号か。くそぅハウロー。



本編を進めたい気持ちもありますが、切りがいいので何話か閑話を挟みます

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