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308 話し合いをしよう



「仲間が毒に苦しんでいるんです!」


 助けて欲しいと逸る気持ちが不用心にも足を一歩前に進ませた。肝心のエルフはまだ俺を警戒をしていて、その一歩に反応し構える弓を僅かに震わせる。しくじった。空気が張り詰めていくのを肌で感じる。


「待て、早まるな」


 目の前の女性から透き通る様な声が出る。しかし言葉も視線も俺の事を捉えてはいない。はて後ろの方だ。背後に誰かと振り返れば、見えたのは鞘に入った剣が振りかぶられている所だった。


「動くなって言っているんだ!!」


「うげっ」


 俺を制圧すべく背中をぶっ叩かれた。女性は囮だったのだ。視線を集めている間にすっかり包囲されていたらしい。統率の取れた動きと虫を駆除するのに使用していた魔法から、相手は騎士団ないし魔導師団の様な軍事階級なのだと想像出来た。


「こいつ……ビクともしない」


 人の背中を殴っておいて男は驚愕に眉をしかめる。纏っておいて良かった闘気闇式。剣だけでなく自重まで増やすこの魔剣技は、ちょっとやそっとの衝撃では揺らがない。それを証明するように不意の一撃を受けてなお俺は一歩も動かなかった。


 けれどもと思う。闘気で纏うオーラは外部から丸見えだ。もしや魔力行使が警戒を強める一因なのではないか。けれどこれジグルベインの魔力だから使い切らないと消えないんだよね。


「なんだてめぇ等、やんのかよ!」


「リュカやめろ。お願いです、どうか話を」


 武装集団に囲まれたリュカは牙を剥き出し威嚇した。それを諫め、両手を挙げたまま抵抗はしない。悪意は一切無いのだと女性に真っ直ぐな視線を送った。気持ちは伝わったか、幾つか質問をすると言われたので無言でコクリと頷き返す。


「なぜこんな場所に居た。目的無く迷い込む場所ではないはずだ」


「え、普通に……っ!?」


(あーなるほど)


 心当たりを思いつき、駝鳥の上で寝込む魔女に恨みの視線を送った。実は俺たちは川をショートカットをしている。それが不正であり、ついでに迷った原因なのかも知れない。


 エルフはラメールの近くに交易用の町を作っている。本来はそこが大森林への入り口だった。それと言うのも大森林へは大河が遮っているので、余程大きく迂回。それこそベルモア付近まで北上しなければ通行出来ないのだ。


 だけど魔女は気付いた。スタンピードの事件の時、大森林の魔獣は何処から川を渡ったのだろうと。


 上手くいけば時間を短縮出来るぞと抜け道を探してみれば、あったんだ。キトの奴が山を崩し足場を作っていた。むしろ地続きではそこしか通れないので、魔獣は集中してラメールを襲ったのである。


「魔獣暴走の時にサナータ川の一部が埋まったんです。俺たちはそこを通って来ました」


「……なるほど、それはこちらも想定していなかった。あの川を渡れたならばこの近くに居てもおかしくは無いか」


 真偽を見破るべく目を細めるエルフの女性。俺の答えは一応に納得のいくものだったのか、では次だと別の質問が飛んでくる。


「なんの目的で大森林に踏み込んだ。よもや観光などと戯けた事を言ってくれるなよ」


「それは……。今なら魔獣も少ないだろうから、大森林を抜けて隣国に出ようかと」


「そんな馬鹿な事をする奴が居るか! 本当の事を言え!」


 後ろで剣を構える男が吠えた。一応本当の事なのに俺たちの旅行プランは正気じゃないと一蹴されてしまう。イグニスちゃん、元気になったら今度ゆっくり話し合おうね。質問するお姉さんも答えは同じらしく、とても信じられないなと冷たく言い放った。


 射貫くような視線を浴びて、どうしたものかと思考を働かす。この人達が軍人だとするならば、国境付近を彷徨っていた不審者を警戒するのは仕方ない。なんなら警告無しで殺されてもおかしくはあるまい。


 ならばちゃんとした目的を告げるべきなのだけど、魔女の目的だけは話せなかった。なにせ魔王軍と接触したエルフを疑っているから調査に来たのだ。言えるか。


(お前さん、シシアに会いたいと告げろ)


 ええと、と合理的な言い訳を考えていたらジグルベインが援護を差し出してくれた。もしかして知り合いが居るのかもなんて思いながら、シシアさんという人を訪ねて来たと答える。


「何故お前があのお方の名前を知っている!」


「ええ~?」


 地雷ど真ん中を踏んだようだ。魔王の知り合いに碌な人間など居なかったのである。なんとか話しを聞いてくれそうだったお姉さんまでブチ切れてしまい、放たれた矢は頬を掠めた。速い。細い木なら貫通しそうなくらいの剛弓だ。


 このまま戦闘は不味い。イグニスの治療が受けられなくなってしまう。何か有効なカードは無いのかと、魔女ならばどうやってこの状況を打開するのかと必死に知恵を巡らせて。


「この人達なら最長老の名を知っていてもおかしくはない。何せシエル様を表舞台に戻した張本人だ」


「……隊長」


「お前らまずは相手の身分をしっかり確認しろ。この者は勇者一行のツカサ・サガミ。シュバールの恩人だぞ」


「た、助かったのかな」


 ちょうど勇者一行という身分を明かそうと思いついた所だった。本当だ。だが遅れて来た男が俺の顔に見覚えがあるようで、先に問題無しと太鼓判を押してくれた。ラメール防衛戦の時に一緒に戦っていたらしい。


「勇者一行って……誰が?」


「俺と、イグニス」


 理解出来ないとばかりに俺と魔女の顔に視線を往復させる狼少年。周りのエルフ達も敵では無いと上司に言われて、ややバツが悪そうに武装を解除していた。そういや君殴ってくれたね。まぁそんな事はどうでもよくて。


「すみません、仲間が毒で苦しんでいるんです。薬を持ち合わせていませんか」


「ああ、そんな事を言っていたな。毒にも種類がある、変な茸でも食べたか?」


「いえ。ええと、何て言ったかなあの蜂。毒針を飛ばしてくる奴なんですけど」


「針を飛ばす……矢毒蜂か! 大変だ、猛毒じゃないか!」


 やっとこちらの状況が伝わったらしい。桜色の髪をしたお姉さんはオロオロとしながらイグニスの様子をみてくれて、いつ刺されたとか、どんな処置をしたかと質問責めにされた。


「素晴らしい。適切な処置だ。この様子ならまだ数日は持つな。手元の薬では本格的な治療は出来ないが、町まで行けば何とかなるだろう」


「本当ですか、良かったぁ」


 取り合えずとポーションを分けてくれて、毒を焼いた傷跡はキレイさっぱりに治った様だ。そのままお姉さんに勧められイグニスは馬車の荷台に寝かせて貰う事になる。


「ではセレシエ、お前はそのまま彼に同行しろ。町に入るにも身内が居た方が話は早い」


「了解です」


 患者が女性だからとセレシエと呼ばれた女性が抜擢された。隊長らしき男性はこのまま矢毒蜂の駆除に向かうらしい。地図を開きどの辺で襲われたのかを聞かれた。この人達は警備隊という、やはり騎士団の様な組織の一員なのだそうだ。


 虫はもともと多産である為、魔獣という驚異が無いと爆発的に数を増やしてしまう。今も増えすぎないように森の中を間引いて回っている所なのだとか。


「我々はここで失礼するが、いや、流石は勇者一行。森の外周は地図にも載らない小道が多く迷路の様になっているし、食獣植物も沢山植えてある。抜けてくるなんて大したものだよ」


「やっぱりあれはわざとかよ!」


 ハハハと笑い飛ばすエルフの男にリュカは切れた。大変だったもんね。俺も文句の一つくらいは言ってやりたい心境だったけれど、馬車で眠る少女の顔がほんの少しばかり解れた事でそんな感情は吹き飛んだ。


 また縁があればと手を挙げ去っていく男達の背に、ありがとうございましたと深々と頭を下げた。


「こちらも急ごう。町はそう遠くはないが、速いに越したことはない」


「そうですね。お願いします」


 セレシエさんが御者に座る。他に馬車に乗せる荷物は無いかと言うのでリュカを乗せて貰う事にした。そういえば町に着いたらこの少年の事も相談しなければ。


 行くぞと動き出す馬車の後ろを駝鳥で付いて行き、なんとかなって良かったと首に下げた勇者一行の印を握りしめた。早速フィーネちゃんに守られてしまった気分である。


「そう言えばジグ。シシアって誰なの?」


(シエルの息子じゃ。そうかあやつも今や最長老かー)


「ふーん。シエルさんの……息子ー!?」


 時の流れを感じるなぁと感慨深げに浸る魔王に、とうとう俺は突っ込んだ。そういう事は先に言えや。



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