299 閑話 ラルキルド領経営日記3
このシャルラは初めてお茶会を主催すべく計画を立てていた。開催場所は我がラルキルド領で。日頃お世話になるターニャ殿や新しいお友達のエーニイとレクシーを歓迎すべくやる気満々だったのだ。
しかし、その計画は急遽に延期になってしまう。なんでも隣の国で王様が変わるようで婦人方は大忙しらしかった。気合が入っていただけにちょっぴり落ち込むのだけど、そんな時を狙って客が訪れる。
「私がシャルラ・ラルキルドです。失礼ですが、初めましてで合っているでしょうか」
「前触れも無い訪問を受け入れて貰い感謝いたします。我が名はハウロ・テネドールと申す者」
客間で茶にも手を付けずに座る男。まるでエルツィオーネ家の目を盗む様な登場にフムと顎を擦る。男は供も連れずに単身でこの領に来たようだった。だがそれも可能だろう。筋肉の付き方だけでも優れた戦士である事が伺えた。
問題は何の用で、だ。玄関で剣は預かったものの、何かしらの決意をした様な強い視線が刺さり、私としても気を抜けない。
「不躾なのは承知の上でお願いがございます。どうか私めと立ち会っては頂けないでしょうか」
「え、普通に嫌なんだけど」
「いいじゃないか、受けろよシャルラ」
「シエル様、客人が来てるのですからノックくらいお願いしますよ」
ハウロは突然響く背後の声に驚き振り向く。腕に自信はあるのだろうが何せ相手は化け物だ。気配など微塵も感じさせずにホレと預かっていた剣を突き出していた。
「これが【黒妖】シエル・ストレーガ……!」
「ほう知っているか。私もテネドールという名を知っているぞ。昔この辺りに軍を率いていた英雄の名だ」
「……然り。テネドール家はラルキルド領への侵攻をしていた。更にはラウトゥーラ
周辺の獣人をベルモアへ押し出したのも我が家である」
つまりは因縁の相手という奴だった。更に本人は、クーダオレ子爵の息子をラルキルド領へ寄越したのも、先の事件でメルフラフ家の進行を許したのも自分だと申し出る。その様子を見て私は子供が叱られる為に自白している様に見えた。
「ふうん。何やら訳ありのご様子。言っておきますが、この領にはまだ教会が無いので怪我をしても癒せませんよ」
「望むところ」
そして場所は中庭に移り、トルシェ達がハラハラと見守る中。ハウロは地面に仰向けで倒れこんでいた。残念ながら私の圧勝だ。いや、少し前なら2~3度死んでいたかも知れないけれど、私は最近シエル様に猛特訓を受けている。その程度で【影縫い】を名乗るなと叱られたのだ。
「そろそろ理由を尋ねてもよいだろうか」
「このハウロの中にも、あったのです。もし貴女を討ち、英雄に返り咲けたならばという浅ましき思いが。それを、打ち砕いて頂きたかった……」
「真面目なのですね」
テネドール家は騎士の家系だった。混沌の君が亡き後、人間の領地を取り戻すべく最前線で戦ってきたらしい。その活躍は目覚ましく、東北の広い領土をランデレシア王国の支配下に置いたとか。
「古い話です。戦うしか能の無い我らに経営の才は無かった。今や食糧の輸送拠点として預けたクーダオレ領の方が栄える始末でございます」
自嘲気味に体を起こした男は、跪きながらにとんでもない事を言ってきた。土地を貰ってくれないかと言うのである。
「派閥が後援者であり私は侵攻を見逃しました。その不祥事の罰として王より申し付けられております。ラルキルド領へ金貨か同等の価値の物を渡し謝礼とせよと。どうかこれで手打ちを願いたい」
「貴方は、土地の開拓をした事が無いのでしょうね」
私は怒りに任せて告げてしまった。デルグラッドの城下町よりこの山奥に逃げ込んだ父達。敵に包囲されるなか、父はこの土地を必死に守りながら開墾した。
私はそんな場所で生まれ、以来ずっと町を作っていく過程を経験しているのだ。最初は道具も無く、経験も無く。それでも頑張って家を作り畑を広げた。餓えて死んだ者も病気で死んだ者も沢山居た。
「それでも守り、繋いだから今があるんだ。土地をやるだと、自分の領地をそんなに軽々しく扱うなよ青二才が!」
「……っ!!」
大の大人が今にも泣きだしそうな顔をするけれど取り消すつもりは無かった。例え地続きの場所で領土が広がるとしても受け取れない。私たちで勝ち取って切り開いたこの土地こそが誇りなのである。
「しかし、恥ずかしながら金銭的な余裕も無く!」
「勘違いをしてはいけないよ、ハウロ。私は変わりに金銭を寄越せと言ってるのではないんだ」
そもそも侵攻なんて無かった。エルツィオーネ側はツカサ殿が、テネドール領側はアルス殿が防いでくれた。それに過去の歴史を振り返っても、父亡き後にテネドール家が攻めてきた事は一度も無い。
「私が伯爵になり300年と余り、貴方方に侵攻された事は一度たりともありません。亜人排斥派とやらの事は知りませんが、代々義理堅く頑固なのですね」
男は本当に頑固らしく、それでは王命が立ち場がと、罰を欲した。私はやや面倒くさいなと思いながら、ではこうしようと告げる。
「隣領であるエルツィオーネともクーダオレとも友達に成れたのです。亜人嫌いには辛いかも知れませんが、まずは交友を深める事から始めましょう」
それならば、いずれ金に換えられない価値が出るだろうと。するとハウロは承知と一言、恭しく頭を下げてきた。その生真面目さと頑固さはどこか父を思い出し、懐かしい気持ちにさせる。父さんは小言が多くてよく怒られたっけなぁ。
「お前は甘いなシャルラ。金は取れる所から取るものだぞ」
「金も土地も受け取れませんよ。ツカサ殿が守ってくれたから何も無かった。あの件はそれで終わりなのです」
「そうかい。しかしテネドールも落ちたものだね。いや、英雄など平和が訪れれば用無しという事か」
「そうですね。このまま平和が続けばいいのですけど」
その後、もう遅いし泊って行くといいとハウロに勧める。けれど何処まで堅物なのか独身の婦女子の所には泊まれないと断られた。
残念ながらこの町にまだ宿屋は無い。町の者に無理を言って仮営業で開いて貰った。思わぬお客様1号になったものである。
「シエル様、あれは何をしてると思います?」
「何って、レーグルだろう」
やはりそうか。翌朝どうしているかと思い様子を見に行けば、男は球技という名の暴力を行っていた。剛活性の見せる強力な腕力にうちの若者達も大変盛り上がっている。
「うおお、ツカサ対策に鍛えた必殺連携を食らえ!」
「馬鹿な、人馬の速さはこれほどか。触れも出来ぬとは」
「ぶひー駄目だ、この男止まらねぇ」
「ふははは。どうしたどうした。今度は騎士式の軍略というものを見せてやる」
うん。ノリノリだね。審判役の人間を捕まえ事情を聴いてみれば、せっかくの外の人間だから誘ってみたのだとか。そしたら律儀なあの男、私の交友を深めるという言葉を守り遊びの誘いを受けたらしい。平和だな。
私はそんな様子を暫く眺めながら、隣に立つエルフに引っ掛かっていた事を聞いてみる。
「そういえばシエル様、ベルモアとは何処でしたか。何やら聞いた覚えがありまして」
「ならディルスからだろうな」
「父上……?」
それはどうやら、魔族が侵略側の時の話らしい。ベルモアという国は当時もベルモアであったと。そして軍を率いて攻め入ったのが【影縫い】ことディルス・ラルキルド。私の父であったそうだ。
「待って下さい。それはつまり父でも落とせなかったという事ですか?」
「いや、勝てない相手では無かった。事実、降参して同盟国扱いだったよ。ただあの獣の国には守り神が居てな。そいつがディルスと引き分けた事で国の体裁を保ったんだ」
領地を守った英雄と聞き、まるで、このラルキルド領の様な生い立ちだなと感じた。英傑とは居る所には居るものである。いつか会ってみたいものだと呟いたら、シエル様は古い話だと鼻で笑った。




