291 王子共
戴冠式の後、俺たちは大広間に移動し懇親会という名のお祭りに参加していた。
酒と料理を軽く摘みながら皆で楽しくお話をする。それだけならば普段のパーティーと変わりが無い。ならば何がお祭りなのかと言えば、これが町規模で行われているという事だろう。
この会場だけではなく、市民全員に行き渡る様に町の至る所で酒と肉を振舞っているらしい。今頃は誰もが仕事なんてぶん投げて新王の誕生を祝っているという事だ。
「はぁ、疲れたわ。なんであの子達平然としてられるのかしら」
「やっぱり慣れなんでしょうね。貴族も楽じゃないって事ですよ」
八つ当たりの様に肉を齧る僧侶を慰める。体力お化けのカノンさんではあるが精神力は別問題。人に揉まれ気疲れしたお姉さんはもはや定番の様に俺の隣に逃げて来ていた。
一番人気はそりゃ新王のディオンくんなのだけど、どうして勇者一行の人気も凄いものだったのだ。理由はやはり左胸に煌めく勲章、国防天鬼賞だろう。フィーネちゃんだけでなく俺の元にまで「活躍を聞いた」「ありがとう」と沢山の言葉が届けられたくらいだ。
ただ不思議なのは俺の所に来るのは何故か男性が多かった。ヴァンの所に並ぶ女性をティアが威嚇しているのは微笑ましいと感じたのだが、フリーな俺に女性が来ないのはどういう事だ。
「でも、これで一段落。やっと私達も動き出す事が出来そうね」
「結構長く拘束されちゃいましたからね。ただ、そう考えると皆とはまた暫くお別れか。寂しくなるなぁ」
「やっぱりそうなるか。予定立ったらちゃんとフィーネに言うのよ」
「……はい」
コツンと優しく額を小突かれた。権力争いなんてものに巻き込まれて足止めされていた勇者だが、特異点の破壊が済めばいよいよシュバールから発つ事になる。フィーネちゃんもそれは承知の上で、ディオンやナハルさんと今後の話を進めていた。
まずディオンはパレードをするらしい。これは伝統的な物であり、ラメールの都市を練り歩いた後は、シュバール国第二の首都シュルバという町まで凱旋するそうだ。シュルバは草原の民の作る大都市で、シュルバとラメールを合わせシュバールという国名になっているくらい象徴的な場所であるとか。
その軍行に勇者一行も同行を求められていた。王様と行動をするのだから危険な物にはなるまいが、これがシュバールでみんなと行う最後の旅という事になるだろう。
「ちなみにツカサ達の目的地は決まっているの?」
「ええ、俺の我儘なんですけどシェンロウ聖国って場所に行きたくて」
「あら、シェンロウに行くの。それは羨ましいわね。私も一度は行ってみたいと思ってるのよねー」
意外にもカノンさんはシェンロウという国を知っているそうだった。なんでも始まりの勇者が誕生した国の様で、三柱教の聖地として扱われているらしいのだ。聖国と呼ばれる所以に俺はほうと納得をした。
そんな雑談をしていると、こんな祝いの場だと言うのに語気を荒げ言い争いをする声が耳に届いた。オイオイ誰だよと思えば、ディオンを中心にランデレシア第一王子のフィスキオ殿下と、シュバール第一王子、もといナハル宰相が顔を突き合わせている。
「ツカサ、関わらない方がいいわよ……」
「ですね」
俺たちは顔ぶれだけで全てを察した。周りが止めに入らないのもそう言う事だ。誰も巻き込んで欲しく無いのである。乳と尻のどちらが上かなどと言う争いに。
それでも勝手にやって来るのが災害だった。俺の視線に気付いた両者は同志と声を揃え笑顔で迎えに来る。
王子二人にガシリと肩を組まれると周囲はザワザワとざわついた。あの二人に認められるなんてアイツは一体何者なんだと。それは正しいが、少し正しくない。正確には乳派と尻派に挟まれるなんてどんな性獣なんだという蔑みの視線だ。あ、そこのお嬢さん、逃げなくても何もしないよ。
「二人とも、もう止めましょうよ。争いは何も生まない」
「いや、違うんだ同志よ。僕はねディオン氏に王の就任を祝いがてら、乳派か尻派かと聞いたんだ」
「うむ。大事な事だな」
とんでもない挨拶をする王子共が居るものだと思いながらフィスキオ殿下の話を聞いた。弾き語りが趣味な甘い顔の男は歌い上げる様に言う。それなのにディオンはハッキリしないのだよと。
そしたらナハルさんまでもが混じり、遠慮せず好きな方を言えと新王に詰めたらしい。するとディオンはこう言った。どっちもほどほどに好きだと。恐らくは緩衝材になるつもりだったのだろう。
「なるほど、がっかりだよディオン」
「なんでだ!?」
そもそもに乳が嫌いな人間が居るだろうか。いや、居ない。尻派のナハルさんだろうと、けして乳は嫌いではなく、ただそれ以上の大きな尻愛があるだけなのである。であるならば、彼らを満足させるには安易な同意ではなく嘘偽りのない愛が必要だった。
「ま、待ってくれ。そもそも、こういう話題は公の場では相応しくないだろう」
「目を背けるんじゃない。例え公の場であろうと性癖も語れず何が王か!」
「如何にも。よいかディオン、人は潔癖ではいけないのだ。特に王はな、見たくない現実をも直視しなければならない時がある」
それが人の上に立つ覚悟だろうと、王族二人に言われたディオンはゴクリと唾を飲み込んだ。まるで己の覚悟が足りていなかったと言わんばかりの顔だが、騙されないで欲しい。君の主張は凄く正論だ。
「やはり乳だよ乳。人はね、生まれたらまず母に抱かれ、乳を飲み大きくなるんだ。そこに母性を感じるのは本能なのさ」
「ふっ、乳離れをしろよフィスキオ。その赤子を生むのは尻だ。ならば大きな尻とは安産の象徴ではないか」
(止めんでいいのか、このくだらない争いを)
「いや、俺はもう少し聞いてみたい。もしかしたら、これは世界平和の手掛かりになるんじゃないだろうか」
(何処を見てそう思った。そんな平和壊してくれるわ)
いや、言っている事は凄く下らないのだけど、この人達は自分の好きな物への愛を叫んでいるだけで人を馬鹿にする意図は無い。ディオンにも純粋に何が好きだと聞いているだけなのであった。
「ふっ。大きな尻……ね。君はまだその領域か。僕は同志に蒙を啓いて貰った。美乳、大きさではなく美しき全ての乳を愛せよと」
「まさか、あの巨乳好きのフィスキオが!?」
「ああ、そうさ。今の僕は小さくても愛せる!!」
ただ変態度が増しただけの気もするが、ナハルさんは血を吐きそうなくらいに動揺した。一歩上の変態になった王子に対し、自分は小さな尻を愛せるだろうかと自問して。やがて俺に縋る様に助けを求めて来る。
「ナハルさん。俺はね、太ももが好きだ。でもそんな俺でも全部の太ももは愛せない。だって太ももは太いから太ももなんだもの。王子の様に博愛も素晴らしいけれど、自分の好みを求道するのも悪くはないんじゃないかな」
「お、おお同志よ、そう言ってくれるのか!!」
究極を目指せ、貴方なら出来る、そんな適当な事を言ったら巨尻王に俺はなると宰相は立ち上がった。今更だがこんな奴を大海原に解き放って大使をやらせているとかシュバールは正気だろうか。
そんな茶番をしていると、「ぼ、僕は」と照れ交じりに声を捻り出すディオンが居た。俺たち3人は微笑ましい気持ちになりながら続きを待つ。
「僕は、その。なんだ。女性の綺麗な髪とか、好ましいと思うよ」
「「「ディオン!」」」
ちゃんと言えたじゃないか。口など一度滑ってしまえば軽いもので、ましてや好きなもの話なのだから止まらない。俺たちは酒が入っている事もあり四人で楽しく語り合った。これが、仲間か。そして思い出した様にナハルさんが言う。
「あ、そうだ。俺は今後貿易国を回り、魔王軍への防波堤を築こうと思っているんだ。イゾラも今回の被害を脅威と捉えたらしく、是非勇者をハーフェンに招きたいと言っていたぞ」
「なんでそれを先に言えないんですか!?」
しかしその言葉で勇者の存在が意識に浮上した。彼女は最近俺を警戒しているのか、どうにも目が合う機会が多いのだ。大抵の場合はニコリとほほ笑むだけなのだけど、この醜態を目にしたらどう思うことやら。
恐る恐るにパーティー会場に顔を向けると、レオーネ王女が冷たい声で終わったかしらと呟いた。見れば女性陣がここで死ぬかと笑顔で隠し切れない青筋を浮かべていた。
流石は変態共、怒られるのは慣れたものか。フィスキオ殿下もナハルさんもやれやれまたか観念した。俺も肩を竦めて優しくしてねと諦める。これは違うのだと悪足掻くのはディオンだけだった。まぁなんだ、強く生きろよ新王様。
今年最後になる話がこんな話で申し訳ありません。それではまた来年に、よいお年を!




