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289 魔王の要求



 俺のベッドの前には少女が陰鬱な顔で立っていた。なんとか表情だけでも取り繕おうと口角を上げるも、余程に心が拒絶するのか頬が痙攣している。そして、印象的なのはなんと言ってもその眼だ。赤髪の少女の赤い瞳はぶっ殺してやるとメラメラと殺意を滾らせ睨んでいた。怖いね。


 理由はやはり服装だろうか。今イグニスが着ているのは魔女の様な黒い外套でも部屋着でもない。メイド服だ。黒いワンピースの上から白いエプロンを付けたあの格好だ。


 上級貴族の娘としてプライド高いイグニスには屈辱必至。それも自分からではなく強要されたのだから猶更か。


 もはやレアを超えてウルトラレアなこの姿、王女が見たら笑い転げて笑死するのではないだろうか。是非ともお披露目したかったものである。俺もあまりの似合わなさに先ほどから笑いが止まらなかった。


「カカカ。随分と不服そうよなぁ」


「彼は……。ツカサは止めようとしなかったのか?」


「全然。俺は許すが俺の尻が許さんとか言って大爆笑しておったぞ」


(あ~それ言っちゃ駄目なやつー!?)


「そうか。お前越しでも彼には聞こえるんだったよな。覚えてろ(燃やす)


 放火宣告されてしまった。まぁもうお分かりかと思うが犯人は魔王様である。なので俺は何一つ悪くは無かった。濡れ衣だった。


 さて、なんでこんな面白い状況になったかだが、ずばりドワーフとの飲み会が中止になったからだ。ドワーフさん達は謝罪の意味で大使館に酒を送ってくれて、俺はそれを貰ってもいいかとイグニスに確認をした。


 いいともと二つ返事で許しは得たのだけど、それに待ったを掛けたのが張本人のジグルベイン。飲み会は儂へのご褒美だったはず。話が違うよねと。


 なるほど理があった。小人達との飲み会は魔女がカードゲームへの報酬として約束したのである。非常時なので開催中止は仕方ないが、ジグはその町の防衛でも大手柄を立てて居て。


 どう補填すればいいと、恐る恐るに魔王の要求を聞くイグニス。そしてジグルベインはこう答えた。一人飲みもつまらんし酒に付き合え。あ、でもどうせならメイド服でな。断ったら暴れてやるぞと脅された少女に退路は無かった。


「グラスがお空きですのでお注ぎしますね。くたばれご主人様」


「カカカ! 大変気分が良いな!」


(明日が怖いからあんまりイジメるなよ)


 ジグはメイドイグニスちゃんを侍らせながら、ベッドの上で半身だけを起こしていた。右手にはシュバール製の色の入ったワイングラス。乾いていた杯に新たに注がれた葡萄酒を内でクルクルと弄んでいる。


「おい、イグニス。お前はこの交代現象をどう考える。ツカサに害はあると思うか」


「有害も有害だ。さっさと戻れ、そして二度と代わるな」


 イグニスはさっさとこの状況から脱したいのか冗談めいた軽い口調で答えた。だが、ジグは押し黙りグイと酒を呷った。そののっぴきならない雰囲気には軽口を叩いたイグニスが戸惑う程である。


「おい?」


「いや、本当に危険ならばそのつもりである。今までは無茶をするから力を貸してきたが、今やツカサも立派な戦士に育った」


(いやいや、何言ってるんだよジグ)


 霊体のジグは俺にしか見えない。その声も俺にしか届かない。体を入れ替えなければ、こうして好物の酒を飲む事も、物に触れる事も出来ないのだ。もう死んでいる人間にこう言うのもおかしいかもしれないけれど、俺には彼女がもう一度死ぬと言っている様に思えた。


「……髪の色か。少ない面積とはいえ浸食だものな」


「である。既にこの唇は吐息をしないのだ。儂はツカサの人生の邪魔になるのだけは御免よ。お前の考えを聞かせろ」


 エルツィオーネは魔法の事だけならば信用出来る。ジグはそうキッパリと口にして、魔王からの信用を受け取った賢者の子孫は何を思うか薄目を開き固まった。


 そうかジグルベインがイグニスを飲みに誘ったのはこの為だったのか。俺は別に髪色が変わったくらいは気にしないと言ったのに。いや、髪程度で済んだからこそ、これ以上悪化させたく無いのだろう。


 であるならば、今宵をどんな覚悟で交代したか察する。魔女の見解次第では、本当にもう肉体を得る気は無くて。今日で大好きな酒すらも飲み納めるつもりだったのだ。


(ふざけるなよジグ。俺がお前の事を負担と感じると思うのか。手足がへし折れても霊脈ブチ切れても迷惑なんかじゃないさ。いつも通り我儘言えよ!)


 俺がお前にどれだけ支えられていると思っている。何度助けられたと思っている。ジグが感情を押し殺し、ただ俺のオマケになるなんて考えたくも無い事だった。


「カカカ。お前さんならばそう言ってくれるだろうな。だが、これもまた儂の我儘なんじゃい。分かっておくれ」


(……ジグ)


 体に自由があれば泣いてしまいたかった。抱きしめてあげたかった。それでも思考する事くらいしか出来ない今の俺では、弱くてごめんと謝るくらいしか出来なくて。


 空いたグラスに再び赤い液体が注がれる。ジグは視線を持ち上げ、給仕するメイド少女を見た。イグニスは瓶に余ったワインを一息に飲み干すと、あくまで推測だがとハスキーな声を響かせた。


「普段の様にツカサと同量の魔力を流すだけなら問題無いだろう。今回はあくまで天使の羽を使ったせいで、お前とツカサの均衡が大きく傾き過ぎたのだと考えている」


「ほう。その心は?」


 話が長くなると感じたのか魔女はベッドに腰を下ろし酒瓶を手にした。そして語られる交代という謎。俺たちが勝手に“その唇は吐息をしない”と名付けた現象についての推測を口にする。


「君たちは自分が交代する様子を見た事が無いだろうが、外からではツカサが魔力を纏う様に見えている。戻る時も同様、まるで化粧が剥がれ落ちるように、ヌルリとジグからツカサが姿を現すのさ」


 つまりベースは俺。それは筋肉や霊脈に反動があることから薄っすらと察していた事だった。しかしそこには大きな矛盾があると、酒瓶を咥える少女は指を立てて。


「ツカサが大男にでも成るならまだ分かる。しかし、性別が変わるのは無茶だ。骨格から身体つきまで違い過ぎる」


 ジグルベインという外装を着込んでいるのでは無い。恐らく今のジグの体は相模司が変形をしているのではないか。余計に無茶な理屈を言い出したイグニスに魔王は思わずお前アホなのと突っ込む。


「けれど、ツカサが綺麗に戻れないと考えた場合はしっくり来ないか?」


「……む」


 俺の体が直接変形しているからジグベインという情報量が多すぎた今回は名残が出た。否定も肯定も出来ずにジグがムムムと眉を顰めていると、そう考える理由は勿論あるとイグニスは反論を許さずに意見を進める。どうやら説明好きのエンジンが掛かって来たらしい。


「結論を出すには余りに情報が無いのだけど、わりとすべてが解決する答えがある」


「貴様本当に遠回しに話すのな。いいから結論言えボケ」


「……ちっ。私はな、ツカサが小さな、というか生きた特異点なのではないかと考えている」


(ええ?)


 特異点。またの名を魔王の爪痕。魔王の現実浸食能力により、世界の法則が崩れ去った場所の事である。俺にジグルベインの力の影響があるのだろうかと首も捻れず疑問に思った。だが、ジグは核心でも突かれた様にフムと顎に手を当てる。


「なるほど。え、嘘マジ」


「今度は逆に聞きたいが、心当たりは?」


「ちょびーっとある」


(あるんかい)


 今度はイグニスに代わりジグが自身の記憶を探る様に語りだす。勇者との決闘で魂が地球に飛ばされたけど、闘気法のお陰で魔王は意識があった。そうして気づけば結ばれていたのが小さな赤子、俺。


 だが、俺が三歳くらいの頃には徐々にジグの意識は底へと沈んでいく。俺がツカサとして自我を持ち始めたくらいだと言うことだが、ここにもの言いが入った。


「考えてみたらよ、儂と同化するって魔王の器になる様なものじゃあ」


 あまりに大きくて完全消化とは行かなかった。それでも俺は魔王を受け止め吸収しようとした。器は広がり、魂が同化する。


 もっと言えば、ジグが女だから俺は男。ジグが闇属性だから俺は光属性。相反しながらも共存する白と黒。まるで太極図の様な状態がいまの俺らしい。まさに混沌である。


「そして交代っていうのはさ、ツカサと魔力を同量出し合うんだろう。つまり、ツカサが体を差し出し、お前が魂を吹き込む。それにより混沌が再現されているのではないかと、私は愚考する」


「比率が守られていればという理屈はそれか。確かに儂の能力の一端と考えれば世界の法則も蹴飛ばすわなぁ」


「更にダメ押し。ツカサがお前を感知したのは、この世界に来てからなんだろう。デルグラッド城にあった、魔王の爪痕さ。転移でも消費はしたのだろうけれど、ツカサの中で展開しているという説はどうだ」


 転移の時と同じく水掛け論。何せ誰も答えを知りようが無かった。けれどジグは一応に納得する線を見つけ出したらしい。結局のところ、今まで用量を守っていれば俺に影響は無かったという結果を見る事にした。


「カカカ。そうか、ツカサに悪影響が出ないならば、それで良い」


「まぁこれ以上悪化するようなら様子を見るんだな。判断を出すには早すぎるだろう」


 魔王様は安心したし、じゃあ飲み会を始めようと言って、メイド少女はコテンと首を傾げた。もうとっくに二人共飲み出しているからだ。改めて乾杯でもするのかとグラスを差し出す手をジグはバチンと跳ね除けて。


「たわけ。火の付かぬ酒など酒の内に入るものかよ」


 そう言い抱え込んだのは樽である。瓶に分ければ10本分くらいはありそうな子樽。それも中身はドワーフが勧めて来た50度は超えそうなバーボンだ。魔王は縁に口を付け持ち上げるや景気良くゴクゴクと喉を鳴らす。


「お、おいおい」


 やがてひっくり返しても一滴も落ちなくなった樽をゴロンと投げ捨てるジグルベイン。感覚を共有している俺はうへぇと舌を巻いた。何せ10リットル近くを一気飲みして見せたのだ。むしろ何処に入ったのかと疑問でならない。


「カー。ほれイグニス、酒なら沢山あるゆえたんと飲むがよい」


「遺書を書く時間をくれ……」


 駆けつけ一杯の感覚で樽を渡されれば酒に強いイグニスでも流石に死を覚悟したらしい。俺は心の中で合掌をした。何せルコールの件で格付けは決まっているのだ。一口でぶっ倒れた魔女とは違い、効くなあとボリボリ食べていたジグだもの。


「やっぱり二度と代わるなぁー!!」


 ジグルベインは大陸の酒を飲みつくしたという逸話が嘘でないとばかりに、小人の送って来た酒を飲み切った。イグニスもなんだかんだ一樽は飲み干していた化け物共め。



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